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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第十三部 義のために
93/118

13-8 事後処理

     ◆


 中央天上府は役人の対立が話題の的になり、それに守備隊の管轄なども入り乱れ、だいぶ騒動になっていた。

 そんな中の市街で、僕は遊林と再会していた。

「あなたがことを収めたのか、ことを大きくしたのか、よくわからないわ」

 食堂の個室で、そこには遊林、杜亭、そして僕と火炎がいた。

 遊林と火炎は初対面だが、どちらも冷静な表情だ。火炎はちょっと遊林が苦手なようだけど。

「海賊の方だとか」

「海楼という男の部下だが、まぁ、もう抜けたようなもんだな」

「なら私たちの仲間になる?」

 それは遠慮するよ、と火炎が視線をそらし、お茶をすする。

 話は今後の義賊と海賊の協力関係の話題に移り、一応の協力関係は維持しつつ、中央天上府に関しては今後の展開を見てから決める、となった。

 義賊の協力者だった万基は仲間とともに、すでに中央天上府を脱出していた。商人としての才覚は認められているので、別の場所で、別の事業をするらしい。それには義賊だけではなく、海賊も絡むようだ。

 僕と火炎は偶然にも再会できたが、同時にそれぞれが義賊と海賊の協力者という立場をはっきりさせ、やや混乱が生じている。

 火炎は杜亭に繰り返し、海楼にとりなしてくれるように訴えている。杜亭も命を救ってくれた恩義もあり、善処するようなことを言っている。

 ちょっと深入りしすぎたか、と呟く火炎に、ちょっとではありませんよ、と杜亭は笑っていた。

 景鶴の一派はあの騒動の後、なりを潜めているが、密かに範追と範才が追いかけていて、僕にも教えてくれる。どうやら役人の一人の私兵のような立場になるらしい。ただその役人も、権力争いに巻き込まれているようなので、今後の展開は不明だ。

「呪術師を追っているとは聞きましたが、出会えそうですか?」

 さりげなく遊林が訊いてきた。僕は思わず火炎を見た。火炎は肩をすくめた。

「ま、行くしかあるまい」

 火炎が言うには、どうやら父はしばらく前とはいえ、中央天上府にいたらしい。

 しかもどういう伝手を頼ったのか、海賊の運用する秘密の交易路に乗って、移動したというのだ。この交易路は、杜亭も知っているようだが、全貌を把握しているのではない、と言われてしまった。

 僕と火炎が追うべき筋を知っている海賊の頭領の一人と、今も交渉中で、それには火炎についてきた海賊の青年が当たっていた。馬荘という人で、火炎にやけになついているようだった。

 馬荘は義賊から馬を借り受け、数日前に中央天上府を出て行った。南下して豊河から船に乗るという。僕はあまり船に乗りたくない、機会があってもしばらくは遠慮するだろう。

 帰ってくるのに五日などと話していたけど、本当だろうか。

「では、しばらくは静観ですか、お二方は」

「あの一件もあるし、龍青は元々、追われている」火炎がこちらを窺う。「まぁ、龍青の親父さんがどこへ逃げたにせよ、それを追うことも自然と俺たち自身も逃げることにはなる。逃げるか追うかわからんが、なんとかなるだろう」

