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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第十四部 探求者の悲劇
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14-1 天宮剣

     ◆


 大度が僕を出迎えて、「面白いものが手に入った」と言ったので、何かと思った。

 ちなみにその時の対面の場所にも驚いた。中央天上府の中だったのだ。わざわざ大度自身が出向くほどらしい。

 万基と協力していたという役人の別邸で、だいぶ危険な気がした。騒動からまだ日が経っていないので、中央天上府は上を下への大騒ぎのままだった。

「俺も最初は驚いたよ、偽物かと思った」

 案内された部屋には、先に大度の護衛をしている屈強な二人の男が待っていて、他には誰もいない。そこに大度、僕、そして火炎が入った形だった。実にむさ苦しい雰囲気だ。

 卓の上に長細い箱が置かれていて、どうやら刀剣だな、と見当がついた。 

 でも大度がそこまで大仰なことをいう理由には見当はつかない。

「開けてびっくりだぞ」

 そう言いながら、躊躇いもなく大度が蓋を開ける。

 中に入っているのは一本の剣で、見るからに高級そうだ。鞘はそれほどでもないが、鍔飾りに気合が入っている。どこかの名工の作品かもしれない。

 そっと剣を取り出し、大度が差し出してきたので、思わず目を見開いていた。

「持ってみろ」

 そう言われても、と思いつつ、手は自然と剣を受け取っていた。

 大度が手を離すと、思ったよりも軽い。しかし普通の剣と長さや幅はそれほど差を感じない。

「抜いてもいいですか?」

「いいぞ」

 ニヤニヤ笑っている理由はなんだろう?

 僕は構わず、鞘から剣を抜いた。

 思わず僕も声を漏らしていた。火炎も息を飲んでいる。

 現れた刃は、見るからに切れそうだ。光を発しているような錯覚がある。

 片手で掲げて、何気なく振っていた。

 まるで手に吸い付くような気がする。何度か軽く振って、大度を見る。

「この剣をどこで手に入れたんですか? 並みの剣じゃないところか、銘のある剣だと思いますけど」

 さすがにお目が高い、と大度がおどけた様子で応じた。

「こいつは天宮剣の中の一振りらしい」

「天宮剣……?」

 どこかの本で読んだけど、忘れてしまった。えっと、もう三十年は前の刀工が作った逸品だったような……。

 答えを探すように火炎を見るが、火炎は首を傾げている。知らないらしい。 

 そんな僕たちに呆れた様子で、大度が補足してくれる。

「二十年ほど前に亡くなった刀工で、越利、というものがいた。亡くなった時は六十代で、亡くなる十年前から、自身の技術を注ぎ込んだ剣を作り始めた。亡くなるまでに十二本が完成し、これを総じて、天宮剣、と名付けた。まぁ、名付けたのは越利本人じゃなくて、その弟子だが」

「その十二本のうちの一本、ですか?」

「そういう触れ込みで、俺の前に現れた。買わなければ他所へ話を持っていく、と言われて、俺の私財は全部、これに変わったよ。まぁ、天宮剣の最初の一本は、今も王宮にあるわけで、本当に天宮剣なら、安いものだ」

 王宮だって?

