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第十四話 その6

「こうして試合をするのはいつ以来かしらね、エリザ」

「さぁ……昔の事は忘れたわ」

「ふっ……それでこそ私の終生のライバルだわっ!」


 よく分からない納得のし方をして、サリーナが地を蹴る。ちなみにエリザは本当に忘れていた。


「――シッ!」


 エリザに正拳突きが繰り出される。二戦目の相手のものよりも一層鋭く、重い。


「――っ!」


 紙一重で躱す。風圧で頬がびりびりと痺れる。それはダメージになるようなものではないので、すぐに意識の外へ。でなければ、直後に繰り出される瞬く間の3つの攻め手に対応出来ないからだ。


「逃げているだけじゃ、私は倒せないわよッ!」

「――――」


 肌に感じる拳や蹴りの圧力は、どう防御してもダメージを相殺しきれない事をエリザの身体に告げていた。サリーナの身体は性別の垣根を超える『戦士マッシュの末裔』という血統の力により、分厚い筋肉に守られている。下手に攻撃に転じたところで、その攻撃を筋肉の守りに任せて、その隙を余裕を持って突かれるのは目に見えている。


「技のキレは以前よりも増しているみたいね」

「当然よ……あんたに土をつけられたその日から、私は鍛錬を欠かした事が無いッ!」


 そう言うとサリーナは足を止め、右の拳を腰だめに構えた。


(……? 動きを止め――っ!?)


 エリザは反射的に回避行動を取ろうとして――それを理性で必死にキャンセルした。


「ボルゾーイ流空手奥義の壱――音無突おとなしづき


 音を置き去りにする、音速の突き――サリーナのその声が聞こえたのは、技の動作が終わってからだった。


(受けられない、躱せない――)


 体のどこで受けても戦闘不能が免れないのは奥義以前の話だが、回避するにも拳の速度が速すぎる。通常の回避行動では到底間に合わない。


 ボルゾーイ流空手奥義の壱、音無突おとなしづき――それは音速の突きによる、回避不能の一撃だ。


 果たして、サリーナの放った一撃は――エリザの顔の横を通り過ぎ、腕の可動領域の限界を迎えて停止した。


「――!?」


 サリーナの腕に残る、拳一個分の痛み。

 それでサリーナは、瞬時に必中の一撃が外れた理由に至った。


(私の腕を小突いて、拳の進路を逸らした――)


 音速(実際には亜音速だが)の拳の軌道を途中で変えるなど常識外れの技だが、エリザならやってのけるのも可能だろうとサリーナは即座に納得した。


「ふっ、やる――」


 言いかけた瞬間、サリーナの頭部に鋭い衝撃が走った。


(なっ――)


 揺れる視界の中でサリーナが見たのは、宙を舞う金髪の女。

 エリザの膝が、サリーナの側頭部を打ちつけていた。


「ここまでが一連の動作よ」


 あれは奥義を防ぐためのパリングではない。その後の飛び膝蹴りも含めた、カウンターだった。


 ぐらりと傾く、サリーナの巨体。


「……!?」


 だが地面に沈む事は無く、それどころか軽い眩暈でも覚えただけであるかのように、すぐに体勢を立て直した。


「前回の決まり手がいつまでも通用するとは思わない事ねッ!」

「今回のは足じゃなくて膝なんだけど……」


 側頭部へのハイキックどころか、膝蹴りを耐えきってみせたサリーナ。一度敗北を喫した技を、ワンランク上のものまで耐えきるまでにサリーナは修行を積んでいた。


(さすが、決着と称するだけの事はある……)


 その執念は、称賛にすら値するものだった。

 とはいえ、サリーナがそこまで執念を燃やす理由がエリザにはよく分からなかったが。


「見せてあげるわエリザ……足技とは、こういうものなのだとッ!」


 返礼とばかりに、鋭い蹴りがエリザを襲う。


「っとと……」


 側頭部へのそれを身を小さく屈めて回避する。


 そのまま流れるように、蹴りと拳を交えたコンビネーションが繰り出される。正拳突き、肘打ち、足払い、回し蹴り、膝蹴り……杭を打ちつけるように、かと思えば回転するコマのように、1つとして例外なく致命の一撃を繰り出しつつ、エリザを追い詰める。


「おのれちょこまかと……ならばッ!」


 サリーナが地面に右足を思いっきり叩きつける。


「……!?」


 道場の畳が湧き立つように揺れ、エリザの足元を一瞬だけ不安定にした。

 そしてその瞬間を縫うように、サリーナが突進をかけてきた。


「その足元で逸らせるか――音無突おとなしづきッ!」


 サリーナの質量は、エリザとは比べるべくも無い。そんなサリーナの腕をエリザの細腕で逸らせたのは、足が大地に根付いているからこそだ。


 足元が定まらない今、突きでサリーナの腕を逸らすには純粋に腕力が足りていなかった。


 だが、今回はそうする必要は無かった。


「――――」


 サリーナの拳は、先ほどと同様の紙一重の位置。

 エリザは通常の回避行動で、突きを躱せていた。


「まさか普通に躱すとは……それとも、私の足元も定まらなかったが故かしら?」


 確かに足元が不安定だったのは、湧き立つ畳を踏みしめた瞬間のサリーナも同様だったのだが……


「……本当にそうかしら?」

「なに……?」


 エリザは距離を取ると、サリーナの首元を指した。


「汗、かいてるわよ」

「汗……汗だって? それがどうだって――」

「呼吸も僅かに乱れている。構えもほんの少しだけ崩れている。ねぇサリーナ……あなた疲れてるんじゃない?」

「……はっ。この私にスタミナ不足だと言っているの? 認識が甘いわねエリザ。私がどれだけ合宿を乗り越えてきたと思っているの? あなたが参加しなくなってからも、私は毎年のように合宿を完遂してきたのよ!」


 本来ならば、サリーナのスタミナがこの程度で尽きるという事は無い。例え奥義を連発したとしても、息が切れるのは当分先の事だ。


 そう――本来ならば。


「あなた、今日はどうやってここに来たの?」

「どう……って、知れた事。ここには徒歩で来る以外に手段は無いわ」

「ええ、そうね。あなたは徒歩でここに来た後、男子空手の門下生……帯の色からして有段者よね。そんな相手を倒した後で、こうして私と試合をしている。……いくらあなたでも、そこまですれば疲れるのは当たり前なのよ」

「ば、バカな事をっ……!」


 エリザの指摘を一言で切り捨てるサリーナ。

 しかし言葉を重ねられれば重ねられるほど、エリザの指摘の正しさが積み上がっていく。


(……まぁ、それでも当たったらお終いなのは変わらないんだけど)


 疲労で精度が僅かに落ちたとはいえ、そもそもがオーバーキルだ。攻撃を1つ食らえば即終了という状況には、依然変わりない。


(こう言ってはなんだけど…………サリーナって単純なのよね)


 指摘の真意は、サリーナの心に焦りを生じさせて、更に疲労を加速させる事だった。

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