 大胆な方ですね、と遊林が笑う。

 それから四人で今後の展望について意見交換があり、その中でも火炎が言いかけて口を閉じる場面が目立った。本当に色々知りすぎて、言いたいことも言えないらしい。

 会が解散になり、部屋を出るとそこには数人の男が待っていて、杜亭と遊林をそれぞれ囲んで、しかしそうとわからないように護衛して、店を出て行った。

 店先で僕と火炎はお互いの顔を見て、思わず黙った。

「何?」

「なんだ?」

 同時に声を発し、お互いに顔をしかめる。

「なんか、久しぶりに再会したはずが、どこかよそよそしいじゃないか」

「まぁ、なんだ、俺にも考えることは多い。お前もだろ」

「否定はできないね」

 火炎の名義で借りている宿へ二人で歩きつつ、僕は何気なく周囲を見ていた。

「あんな山奥にいたのに一年と半年で、こんな大都会の真ん中を歩いているなんて、想像もしなかったな」

「まぁ、俺もしていなかった。道、こっちであっているか?」

「たぶんね。僕もどうも、中央天上府は馴染めそうにないよ」

 右へ行ったり左へ行ったりして、なにやらいつの間にか同じところをぐるぐると回っていた。

「またここか。この街はわからん」

「同感」

 そう答えた時、人混みの向こうから手を振っている人が近づいてきた。範追だった。

「知り合いが来たよ。助かった」

「こっちも来たようだ」

 火炎を見上げると、まるで逆を見ている。そちらを見ると、やはり手を振りながら馬荘がやって来る。五日どころか、まだ丸一日も経っていないぞ。

「火炎殿、返事です」

 息を乱しながら馬荘が火炎に書状を手渡す。一方、僕の前には平然とした様子の範追がたどり着いた。

「お二人で何をしているのですか? 同じところを歩き回っているのは、目立ちますよ」

 範追も範才も、例の夜の戦いの後から、僕に丁寧な口調を使うようになった。範才が言うには僕は、とんでもないお方、らしい。

「ありがとう、範才殿。道に迷って、困っていたんです」

 僕の背後では火炎が馬荘に礼を言っている。範追はそちらを見やり、馬荘にも気づいた。

「俺は邪魔かもしれませんね、仕事に戻ります」

「ああ、仕事中でしたか。申し訳ない」

「そこを見張るだけの簡単な仕事です」

 そう言って範追が指差す方は、女郎屋だった。昼間だというのになんて場所を……。

 頭を下げて、範追は女郎屋のはす向かいにある何かの店の二階へ上がっていったようだった。彼はやはり身軽だから、いざという時は二階から地上へ飛び降りるのだろうか。往来の真ん中でそんなことをしたら目立ちそうだが、ここは中央天上府だから、意外に目立たないのかもしれない。

「龍青殿」

 範追が去るのを待っていたのだろう、馬荘が声をかけてくる。

「ここへ来る途中で、大度殿から伝言を頼まれました。出立するのなら、その前に一度、寄るように、と」

「うん、ありがとう」

 答えると、馬荘は頷いて、なにやら火炎と話し込んでいたが、頭を下げ、彼も去っていった。

「お前、本当に義賊に誘われたんだな」

 感心したようにそう言う火炎と共に、とりあえずは宿に向かって歩き出した。

「成り行きというか、自然とそうなったんだ。でもあまり気乗りしない」

「俺も海賊っていうのは、あまり柄じゃないな。義賊も柄じゃないが」

「お互い、苦労ばかりしてきたって感じだね」

 宿に帰って、しばらく二人で話していると夜になった。

 夕食を部屋で食べ、酒を飲むわけでもなくお茶をすすっていると、外とを隔てる戸がかすかに揺れた。

「紅樹かな?」

 立ち上がって戸を開けるが、誰もいない。

 振り返ると、こちらを見ている火炎のすぐ背後に、紅樹が立っている。

「豪傑二人もこの程度、か」

 慌てて振り返る火炎の首筋に片手をトンと触れさせて、僕たちがお茶を飲んでいた痕跡を眺め、「年寄りくさいわね」と呟いている。

 僕は例の夜に、勢してくれた礼を言ったが、紅樹は不機嫌そうに「仕方なくよ、あれは」と言い返しただけだった。

 三人で部屋の真ん中で車座になり、やることもないのでお茶を飲んだ。

 確かに、年寄りくさい空気かもしれない。

「また旅が始まるわね」

 紅樹がそう言って、僕と火炎は無言で頷いた。

 旅はまだ、終わっていない。




(第十三部 了)


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