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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第十三部 義のために
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13-6 答えの出ない疑問

     ◆


 中央天上府は朝から賑やかだった。

 思い返せば、夕方に入った時も通りに大勢の人がいたが、まるでそのままそっくり朝になったようで、往来する人はひきもきらない。

 僕についている義賊の二人は、範追と範才という兄弟で、範追が二十歳、範才は十八歳だという。二人とは道すがら話をして、ちょっと剣術を試したりもした。それぞれが癖のある、面白い技を使う。

 その二人と僕の三人で、中央天上府の呪術師を探し出すのだが、びっくりすることに、ちょっと裏道に入って話を聞くだけで、そこにいる浮浪者が二、三人の呪術師の名前を口にする。

 ある時などは、人間離れした姿が路地裏を歩いていて、どうやら呪術による影響で体を崩壊させた人間らしかった。

 それくらい中央天上府は呪術が色濃い。

「目的の呪術師はこんなところにはいないぜ、龍青」

 呆れたように、範才が言う。

 中央天上府に放射状に十二本ある大通りのうちの一つ、そこに面した食堂で、僕たち三人は食事をしていた。二人とも慣れているので、僕だけがどこか落ち着かない。

「才、まだ決まったわけじゃない」

 範追がたしなめるが、範才は不満げだ。

「しかし、兄貴、俺が龍青の追っているような大それた呪術師なら、わざわざこんな呪術師が多い街には隠れないぜ。木を隠すには森の中、などと言った奴がいるらしいが、一事が万事、そうだとは限らないさ」

「龍青、本当にここにいると口にしたのか? 探している呪術師は」

「そう言ってた。しかし、誘いかもしれない」

 わからんなぁ、と範才が饅頭を口に運ぶ。

 そもそも翼王は僕を狙っているわけではない、僕の父親を追っているのだ。

 では、なぜ中央天上府の名前を出したのだろう?

 僕を招き入れるようなことをする意図は?

 僕がいることで、どんな事態が起こるだろうか。

 いや、待てよ……。

「これは僕の考えだけど、二人に分析してほしい」

 範追、範才がこちらを見る。

「呪術師はまず僕の父親を追っている。それを受けて、僕は呪術師と父親を追っている。では、父親はこの状況をどう解釈するだろう。自分がひたすら逃げて、逃げ続ければ良い、となるかな。もしかしたら、僕の前に現れるかもしれない。僕の行動を止めようとする、という可能性だ」

「自分の息子の危険を察知して助けに来る、ということか?」

「助けに来るかはわからない。でも、僕が自ら危険に飛び込まないようにしたり、危機から遠ざけようとするだろう、とは想像できる」

 それで? と範追が促す。

「だから、僕の父親を狙うなら、僕を見張ることで、まんまと獲物の方から目の前に飛び出してくる、という展開も想定できる」

 うーん、と兄弟は唸り、黙り込んでしまった。そんなに突飛だっただろうか。

「ありえなくはないが、では、お前の父親は逆に、お前から逃げるように行動するんじゃないか? お前の前に現れることがお前を危うくさせるなら、お前からどんどん離れるのが有効、ということになる」

「才が言う通りだ、龍青。お前の発想が正しいなら、選べる展開は限定される。お前がもう追跡をやめるか、あるいは父親が逃げるより早く追いかけ、追いつくしかない。それ以外があるか?」

 範追の言葉に、僕は少し考えた。

 自分で発想して、それで反論されていながら、自分も範兄弟も、信じ難かった。

 僕は父親の配慮や、僕を守る行いを無駄にしているのだろうか。

 食卓を囲む三人は沈黙し、周囲の喧騒がやけに大きく聞こえた。

 と、外で何かざわめきが起き、店員や客が揃って外を見ている。僕たちもそちらを見たが、人が行き来しているだけで、何がおかしいのか、わからない。

「行ってみましょう」

 範追が素早く立ち上がり、会計を済ますと、通りへ出た。

 やはり人がざわめいている。それだけしかわからないが、何が起こっているのだろう?

 器用に範才が通りかかった男を捕まえ、話を聞いている。通行人は少し驚いた様子だったが、商人の屋敷が賊徒に囲まれている、と応じる。

 どこの商人か、と訊ねると、返ってきた答えは、まさについ先日、杜亭を護衛していった商人だった。

 三人で顔を見合わせ、次の瞬間には駆け出していた。

 目的の屋敷にたどり着く前に、守備隊が街路を封鎖していて市民を遠ざけている。

「こっちだ」

 範才が僕たちを脇道へ連れて行く。どこへ行くかと思うと、路地から壁を伝って上へ行く。屋根を渡っていくらしい。範追も慣れた様子で上がってく。僕はこっそりと理力を使って壁を上った。

 屋根に上がると、少しだけ中央天上府の広さを再認識した。

 しかし感慨に浸っている暇はない。

 こっそりと屋根から屋根へと飛び移り、守備隊の封鎖線を眼下に屋敷に近づく。

 そこでは二十人なりが屋敷の正門を固め、一人、騎乗の男が叫んでいる。

 我々は正義をなす、などと叫んでいるのは、景鶴だった。ならそこにいる男たちは、元は義賊だった連中か。

「騎馬があれだけなわけがない」範才が小声でいう。「どこかに隠していやがる」

「俺は裏門を見てくる。ここで待っていてくれ」

 そういったかと思うと、身軽に範追が離れていった。

 しばらく僕と範才で景鶴の様子を見ていた。まだ何か叫んでいる。守備隊に包囲されているが、守備隊も攻撃しようとはしない。

 何か、打ち合わせでもあったような、不自然な形だ。

 景鶴は守備隊と通じているのか、あるいは役人と通じているのか。

 ここで商人を摘発し、そこにいる海賊の幹部と義賊の一部を捕縛すれば、景鶴たちが正しいことになり、景鶴と組んでいる何者かも、何かしらの点数を上げることができる。

 誰が正しいかはわからないが、しかし、僕としては杜亭をこのまま見捨てるわけにはいかない。大度の決断が無駄になってしまう。

 特別に親しいわけではない。だけど、大度は僕を信頼してくれた。義賊に誘いさえした。

 その彼を裏切るのが、僕には出来そうもなかった。

 ゆっくりと範追が戻ってきた。

「裏門には歩兵が十人ほどだが、あれは誘いだな。裏門を破らせ、逃げようとしたところを襲って捕縛か、もしくは殺す、という計画だと思う。どうする?」

 僕に訊かれても困るが、僕にできることは限られている。

「二人は外で待機して、周囲の様子を見ていてください。僕は屋敷に入ります」

 範兄弟は、視線を交わし、頷いた。

 僕はそっと立ち上がり、勢いをつけて屋根の上を走り抜け、高く跳んだ。




(続く)


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