第十四話 その8
「……ふっ。ふっふっふ……」
疲労を指摘されたサリーナが、不意に不敵に笑い出した。
「……? なにが可笑しいのよ」
「私に疲労を自覚させて動きを鈍らせようとしているみたいだけど、甘いわね。あなたがそのつもりなら――私はこうさせてもらうッ!」
そう言うとサリーナは…………何もしなかった。
「…………。え、結局なにをさせてもらうって?」
「見て分からない? 私は今…………休んでいるッ!」
「え……、……っ!?」
「ふっ……気付いたようね。あなたの攻撃が私に効かないのであれば……私は休む事が出来るッ!」
「そ、そんな……っ!」
エリザの顔が焦燥に染まる。
エリザの立てた作戦は消耗戦――疲労に焦ったサリーナが早期決着のために攻撃を繰り返し、一方的に消耗するだけの試合を組み立てる……というものだ。そのためには、とにかく相手には動き回ってもらわなければならない。
なので――こうして普通に休まれると、とても困った事になるのであった。
無論、普通なら対戦相手を前に休むなどあり得ない事だ。対戦相手を前に無防備を晒す事がもたらす結果など、もはや説明するまでもないだろう。
で、あるにもかかわらずサリーナがそうしたのは、エリザ特有の事情を理解しているからだ。
「別に攻めてきてもいいのよ? ……私の肉体を貫けるならねッ!」
「くっ……!」
エリザの細腕では、隙を晒したサリーナ相手でさえも、大したダメージを与える事が出来ないのであった。
(例え手数で攻めても、サリーナは防御を固めるだけで済む。そうなったら、先に消耗するのは私の方……!)
その結果、どうなったかと言うと――
「…………」
「…………」
二人して、しばしの間睨み合いつつ立ち尽くすのであった。
「……こ、これはいったい?」
「おそらくこれは、達人同士の試合に稀に発生する現象ですな。今両者の脳内では、あらゆる攻防が繰り広げられているのでしょう……」
「はぇーすっごい……」
まさか二人して休んでいるとは、さすがに二人の想定の埒外なのであった。
「……しかしながら、奥義が使えないエリザ氏に勝ち目はあるのでござるか?」
「さて、どうでしょうな。ただ事実として、エリザ門下生はサリーナ門下生よりも段位が上なので、きっと何か必勝の手があるのでしょう」
「…………」
カールはお互い立ったままじっと動かない二人に目を落とす。
体格の差は歴然。サリーナには金的という致命的な弱点は無く(当然)、では何が通用するかと言うと、少なくとも側頭部への膝蹴りレベルの攻撃は効かない事が分かっている。
体格の差を覆せそうな奥義は使えず、格闘技において危険とされる肘と膝の攻撃の内、1つは既に通用していない。
「…………」
事実を陳列していくたび、エリザの勝ち目が見えなくなっていった。
「ふっ……残念だったわねエリザ。私の体力は回復したとここに宣言させてもらうわ」
10分後。サリーナの体力は全回復していた。
「くっ……」
対するエリザは、体力こそ未だに何の疲労感も覚えていないが、精神がすり減っていた。
サリーナが体力回復を図っていた時、エリザも同様だったかと言えば、実はそうではなかった。
何故ならエリザの攻撃はサリーナには通用しないが、サリーナの攻撃はエリザにとっては致命打になり得るからだ。
エリザの攻撃を筋肉で無視出来るサリーナと違って、サリーナの攻撃には耐えられない華奢な体のエリザは、常にサリーナの攻撃動作に気を張っておく必要があったのだ。
(むしろ体力全快宣言をしてもらったのはありがたいくらいね……)
いつ来るか分からない攻撃よりも、これから攻撃すると宣言してからの攻撃の方が、精神的にはずっと楽だった。
「ついでに宣言しておくわ。今回の試合は、奥義を撃っては休んでの繰り返しだと。果たしてあなたは、どこまで持つのかしらねッ!」
「……くっ」
エリザの体力は計り知れないほど多いだけで、決して無尽蔵ではない。一方的に休みを挟みつつ半永久的に奥義を連発されれば、必ずいずれは力尽きる事になる。何か策を講じない限り、今後の展開は降参した方が賢いと言えるくらいの時間の無駄でしかなくなるのだ。
(……仕方ない。これはあまりやりたくはなかったけど……)
エリザは観念して、最後の手段を取る事にした。
「まずは1つ目――音無突ッ!」
サリーナが奥義を放つ。
「――――」
――亜音速の経過後。サリーナの拳に残る、肉を打ち、骨にまで達した感触。折れたかどうかは定かではないが、その部位を使うあらゆる動作には、今後は苦痛が伴う事になるのは確実だ。
そしてこの試合においてそれは、もはや決着も同然だった。
(勝ったッ!)
思わず緩む頬。
そこでサリーナの意識は、強制的に断ち切られた。
「……痛っ、たぁーいっ!」
サリーナが意識を失ってから倒れるまでの間に、そんなエリザの声が道場に響いたのであった。




