14-6 道標の系譜
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正令が僕をまっすぐに見た。
「道標の系譜、と呼ばれる血筋を知っているか?」
「なんですか? それは」
「現在まで残る、理力使いの血筋だ。高い素質を持つが、非常に珍しく血が混じるうちにみるみる消えてしまう。今、それが現れるのは、極めてまれだ」
僕がその血筋なのか?
瞬間的にそう連想した。
「龍青、お前の母上が、その血を引いていたのだ。もちろん、本人には自覚はない。その夫となった龍灯も知らなかった。お前は何も知らぬまま、両親に育てられ、平凡に生き、子を持ったとしても、そこで血筋は薄れる。そのはずだった」
しかし、そうはならなかったのだ。
「翼王はある時から理力に挑み始めた。どこかで自分に理力使いの素質を組み込めば、この漂うばかりの精神も、別の形に変えられるかもしれない。そうして彼は長い時間、理力使いを調べ続けたのだ。その間にも理力使いは数を減らし、ほとんど絶滅した。翼王の願望も、潰えるはずだったのだよ」
老人の声だけが、空間に響く。
「道標の系譜に気づいた翼王は、世界中を探し、やがて見つけた。それがお前の母上、花凛だ。花凛という女性は、自身の素質には気づいていなかった。気づいていれば、理力使いとして生きてもおかしくなかった。だが彼女は、ただの人間だった」
「それを、翼王が……」
襲ったのですか、というそれだけが、口から出ない。震える口元を押さえる手も震えた。
「残念ながら、花凛殿は命を落とした。しかしその場で、龍灯殿は抵抗し、翼王を一時的に退けた。これは全く奇跡と言っていい。何が起こったかは知らないが、とにかく、翼王は逃げた。それにより、また事態は変わったのだ」
「父が呪術を、身につけたのですね?」
「呪術に対抗するには、呪術を選ぶより他になかった。妻を殺した翼王を補足した龍灯殿は、呪術により、翼王を半ば打ち倒した。しかし完全には倒しきれなかった」
何が起こったのですか? 訊ねる僕に、正令が低い声になった。
「龍灯殿の呪術による攻撃は、翼王の精神を無数に分裂させた。つまり複数の翼王が生まれ、元は一つだったはずの呪術師は、同じ能力を持ちながら、全く違うことを考え、全く違うことをする、複数の呪術師になったのだ」
パチパチとかがり火が爆ぜる。
「翼王という一つの意識が消滅し、代わりに翼王という名の複数が、激しい矛盾を生みながら、それぞれに動き出した。龍灯殿は、それを追いかけ、滅ぼすことを選んだ。それは同時に、道標の系譜をその身に宿す龍青、お前を守る戦いでもあった。翼王はお前を狙う公算が高かったからだ」
「しかし、僕は今も、翼王に執拗に狙われているわけではないのですが」
「それは極めて幸運なことに、翼王が分裂したことが作用している」
僕はじっと耳に集中した。
「翼王が分裂した時、彼から発生した複数の個体が、お互いに違う行動を選び始めた。それは翼王という個体の一貫性が失われ、常に自己矛盾を抱えることを意味する。その矛盾の中に、道標の系譜を追うべきか否か、という要素が含まれた。翼王は自分で自分がわからなくなったのだよ。花凛の血筋である龍青を探し出してまで理力の謎を解明するか、それとも龍青などは捨て置いて、理力に頼るのをやめるか。翼王の中でどう結論が出たかは知らぬが、しかし今の翼王は、理力や、道標の系譜とは違うものを追っている」
わけがわからなかった。
僕はどうやら特別なようだけど、全く自覚がない。理力を使えるだけのはずが、実は他の人間とは違うのか?
「落ち着け、龍青。お前にはやるべきことがあるはずだ」
「え、ええ、はい、それは……」
「よく分からないが」火炎が発言する。「どうやったら翼王は死ぬんだ? 翼王っていうのは大勢いるんだろ? それを一つ一つ、潰す必要があるのか?」
「その領分は、龍灯が知っている。私が得た情報の中では、翼王が今、最も執着しているのは龍灯だというからな」
「そりゃなぜだ?」
「自分という存在を破壊したものを許せる、放っておけるほど、寛容じゃないのだよ、火炎」
なるほど、と火炎が呟いた。
「良いかね、龍青。お前は自覚を持つべきだが、しかし、父親を追いたい理由はわかる。お前は何も知らなかったのだ。戦いに決着をつけるものは、お前たち親子以外にはいないだろう。もちろん、お前たちが敗れ去り、翼王が生き延びる可能性もある。それもまた、世界というものだ。選ぶことなどできないかもしれない。無情に、非情にお前たち親子は不幸に突き落とされるかもしれない。しかし恐れていては、何もできないことも、事実だ」
「僕は……」
じっと目の前の床を見つめ、少し考えた。
ここまでずっと旅をしてきた。何を知っても、目的は変わらない。
僕の心も変わることはない。
「父親を追うことは、諦めません。僕にできることがあるはずだからです」
不意に、正令が微笑んだ。
「お前がそう口にする未来を、私は知っていた。しかし知っているのと、実際に見えるのでは、全く違う。面白いことだ」
そんなことを言いつつ、老人は一人でくつくつと笑い出した。僕は火炎と視線を交わすしかない。
しばらく笑ってから、老人は咳払いをした。
「よかろう、私にできることをさせてもらう。翼王の気配は、非常に曖昧で、はっきりとは掴めないが、龍灯殿の呪術の気配は、わずかな痕跡として認識できる。龍青、こちらへ」
僕は立ち上がって、正令の前で膝をつく。
「私の手に血をひとしずく、落としておくれ」
手が差し出される。僕はわずかに剣を抜いて、指先を刃に当てた。小さな痛みを感じて、指先を見ると血が雫になっている。
そっとその血を、正令の手のひらに落とした。
ぎゅっと手のひらを握った正令は黙り込んだ。待っていても、言葉を口にする様子ではない。まるで精神が肉体から離れてしまったようだ。
思わず火炎を見るとが、彼は首を振っている。それもそうか、僕も火炎も呪術には疎い。
いつまでも膝をついていられないので、元の自分の敷物に戻った。
一度、大きくかがり火が爆ぜ、薪が崩れた。
すっと正令の瞼が持ち上がるが、額には縦じわがある。
「わからないことが多すぎる」正令が呟くように言う。「北に気配はある。だが、実体を感じない。何か、龍灯に考えがあるのだろうが……」
そんなことを言ったきり、正令が黙ってしまった。
どうやら未来が見えるはずの彼にも、予想外の事態が起こっているらしい。
「正令殿が見た未来では、僕はどうしていましたか?」
助け舟ではないけど、こちらから促すと、正令は顔を上げた。
「お前は北へ行くはずだった。だが、今見ている未来は、私が見ている未来と……、いや、見ていた未来なのか……?」
老人がうつむき、そのまま唸りだすと、重い音を立てて倒れこんだ。
僕と火炎は慌てて駆け寄ったが、正令は脂汗を流しながら、きつく瞼を閉じ、歯を食いしばっていた。
「僕はどうすればいいわけ?」
「知らん」
結局、どうすることもできず、正令を床に寝かせ、僕たちはそばに控えていた。
そのうちに老人の顔は穏やかになり、呼吸も平常に戻った。びっくりさせないで欲しい。
「この爺さん、疲れたか、眠かっただけじゃないのか?」
そんなことを火炎が口にしたが、実は僕もそう思っていた。疲労じゃないかと。
にしても、いつ起きるんだろう?
(続く)




