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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第十三部 義のために
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13-5 離反

     ◆


 屋敷に戻ると、大度が椅子に座っていて、そのすぐ横に立っている男が目に入った。

 その男、景鶴は十人隊長の一人で、一つの騎馬隊を指揮している。

 彼の視線が僕を素通りし、遊林に向く。

「部外者を連れてくるな、遊林。これは俺たちの問題だ」

「いや」

 口を挟んだのは大度だった。

「龍青がいた方が公正だろう。他の仲間にも、その方が分かりやすい」

「あんた、耄碌しちまったのか?」

 勢いよく景鶴が大度の襟首を掴んだ時、まるで幻のようにすぐそばに遊林がいて、彼女の手がその景鶴の手を掴んでいる。

 大度は瞑目し、景鶴は大度を睨み、遊林は景鶴を睨んでいる。

「手を離しなさい、景鶴」

 勢いよく手を振り払い、景鶴は有林をまっすぐに見た。

「女が騎馬隊を率いているのもおかしいぜ、雪花影」

「そういうあなたは誰もあだ名をつけないわね」

 舌打ちをして、大度に向き直ると、景鶴は彼の前の卓を強く叩いた。

「俺たちは義賊だぜ、大度。しかし海賊の連中は違う。自分たちの利のために大勢を殺している。船ごと沈めることもあるそうじゃないか。そんな奴らと一緒にやっていけるわけがない」

「景鶴、俺たちの手だって汚れているさ」

「俺たちが手を汚すのは、民のため、正義のためだ。悪をなす奴以外は、俺は殺しちゃいない」

 場がしんと静まり返った。

 僕が何か言える空気ではない。見ているしかできなかった。

「それで、本当は何が気にくわないの?」

 沈黙を破ったのは遊林だった。いつになく厳しい調子で、景鶴を問い詰める。

「まさか今更、人を殺すのが嫌になったわけでもないでしょう。組織の中での立場が弱まるのが怖くなったの? それともどこかの誰かに買収された?」

「馬鹿なことを」

 どこか引っかかるが、とりあえずは景鶴はその一言で遊林を突っぱねた。しかし彼女はまだ、鋭すぎる眼光で景鶴を見ている。

 大度は黙って、まだ目を閉じていた。その大度に、景鶴が詰め寄る。

「おい、大度、もしこのまま話を進めるなら、俺は仲間を連れて出て行くぜ」

「景鶴!」

 遊林が声をあげても、二人ともが無視した。

 大度が口を開き、静かに言った。

「出て行きたいなら、出て行くがいい」

 その瞬間に景鶴が息を吐き、「そうさせてもらう」と呟くと遊林を押しのけ、僕の横を一睨みしてすり抜けて部屋を出て行った。

「大度、どういうつもり? あいつはあれでも十人の騎馬隊の部下を持っている。全員が出て行くとも思えないけど、わからないわよ」

「俺たちには俺たちに適した規模ってもんがある。それは海賊も同じだ。話を聞いただろう」

「全部で五つの部隊に分かれている、っていう話ね?」

 僕もその話は聞いていた。杜亭が教えてくれたのだ。

 海賊は多くの船を運用しているし、船を操るという性質もあるため、人数はかなり数になる。

 それを五つの部隊に分け、五人の頭領がそれぞれの船隊を指揮する。全体では五人の頭領が合議を行って方針を決めるが、今の所はそれでうまくいっている、と杜亭は口にしていた。

 その話は大度に何かを与えたらしかった。

「俺たちの規模は三十人の騎馬隊と、歩兵が五十というもんだ。これが機動力、戦闘力、統率、それが行き渡る範囲だと俺は思っている。それに、全員を把握して、家族のようなものだ。だが、あるいはもっと規模を広げないと、この先がないかもしれない」

「隊を分けるということかしら?」

「そうだ。まずはお前だ、遊林。遊林騎馬隊を中心にもう一隊、作るべきではないか、と俺は思っていた。思っていただけだが、しかし、景鶴が離脱するとなれば、まぁ、それは当分、先になるな」

