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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第十四部 探求者の悲劇
96/118

14-3 理解

     ◆


 猛鉄の牧で僕はいくつもの馬を操り、戸蝶の手伝いをした。

「あの黒い毛の馬はね、前にここにやってきた男を振り落として、そいつの脚を折ったんだよ」

 戸蝶が嬉しそうに教えてくれる。そんな馬に乗れた僕を褒めているらしい。

 馬の全てに名前があり、しかし数が少ないのですぐに頭に入った。戸蝶がやっていることはどうも軍馬の訓練に近い。

「どこでそんな技を習ったんですか? 馬の鍛え方、ですが」

 ああ、と並んで駆けていた戸蝶が平然と答える。

「親父が軍に馬を卸す仕事をしていた。その仕事の関係で、教わったんだよ。教わったというか、連中のやっていることの見よう見まねだけど。連中、というのは、騎馬隊のことだけどね」

 永は長い間、大規模な武力というものを行使する機会がないが、それでも軍は維持されている。実際的に活動するのは守備隊が一番だが、ちゃんと禁軍もいれば、騎馬隊も整備されている。

 僕が戸蝶と組んで馬を鍛えている間、火炎は屋敷で仕事をしているようだった。僕が猛鉄に認められたことや、馬の世話をすると話した時、火炎は嫌そうな顔をしていたが、僕が、火炎も働くんだよ、と言うと、輪をかけて嫌そうな顔になった。

 しかしちゃんとやってきて、何か仕事をしているようだった。

 屋敷に戻ると夕食がある。僕たちは二日前から、この屋敷に部屋を借りて生活していた。

「しばらくここにいないかね、龍青」

 食事の席で酒をチビチビと飲みながら、猛鉄が訊ねてくる。

「いえ、旅があります」

「惜しいなぁ。何をそんなに急ぐ?」

 僕たちの旅に猛鉄が興味を示したのは初めてだった。

「父を追っています」

「人探しの旅、ってことかね」

「いえ、少し違いまして……」

 どこまで話すべきか迷ったけど、口は動いた。

「父の命を守るため、父を狙うものを探す旅、なんです」

 ふむん、と猛鉄が頷く。彼はそれきり黙り、ゆっくりと杯を干しては、そこに金彩が酌をしていく。

「急ぐのか?」

 低い声で猛鉄が確認してくる。僕ははっきりと頷いた。

「急ぎます」

「若者こそ時間があるはずが、なぜか若者の方が生き急ぐ」

 僕に言っているというよりは、独り言なんだろう。僕は黙っていた。

 また沈黙がやってきて、はあ、と猛鉄がため息を吐いた。

「龍青を見ていて、一人の男を思い出した。名前は、龍灯、と名乗った。これは偶然ではあるまい」

 僕は思わず猛鉄を見つめていた。彼は目を伏せて、また杯を傾けた。

「あの男の馬術は、並みではなかった。うちで雇ってやると言ったし、一緒に経営しようとまで言って誘ったが、自分にはここにいられない理由がある、と言って、受け入れなかった」

「それは、いつのことですか?」

「だいぶ前だな。龍青、あの男が、お前の父親か」

「そうだと思います……」

 でも僕は父親の顔も声も知らない。

 何があったかは知らん、と猛鉄が言った。

「あの男もお前と似た目をしていたよ。親子だからじゃない。どちらも焦って、切羽詰まって、必死だった。その瞳を見ると、俺がやっていること、俺の行動は、どれほど真剣なものか疑わしくなる」

 あんたは悠々自適だよ、と火炎が呟くが、誰も返事をしなかった。

「いいだろう、龍青。ここ数日の働きの報酬として、馬を渡す。火炎にもだ。返す必要は必ずしもない。いつか、余裕ができたら、返してくれ」

「いえ、それほどの働きはしていません、猛鉄殿。馬を買います。それが正当です」

「じゃ、銭をもらおう」

 彼が口にした額を、僕たちは金の粒で支払った。猛鉄はどこか、寂しげだった。

 それから猛鉄は一人で酒を飲み続け、管を巻き始めたと思ったら、眠ってしまった。戸蝶がどこかへ運んで行った。部屋には僕、火炎、金彩が残っている。そこへ一人で戸蝶が戻ってきた。

「旦那様はもう明日の朝まで起きないわね」

 二人の女性が二十歳だと、僕たちは知っている。しかし彼女たちは酒を飲むことはない。自然と、四人でお茶を飲むことになった。

 金彩が中央天上府のことを聞きたがり、僕たちは知っていることをできるだけ思い出して、伝えた。一方の戸蝶は、海賊に興味があるようで、そちらは火炎が話をした。

「海っていうのはとっても深いんでしょ?」

「底がないんじゃないかと思うほど深いな。一度落ちれば、泳げなければ助からんし、泳げたとしても場合によっては岸がはるか彼方ということもある。それに、海には波がある」

「波! 大きな川の流れみたいなもの?」

「ちょっと違うかもな、流れじゃない。激しく波打って、海面が上下するんだ。嵐だとよくわかる」

 そんな話をしているうちに夜が明けてしまった。苦しそうな表情で部屋に猛鉄がやってきて、僕たちを見て顔をしかめる。

「徹夜か? 仕事はどうする?」

「私たちは若いですから」

 戸蝶がそう答えると、年寄り扱いするな、と猛鉄が呻く。

「龍青、火炎、お前たちは今日は仕事をしろ。夕方、馬を選んで、教えろ。今晩はゆっくり休んで、明日の早朝、出立するように。どうも気候が怪しい」

 確かに、ここ数日、冷え込んできた。まだ火鉢を出すほどではないし、服もそれほど着込まないで済むが、北天峻険府は遠い。

「それと、役に立つかわからないが、北天峻険府にいる呪術師の名前を教えておく」

 思わぬ内容に、僕は姿勢を整えた。猛鉄が腰を下ろす。

「もうかなりの高齢だが、正令、という男だ。明日、俺が知っている、あいつの根城の場所を地図に書いてやる。もしそのどこにもいなかったら、自力で探してくれ。それが俺にできる手助けだ」

「ありがとうございます、とても助かります」

「どうも」

 火炎が珍しく礼を言うと、そっけなさのせいか、猛鉄は鋭い視線を向け、しかしすぐに僕の方に向き直った。

「龍灯は必死だった。ただ、何がそれほど彼を追い詰めたかは、わからない。お前が彼に会うことが正しいかも、俺にはわからない。だがお前は追うと決めている。なら、追うしかないのだろう。そして、知るしかない」

 知る。

 今まで父親を追い駈けているのに、父親のことを僕に教えた人はいない。それが今になってみると、不思議だった。

「猛鉄殿は、何を知っていますか? その、父について」

「強い意志を感じた。何か使命を帯びているようだった。だが、彼はそれを内部に閉じ込めるのに長けていた。俺たちには平然と接していたよ、穏やかに、柔らかく。ただ、何かの折に、苛烈なものを覗かせた」

 猛鉄は微かに笑った。

「怖いほどだったな。そして彼はその理由を俺たちには何も、一言として口にしなかった。そして出て行った。不思議な男さ」

 そうですか。僕がそう言って誰もが口を閉じ、静かになった。

 仕事をしよう、と言って猛鉄が立ち上がった。それをきっかけに、全員が立ち上がった。

 外は秋晴れだった。しかし風は、冷たい。




(続く)


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