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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第十四部 探求者の悲劇
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14-4 北天峻険府

     ◆


 猛鉄から渡された馬は、最も力が出る年頃の馬で、品種も長く走れる種類だという。

 何度も礼をしてから、僕たちは北へ走った。街道を走り抜けていくが、そのうちに街道がどこか寂れて、傷んでいるように見えてきた。

 野宿するには厳しい季節になり、馬を休める必要もあるため、宿場を利用するが、どこの宿場も関所のようなものがあり、そこで銭を払うことを強制される。

 これが軍閥による支配の一部らしい。銭を払わずに押し通るわけにもいかず、銭を手渡す。

 宿場に入っても、宿で馬を預けようとすると、それでも余計に銭が取られる。

 この点に関しては、猛鉄が先に助言してくれていた。軍閥の連中は馬を何よりも大事に考える、いわば彼らには馬は生命線の一部で、とにかくどんな形ででも難癖をつけて馬を奪おうとする、というのだ。

 宿で馬を預けること自体が不安ではあるけど、銭を払えば、その銭が入る軍閥が、信頼故に絶対に馬を守り抜く、という話だ。

 火炎もどこか落ち着かず、厩舎で寝るか、とか言っていたけど、結局、暖かい布団の中で眠っていた。

 宿場を通るたびに銭が減り、仕方なく金の粒を銭に変えたのは、猛鉄と別れて五日後だった。すでに北天峻険府もそう遠くない。

 だが、僕たちを待ち構えていたように、十騎ほどの男が急に街道を塞いだ。

「有り金を置いていってもらおうか」

 指揮官らしい男が前に進み出てきて言った。

 即座に、おいおい、と火炎がやり返す。

「俺たちがそんなに大金持ちに見えるか?」

「金と馬を置いていけ。それで済む話だ」

「だから、銭はほとんど持っていない」

 そう返す火炎に、男たちが笑い出す。どうも良くない雰囲気である。

「宿場で、お前たちが金の粒を銭に変えたのは知っている。まだ持っているのだろう?」

 そういうことか。まったく、迂闊だったな。

 僕の考えと同じことが、火炎の頭に浮かんだらしい。ゆっくりと馬を降りると、「押し通る」と低い声で言った。

 その一言で騎馬隊が戦闘体制になる。全員が槍を構え、こちらを串刺しにするか、轢き倒す構えだ。

 僕も馬から降りた。馬上で戦うのはまだ慣れていない。

 僕たちが同時に二本の剣を抜いたとき、指揮官が吠え、騎兵が駈け出す。

 すれ違うのは一瞬だ。

 どさっとまず一人が落ち、続いて二人、三人と落馬する。そしてもう、動かなかった。

 これには指揮官も驚いたようだ。

 まだ生き残っている七人の槍は、穂先を綺麗に切り落とされ、ただの棒となっている。

 全員が使えなくなった槍を捨て、剣を引き抜くが、僕も火炎も、眺めているわけではない。

 駆け寄り、走り抜け、馬が悲鳴をあげる。足を切られた馬が姿勢を乱し、男たちが次々と転落する。

 あとは混戦だが、負けるわけがない。

 こうして僕たちを襲った十人は、七人が死体になってそこに転がり、三人は徒歩で逃げていった。無事な馬が四頭、近くをうろついている。

「馬を売り払って銭にするか?」

 剣を鞘に戻しつつ、火炎が冗談を言う。僕は笑いながら「そんなことしていると、また目をつけられるよ」と応じておいた。

 自分たちの馬に乗り、再び駈け出す。

 その二日後、馬が喘ぐような急斜面を登った先、その峰に立った時に、その景色が見えた。

「こいつはすごい」

 そこには渓谷というべきか、高く急峻な峰々に囲まれた窪地に、街が出来上がっていた。城壁は形だけに見える。ただ関所は見えた。どう見ても周囲の山が城壁の代わりで、入れる道筋も限られている。真ん中を川が流れているのも見えた。水の心配がない作りだ。

 二人で斜面を駆け下り、関所を抜けた。

 途端に、雰囲気が変わり、人の気配が周囲に満ちた。

 宿に行くと、馬を無料で厩舎に入れてくれた。どうやら北天峻険府は軍閥の支配を受けてないようだった。

 部屋がやけに暖かい。火鉢もないのにだ。

 お茶を運んできた宿のものに訊ねると、「床に温泉を流してますんで」という話だった。

 詳しく聞くと北天峻険府の名物の一つが温泉で、近くの火を噴く山の影響らしい。その枯れることのない温水を、床下に張り巡らせた筒に流し込み、その熱が筒を抜けて床板も超えて部屋に届く、と話していた。

 全く知らない技術だし、夢みたいだが、この暖かさはありがたい。

 実はここにたどり着く前に、一度、雪に降られた。僕も火炎も雪は知っていても、その時の寒さは経験したものを超えていた。

 さすがに北天峻険府、北の果ての極寒地帯なだけはある。

 その夜は二人で北天峻険府の名物を食べることにして、食堂の一つに入ったが、熊の肉を出された。一口食べて、火炎はもうやめていた。「口に合わん」ということだった。僕が結構、好きな味だ。

 火炎が何を食べていたかといえば、羊の肉だ。この辺りでは羊の毛を使った外套を生産するようで、羊は多く飼っていると、店の若者が話してくれた。

「この地図の場所に行きたいんだけど」

 その店員に猛鉄にもらった地図を見せると、うーん、と唸ってから、少し待つように言われた。

 食事をしていると、地図を手に店員が戻ってきて、実際の地図と猛鉄の地図には少し差があるが、おそらくここだろう、ということに印を打ってくれた。

「この地図は差し上げます、どうぞ」

「え? 良いのですか?」

「はるか南から旅をしてきた方を、無下にはできませんからね」

 恐縮して、僕は地図を受け取った。

 食事を再開して、火炎とはどうして僕たちが旅人だとわかったのか、話題になったけど、皮膚の色、服装、そして言葉だろう、という結論だった。

 永では皆、同じ言葉を使うようで、それぞれの地域で微妙に訛りがある。

 肌の色は、北天峻険府の住民は総じて肌が白いようだ。僕も火炎も、南にいたから日焼けしていて、もしかしたら目立ったかもしれない。

 服装は言わずもがな、僕たちは薄着だ。

 部屋に帰って、翌日、まず寒さを防ぐ服を購って、それから目的の場所へ向かった。

 食堂の店員にもらった地図を頼りに向かった一箇所目は外れ。古い小屋だが、無人のようだった。二箇所目は、集合住宅の一室。住民が顔を出したが、何も知らなかった。外れだ。

 三箇所目は、商店街の路地裏にある店で、食堂らしい。

 中に入ると、ほとんど客はいなかった。店員に声をかける。

「正令、という方を探しているのですが、ご存知ですか?」

 店員がわずかに目を細めた。

「どこでその名前を?」

「えっと」伝わるだろうか。「ここより南で、馬を商っている、猛鉄という方に聞きました。名前とおおよその居場所だけなのです。居場所がよくわからず、候補を教えてもらいました」

 店員が軽く顎を引く。

「先生は古代神殿にこもっています。ここより北に行った山の中にあります。案内をつけましょうか?」

 思わぬ展開だった。

 僕は即座に「お願いします」と頷いていた。

 古代神殿?



(続く)

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