第十四話 その9
「あ、あれはまさかっ……!」
禿頭の男がガタッと立ち上がる。
「ム……? 知っているのでござるか?」
「……あれはボルゾーイ流古式奥義、終断です。まさかこの時代に使い手が存在していたとは……」
「……その、ツイダチ? とかいうのが、今の現象の説明になるのでござるか?」
奥義を放った直後に倒れたサリーナと、腕を押さえて痛がるエリザ。決着は直前の予想とは全く異なるものであり、どうしてそうなったのかはカールの目には全く分からなかった。
「ええ。古式奥義、終断……それは、相手の攻撃を受けた後で攻撃を叩き込むという奥義です」
「フム……要するにカウンターのようなものでござるか?」
「それとは少し違いますな。カウンターとは相手の攻撃の勢いを自分の攻撃に乗せるというもの。サリーナ門下生に対してエリザ門下生がそれを行う事は、突っ込んでくる馬車に対して正拳突きをするようなものですので」
「……まぁ、それはなんとなく分かるでござる」
それは、両者のウエイトが違い過ぎるが故だ。サリーナの体格の前では、例えカウンターの威力を乗せたとしても、エリザの体格では有効打にはならないのである。
「この奥義が放たれるタイミングは、試合が終わった時なのです」
「…………。ン、よく分からないでござる。試合が終わった時とは、どういう時でござるか?」
「決着がついた時です。奥義のタイミングに関して言えば、相手が決着がついたと思った時、という事になりますが」
「……もう少し凡INTにも分かるような説明を要求するでござる」
「ではカール殿が試合をしたとして、確実に勝ったと思う時はどういう状況の時ですかな?」
「拙者生まれてこの方一度も喧嘩をした事が無いでござるが…………相手を倒した時、でござろうか」
「そうですな。でも達人の場合はそれよりも少し前で、『確実に相手を戦闘不能にした』と思った時……要するに、『そうなるような攻撃を当てた時』なのです」
「……ウム。今のところギリギリついていけてるでござる……」
例えば刀を使って人を斬ったとする。それが素人の場合は、相手が血を撒き散らして動かなくなるまで決着を確信出来ないが、侍は斬った瞬間にそれが致命傷か否か、即ち決着がついたかどうかを判別出来る……という事だ。
「勝利を確信した瞬間というのは、誰しも必ず気が緩みます。例え動かなくなったところを見るまで油断しないと心に決めている者であっても、どうしても刹那の緩みは発生するもの。この奥義は、その瞬間……相手が勝利を確信し無防備になった瞬間を突くという、試合の終わりを断つ奥義なのです」
「…………」
男の話をカールにとって分かりやすく変換すると、格闘ゲームに例えるなら相手をKOした後の勝利のポーズをしている最中に攻撃を加えて倒す奥義という事になるが…………格闘ゲームに例えるならそれはゲームがバグらない限り起こり得ず、現実に戻せばそれくらい実現には困難を極めるものだ。
素人のカールが聞いても、その奥義が成立する事はまず無いだろうと言わざるを得ないものだった。
「この奥義が成立するために必要なのは一点。それは、相手が勝ったと思う事。故にエリザ門下生は、ああして腕にダメージを負っているのです」
あの奥義がカウンターでない理由の1つとして、エリザがダメージを負っているという事がある。
通常、カウンターというものは相手の攻撃が自身に命中する前に行われるもので、自身がダメージを負うのは、カウンターと言うよりは『骨を斬らせて肉を断つ』に近い。
そして事実、この奥義はそうした性質が色濃いものだった。
「つまり……エリザ氏はわざと相手の攻撃を食らい、相手がそのダメージの重さから勝ちを課確信した瞬間に、一撃を加えて倒したというわけでござるか」
うむ、と男が頷く。
「……要するに、やられたフリをして相手が油断した隙を突く奥義という事でござるか?」
「そこまで要されるとかなりアレな感じになってしまいますが……まぁ本質的にはその通りですな」
しかし、と男が続ける。
「無論、やられたフリなどという言葉通りの単純なものではありません。げに恐ろしきは、エリザ門下生のダメージ調整です。軽微なダメージでは相手が勝ちを確信するに至らず、かといって重いダメージでは奥義を放つ事が出来なくなる。それは言葉ほど簡単な事ではないのです」
それはその通りだ。攻撃を受けたとしても、残りHPが半分以上残っているなら死んだ風には見せかけられず、調整をミスって0になってしまえばフリでは済まなくなる。特にサリーナのような相手を錯覚させるには、それこそ0以上1未満の調整が必要となるのだ。
「さすが、女人の身で紅玉の段位を持つ者……ひょっとしたらくじ引きでハズレを引いたのは幸運だったのかもしれませんな」
「……まぁ、それは」
二戦目の結果を見る限り、それは全くその通りだった。
「話は……エリザ氏の恐ろしさは充分に分かったでござるが、なにゆえそのような強力な奥義がまるで失われし技であるかのように言われていたのでござるか?」
ボルゾーイ流古式奥義とは、簡単に言えば今はもう使われていない奥義だ。そういった奥義はナンバリングから外され、終断のように『古式』の名を冠されるのだ。
「それは終断が生身の人間相手にしか通用しないのと、自分がその奥義を使える事を知らない相手にしか通用しないからです」
「…………」
確かに魔物や野生動物には勝利を確信して気が緩むという事は無いし、この奥義を使える事が相手に知られていれば、相手が勝利に気を緩める事は無くなる。それに相手が武器を持っていれば勝ちを確信させるダメージは致命傷になり得るし、鎧を装備していたら気を緩めたところで素手での攻撃など通らない。
試合でしか使えない初見殺しの奥義など、廃れるのは自明の理なのであった。
「……なにゆえエリザ氏はそんな奥義を?」
「それは分かりませんが……体格の関係で他の奥義が使えないので、手遊びに会得したのではないでしょうか」
「…………」
まさかとは思ったが、あり得ない話でもないなとカールは思った。