 つまり、皇族が持っているということだ。もっとも、皇族が最高の剣の一振りを持っていても、実際に使うこともないだろうから、まさに宝の持ち腐れではあるが。

 僕はもう一度、剣を見た。

 なるほど、確かに刀工の気迫のようなものが滲んでいる。

 それだけではない何かも感じられる。

「それをお前に預けておく」

「僕にですか? 何故です?」

「いつか、お前が帰ってくるように、そういう願望をその剣に託す」

 ここで鞘に剣を戻し、遠慮します、と一言添えて剣を返せば、今まで通りでいられる。

 大度やその仲間たちとも、一時的な関係となっただろう。

 だけど、僕は剣を返せなかった。繰り返し光を当てて、刃の冴え冴えとした反射を、眺めた。

 剣に虜にされるとは、我ながら恥ずかしいけれど、この剣は持っていたかった。

 言い訳が許されるなら、大度とまた顔を合わせる理由も、欲しかったかもしれない。

「持って行け、龍青」大度が僕の肩を叩く。「どこかで失っても構わないさ。それくらいは俺も承知している。楽な旅ではあるまい」

 僕が視線を返すと、大度は少し目を合わせてから、火炎の方を見た。

「杜亭殿から話は聞いている。龍青の父上の行き先がわかったらしいな」

「とりあえずは、ですよ、大度殿」

 火炎も大度にはどこかかしこまる。その辺りは遊林に対する様子とは少し違う。大度が海賊の頭領たちと渡り合っているから、尊敬しているのかもしれない。

「とりあえずは北か?」

「はい。北天峻険府に向かった、という情報があります」

「この時期の北は雪がまず問題だな」

 すでに季節は秋になりつつある。もしかしたら雪が降ってたどり着いた北天峻険府で足止めになるかもしれない。そうなっては、その次の動きに支障が出る。

 それでも今、動かなければ、どちらにせよ北天峻険府は雪に閉ざされて、春にならないと到着も怪しい。

「馬を貸していただけること、感謝します」

 僕が礼を言うと、大度は嬉しそうに笑っている。

「剣もだが、馬も返してもらわないとな」

「あまり立派な馬じゃなくて大丈夫ですから」

「白馬じゃなくてもか?」

 思わず僕は笑っていた。大度の仲間の義賊で、白馬に乗っているのは一人だけだ。その髪の白さと白馬から雪花影と呼ばれる、遊林だけだ。

「遊林殿が聞いたら、怒り狂いますよ。あの馬はあの方の分身ですからね」

「さすがに俺でもお前にあの馬を与えたりはしない、冗談だ。俺も命が惜しい」

 その冗談も命に関わる……。

「では龍青、剣は預ける」

 おっと、いつまでも剝き身で持っているものでもない。鞘にそっと戻す。

「二刀流の二人組というのも、目立つかな」

 そうか、僕も火炎も二本の剣を帯びていることになる。気にしても仕方ないか。

 それから大度は僕たちに知っていることを教えてくれたけど、中央天上府の内情くらいだった。さすがの大度の知っている範囲も、中央天上府の北部には及んでいない。

 僕と火炎はこれから北上するわけで、その辺りを牛耳っているのは義賊でも海賊でもないとは聞いている。

 いくつかの軍閥のようなものができ、それは永に従っているけれど、それぞれに兵力を保持しているようだ。

 その程度のことは大度も理解していて、とにかく移動の速度を重視するように、指摘された。軍閥に捕捉されるな、ということらしい。

 速度には馬が関わるので、やはり良い馬を選ぶべきだ、とまた言われたけど、僕たちは断った。良い馬に乗っているのも、それはそれで目立ちそうではあるし、これ以上は大度に迷惑はかけたくなかった。

 話し合いが終わり、最後に大度とは握手をした。また会おう、とその手が語りかけているようだった。

 部屋を出ると、廊下に遊林が待ち構えていた。

「また会いましょう、龍青、火炎」

「姉さんも達者でな」

 さっさと火炎は遊林とすれ違い、先へ行ってしまった。僕が取り残され、どういうわけか、遊林と二人きりになった。

「またゆっくり話せるといいわね。ほら、相棒が行っちゃうわよ」

 道を開けるように、遊林が立ち位置を変えた。

「お世話になりました」

 頭を下げ、僕は彼女の横をすり抜けようとした。

 その彼女の手が僕の手に触れ、何かを手渡す。足を止めると、「行きなさい」と背中を叩かれた。そのまま僕は小走りに火炎を追いかけた。

 外に出て、建物を振り返っても、もう僕が見たいものは見えない。

 手には、小さな宝石の粒があった。

「行くぜ、龍青」

 こちらを見ていた火炎が、そう促す。何か含みのある表情だ。

 火炎の奴、何を知っているんだ?

 でも訊ねるわけにもいかず、僕は火炎の背中を追った。




(続く)


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