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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第十四部 探求者の悲劇
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14-2 馬商人

     ◆


 僕と火炎は中央天上府を後にして、ひたすら北へ走った。

 中央天上府は、他の四つの東西南北にある都市の中央に位置しているけど、僅かに偏っていて、北天峻険府は四つの中で一番離れている。

 時期的に、雪が降るのは避けられない。できるだけ早く進みたかった。

 大度が秣も持たせてくれたし、道のそここにも草が残っている。季節はすでに暑さも落ち着きつつあり、秋だ。昼間に移動することになり、夜は休んだ。

 僕たちの行動は紅樹にも伝えてあるので、彼女は夜のうちに、僕たちに追いつくか、追い越すかしているんだろう。話をすることもないけど、どこかから見られている気はする。少しも嫌な感じのない、見守るような視線だ。

 馬を潰してしまうのが一番良くないけど、僕は義賊と行動する時に馬については少し知っていたので、休ませる時期を見計らい、並み足にしたり、場合によっては馬から降りて引いて歩いた。

 中央天上府を抜けて五日ほどが過ぎていた。

 夜で、僕と火炎は野宿をしていた。焚き火はすでに熾火に変わり、僕は横になり、天を見上げていた。火炎は屈み込んで、何かを考えている。二人ともが無言だった。

 だから、その音には自然と気付いた。

 人が近づいてくる。それもどこか不自然な足音をさせ、全部で、十人ほどか。

「やれやれ、性懲りもないことで」

 火炎がそういった時、いきなり馬が嘶いて、繋がれているのも構わずに暴れ出した。

 闇の中を何かが飛んでくる。投剣だ。

 僕が愛用の剣を引き抜き、短剣を弾き飛ばす。火炎もそうしたようだ。馬はまだ暴れている。

 相手は呪術で操られているだけの人間のはずなのに、投剣はいやに正確だった。

 火炎も僕も闇の中に突っ込んでいる。

 斬り合いは不自然なことに、誰も悲鳴を上げず、声をそもそも上げずに、粛々と進んだ。ただ、馬だけが暴れ、吠え、荒い呼吸をしている。

 呪術に操られた男は全員、倒した。

「何人切った? 火炎。僕は七人だ」

「俺は五人。大規模だったな、翼王は焦っているのか」

「理由は別かもね」

 焚き火の残りの明かりの範囲を横切り、二頭の馬に近づく。

 どちらの馬もすでに足を折って座り込んでいる。

 光の中で短い剣が光るが、ほとんど馬の体に食い込んでいるので、小さな光だ。

 どうやら狙いは僕たちというわけではなく、馬なんだ。

 すぐ横に火炎が立った。

「ここで馬は置いていくしかないか」

「まだ息があるから、馬の医者に見せるべきなんだろうけど、困ったな。俺たちは先へ進まなきゃいけない」

「通りかかった奴に任せるしかない。そういうお人好しもいるかもしれない。ただ、時間が、ないな。いつ誰が来るかもわからないし、苦しみを長引かせるの……」

 剣を馬の体から抜くべきか抜かないべきか迷ったし、そもそも僕たちがいつまでもここで人を待つわけにもいかない。

 僕と火炎は仕方なく、馬を殺すことにした。

 夜の間にさばいて、お互いの知識を動員して、どうにかこうにか血抜きをして、燻製にした方が長持ちするだろう、などと意見を出し合い、夜なのに動き続けて、明け方には二人で眠い目をこすりつつ、燻される馬肉の様子を見ていた。まぁ、煙を溜め込むだけの即席の装置を見ている、というのが正確だけど。

 昼過ぎに肉がおおよそ出来上がり、全てを片付けてその場を離れた。

 一番近い街で馬を買い物止めるしかない。銭は紅樹に預けていたのが、僕たちの手元に戻っていた。

 馬肉の燻製が極端に味が悪く、そのことでぎゃあぎゃあ文句を言っているうちに、夕方になり、やっと宿場にたどり着いた。馬は後回しに宿に飛び込み、二人で夕食もそこそこにぐっすり眠った。僕は二度と深夜に馬を捌くまい、と考えていた。

