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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第十三部 義のために
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13-7 混乱

     ◆


 屋敷に飛び込むと屋敷の主人の商人である万基が、杜亭とともに出てきた。

「龍青殿、どのようにあの包囲を?」

「塀を越えてきたのです。夜になったら、ひっそりと脱出しましょう」

「裏門は戦力が薄いようだが?」

 杜亭のその分析に、僕は範兄弟にしたのと同じ話をした。包囲を突破できても、その包囲を突破することが罪になってしまうわけで、別の策を考える必要がある。

「彼らこそが悪である、とするしかありませんな」

 状況とは反対に、杜亭は終始、落ち着いている。万基はややそわそわしていた。

「我々に大義があることを示すべきですが、方策がありますか?」

「景鶴を招き入れた役人を、告発するのが一番近い。龍青殿、外とやり取りできますか?」

「範兄弟が控えています」

 それなら、と万基が書状を書き、僕はそれを手に庭へ出た。弓を構え、矢文を外へ放つ。敵の手に渡らないように、屋根の上に刺さるようにする。通信を試みていることは露見するだろうが、仕方がない。

 矢を放つ。うまくいくといいんだけど。

 日が暮れても周囲の喧騒は晴れない。

 僕は見張りも兼ねて、屋敷の周囲の庭を歩いている。他にも義賊の歩兵が警戒していた。

 交代で眠るべきかもしれないが、長期戦になることはない。

 ちょうど一人きりになった時、塀を何かが乗り越えてきた。

 腰の剣を抜こうとしたが、相手がこちらに手を向ける。知り合いだ、紅樹だった。

「よくここがわかったね」

「これでも情報はちゃんと集めているの」紅樹が囁く。「あんたの仲間の部隊が城壁の中に入れるように、手続きが進んでいる」

「え?」義賊の部隊だろうか。「紅樹が関わっているわけ?」

 そんなわけないでしょ、と一蹴された。

「あんたの仲間の大度とかいう男が役人に働きかけている。でもそれは屋敷の外にいる奴にも筒抜よ。さっさとケリをつけてくると思う。あるいは今夜にも」

「そうか。じゃあ、僕たちに援軍は来ない?」

「忍び込んでいる海賊の数人がいる。それでも、死人が出ると思う」

 そう言った紅樹の雰囲気が少し沈んだ気がした。

 気にしないで、と僕は呟く。

「できるだけ少ない犠牲で、切り抜けるしかない」

「気をつけてね。夜明けまでは援護できるようにする」

 一歩二歩と離れた紅樹が跳び上がり、屋敷の屋根の向こうに消えた。

 さて、今夜か。

 しばらくすると、紅樹の言葉を示すように外で声が上がった。次に鈍い音が連続する。

「正門が破られそうです」歩兵の一人が僕のところへ来た。「裏門から逃げましょう」

「それしかないな」

 万基とその部下、そして杜亭とその部下がひとかたまりになり、義賊の歩兵が取り囲む。

 僕が先頭になって、裏門に回った。その向こうは不気味なほどに静まり返っている。

「行こう。開けてくれ」

 歩兵が二人、閂を外す。

 僕は門を開けて、外へ出た。

 槍が閃く。

 僕の剣が縦横に走り、槍をバラバラに切り捨てた。元は義賊の歩兵たちが、剣を抜き、僕を包囲していた。

 殺し合いなんて、好きじゃない。

 だが彼らは僕を殺すつもりだ。

 残酷なことだ。

 ただ、いつの間にか僕の心には覚悟があり、それは全く揺らがない重さを伴っていた。

 全身に理力が満ちる。

 目の前にいるのは全部で五人。その背後にさらに五人。

 切れない数ではない。

 切れるか。

 全員が一度に動いた。

 一人の手首を裂く。剣が翻る。

 一人を当身で倒し、くずおれるその体を乗り越え、隣の一人を柄で一撃する。

 後詰が出てくる。包囲される。

 背後からの気迫と剣。

 体を開き、反撃のひと突きが相手の肩を貫通する。

 剣を抜く。

 いや、抜けない。相手がこちらの剣を掴んでいる。

 刃を握り締められ、強引に引き抜き、指が落ちる。

 しかしその停滞が、僕を決定的に不利にしていた。

 返す剣が、頭上からの一撃を弾くが、その左右からの時間差のある二本の剣は、避けることも受けることもできない。

 理力が走る。

 剣が見えない壁に跳ね返される。

 僕の剣は一人を切り払う。膝を断ち割り、倒れ込む男の顎に膝蹴りを当て、倒す。

 何人倒した?