 翌朝、朝食の粥をすすって、馬商人を訪ねた。宿場から少し離れたところに、小さな牧のようなものがあり、見たところだけでも十頭ほどが柵の中にいた。

 屋敷に向かい、声をかける。

「どなたかいらっしゃいますか?」

 戸を叩いて声をかけると、女性の返事があった。

 戸が開けらえると、そこには十代だろう少女がいた。

「なんでしょうか?」

「馬を買いたいのだが、ご主人はいるかな」

 女性はちょっと申し訳なさそうな顔になったが、奥へ、と導いてくれた。

 建物に入り廊下を進み、突き当りの部屋に通された。男が一人、縁側に腰掛け、牧の方を見ている。

「申し訳ありませんが、馬を売っていただけますか?」

 男は反応しない。視線の先を追うと、女性が牧の中の馬の世話をしている。その様子を見ているのだろうか。

 すっと横に進み出て、膝を折る。

「馬を売っていただけますか?」

「ん。売らん」

 やっと返事があったがこちらを見ようとしない。

 さっきの女性が戻ってきて、僕と火炎、そして男の横に湯飲みを置いた。男が大きな手で湯飲みを手に取り、無造作に口に運んだ。

「金彩、この二人にお引き取り願え」

 金彩、というのが女性の名前らしい。はい、と小さな声で応じ、「どうか、お引き取りを」と僕たちに言った。

「金ならいくらでも出す」

 いきなり火炎が声を発した。金彩も男も彼を見た。そして男が笑みを見せる。挑戦するような笑みだ。

「いくらでも出すのか?」

「言ってみな」

「金の粒をそうだな、あれいっぱい持って来い」

 そう言って男が指差したのは、部屋の隅に置かれている火鉢だ。ひと抱えはある大きいものだ。とてもじゃないが僕たちに用意できる量ではない。

「あんたはいつもそんな商売をしているのか?」

「まあな。これでも儲かるんだ」

 怒りに駆られたらしい火炎は立ち上がると、乱暴な大きい足音をわざとさせて、さっさと部屋を出て行ってしまった。

「兄さんは帰らないのか?」

「馬を見せてもらってもいいですか?」

「売らんぞ」

「見るだけです」

 良いだろう、と言われたので僕は外へ出て、柵に沿って歩いていく。今、若い女性が一人で馬に乗って、走らせている。すぐ僕に気づき、近づいてきた。

「あんた、どこの人?」

「旅をしています。龍青と言います」

「私は、戸蝶。馬を買いに来たんだね。あの人は認めた人間にしか売らないよ。だから貧乏をしている」

「どうやったら認められますか?」

 戸蝶が笑ってこちらを見る。

「ひとつだけだけど、馬に乗れるかどうか」

「あの屋敷にいた女性も馬に乗るのですか?」

「金彩のこと? あの子は例外」

 例外があるのか。じゃあ、どうにかなるかもしれない。

「馬に乗せてください」

「裸馬でも良い?」

「贅沢は言いません」

 良いね、と笑って戸蝶は離れたところにいた黒毛の馬を、自分は馬に乗ったまま引っ張ってきた。僕は一息に飛び乗った。嫌がるように体を振るのを首筋を撫でつつ、語りかけ、なだめる。

 馬には理力はほとんど通用しない。馬との意思疎通は、純粋に僕の技だ。

 黒馬は嫌がるようにウロウロしていたが、足を緩め、止まった。

 そんな様子に、戸蝶が目を丸くしている。

「ちょっと走らせていいですか?」

「ああ、ああ、そりゃ、もちろん」

 僕は太ももで軽く締め付けてやる。よく調教されていて馬は少しずつ足を速め、最後にはかなりの速度で走った。かなりいい馬で、僕が感じたことのない速さだ。

 でも振り落とされるとは思わなかった。

 牧を一周し、元いた場所に戻る。一息に馬を降りた。

「ありがとうございました」

「おい」

 声の方を見ると、例の男性がやってくる。僕は待ち構えた。

「名前は、兄さん」

「龍青と言います」

「さっき帰ったでかい男も兄さんくらい乗りこなすのか?」

「いえ、無理だと思いますが」

 そんな僕の返事に何か迷ったようだが、すぐに結論は出たらしい。

「明日からうちの屋敷へ来い、龍青。俺は、猛鉄という」

 まったく、ややこしい人だな、この人も。

 そう思いつつ、表情には笑みを浮かべておいた。

 うまくいきそうだ。



(続く)


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