 数える間もない。

 周囲では怒号が渦巻き、全部で、何人だ?

 剣が四本、向かってくる。

 凌ぐ。剣で受け流し、払いのけ、理力が迸る。

 何かが空を切り裂いた。

 矢だ。

 二本を切り捨て、三本目は理力で逸らす。

 ついに僕の集中と対処の限界が突破され、意識は三本の剣と五本の矢を理解している。

 どれだけ体を素早く動かしても、対処できない。

 僕の体は一つしかない。

 ここまでか。

 覚悟と同時に、最善の動きを思い描く。

 意識に、それが飛び込んできた。

 呼吸を合わせるのは、自然にできた。

 僕の剣が高速で翻り、五本の矢を全て切り払った。

 剣は一本、弾いた。残りの二本が迫る。

 が、背後からの衝撃で、その二本は力を失い、その持ち主が昏倒している。

「久しぶり」

 僕が声をかけると、男たちを掻き分けてきた大柄な剣士が、ニヤッと笑うのが夜の闇の中でも見えた。

「本当に久しぶりだな、龍青」

「火炎こそ」

 すでに周囲の男たちは気圧されていて、僕と火炎を見ているしかできない。

 そこでわっと裏門から杜亭、万基、その他の仲間が飛び出してきた。僕と火炎も駈け出す。

「例の剣はどうしたの?」

 走りながら、僕は火炎に尋ねた。彼は大剣ではなく、両手に普通の剣を持っている。

「あの剣は折れた。代わりにこの二本にしたんだ。意外に便利だぞ」

 まぁ、火炎には腕力があるから、片手で普通の剣を使うのも困難ではないだろう。

「雷士っていうあだ名も返上したの? あの大剣の一撃が雷みたいだから、雷士、って名乗っていると思ったけど」

 すぐ横を走る火炎が驚いているのがわかった。

「そのことに気づいたのはお前くらいだよ」

「ああ、そうなんだ。まぁ、その話はいいや。どうしてここにいるの? どういう立場?」

「俺はこれでも海賊の一員でね。回り回って、杜亭という頭領の一人を護衛するように指示を受けた。間に合って良かったよ」

 全く話が見えなかった。

「海賊の一員なのに、こんな陸地にいたわけ?」

「海賊に嘘ついて、お前を探したんだよ、このバカめ」

「いや、それを言い始めたら、海賊もろとも海に落ちたのもバカだけど」

 器用に走りながらしばらく睨み合っていると、前方に騎馬が現れた。四騎だ。

「突破するのか? 龍青」

「やっかいだけど、もう状況は動き出しているんだ」

 そう言って剣を構えた時、目の前に何かが転がってきた。赤い点、火縄? 丸い物体にくっついている?

 チッと一瞬、火が強くなったかと思うと、目の前で、強烈な爆音と光が炸裂した。

 馬が嘶いて、何かが落ちる音がする。視界が白く染まって、なかなか戻らない。

「前に走りなさい! 早く!」

 誰かが叫ぶ。女の声。紅樹だ。

「行くぞ、走れ!」

 火炎も叫んだ。僕の視界も回復してくる。前方で小さな影が、落馬したらしいと男たちの間を走り抜け、すると男たちが脱力し、動かなくなる。

 その影、紅樹を追うように、僕たちは走った。

 静かなはずの夜の空気は、底の底から激しく乱れていたが、僕はそれほど不安を感じなかった。

 仲間とまた会えたからかもしれなかった。




(続く)


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