 そう言って、やっと大度が僕を見た。

「おかしいだろう? 龍青。俺は百人の仲間も統率できない」

「おかしくはないですよ」

 俺はそっと歩み寄った。

「あなたにはあなたの持ち味があると僕は感じます」

「それはなんだ? 例えば?」

「感情を抑えるのがうまい」

 まさか、と笑う大度は、全く平静のようだった。

 それから二人の義賊は今後について話をして、全員を屋敷の外に集めることになった。

 僕が先に外へ出ると、夜の闇の中に集まっている義賊の数は、確かに減っている。

 まず遊林が出てきて、大度騎馬隊と遊林騎馬隊の副官に、それぞれの騎馬隊とそれに属する歩兵の点呼を取らせた。その際に景鶴騎馬隊の副官を呼んだが現れず、点呼は歩兵部隊の指揮官がとった。

 人員の正確な数が遊林に伝えられた。僕はすぐそばにいたから聞くともなく聞いたが、景鶴騎馬隊は全員が離脱し、その配下の歩兵も十五人ほど去ったようだった。

 全部で三十人近くがどこかに消えたことになる。

 彼らがこれから何をするかは知らないが、どこかで盗賊のようなことをやるのか、それと、独立独歩で義賊として生きていくのだろうか。

 やっと大度が現れ、全員の前に立った。

 義賊の男たちが口を閉じ、直立した。

 それから大度が口にしたことは、海賊と共同して密かな商いを活性化させ、私利私欲ではなく、正義の剣として悪と戦う、というような内容だった。

 義賊たちも戸惑っているようだった。

 それもそうだろう。今まではそれほどの大儲けもしなかっただろうし、志はあっても、それは近くにいる悪どい人間に意趣返しをしているような、そんな程度だったはずで、それがいきなり、悪と戦う、と言い出しているのだ。

 しかも義賊たちは海賊とは縁が薄い。僕でさえ、海賊が賊徒とどれほど違うのか、測りきれないところがある。

 しかし大度は、何かを決めて、つまり彼の前には道が見えているのだ。

 まずは海賊の闇の商いに加勢し、陸上戦力として彼らを補助する、と大度は宣言した。

 同時に、義賊は参加者を募り、人員を増やすともはっきりさせた。

「なんか、大変なことになってきたわね」

 解散してから、遊林が僕に近づいて言った。

「大度殿は元々はどういう人間だったのですか?」

「役人の息子らしいわよ。でも幼い頃に、役人同士の権力争いで、父親は牢に入れられて、そのまま死んだと話していた。だから彼は役人を信用することがないし、それはそのまま、この国、永への反抗心になるのね」

 みんな、いろいろな過去があるものだ。

「あなたは? 遊林殿」

「私? 私は馬賊に誘拐された女の子、って言ったら、信じる?」

「……本気ですか?」

 どうかしらね、と笑って、手を振って遊林は離れていった。

 その翌日、大度が杜亭に護衛をつけ、中央天上府に送り出した。それには僕も加わっている。

 歩兵の中から力のあるものが選ばれ、しかし全員が荷夫の格好をしている。僕も似たような格好になった。剣は形だけの荷車に隠され、しかしいつでも抜けるような位置にある。他の歩兵も同じ具合だ。

 出発して半日で中央天上府の城壁が見え、夕方には門にたどり着いた。大度が用意した手形のせいで、荷物を検められることもなく、市街に入ることができた。

 そのまま荷車三両は市街にある屋敷の一つに入る。その商人が大度の協力者で、収奪した金品をこの商人が他の商人への窓口となり、売り捌いているという話だった。

 杜亭はすぐにその商人と話し合いを始めたが、僕は義賊の青年二人と屋敷を出て、宿の部屋をひとつ借りた。

 大度は僕の目的を理解して、一時的に協力することを約束してくれた。しかし、見返りとして欲しいものがある、と大度は言った。

 それは、僕に義賊に加われ、という内容だった。

 すぐに答えられない、と応じると、大度は笑いながら、

「ゆっくり考えろ」

 と、言っていた。

 僕が義賊になるとは、なかなか、想像もできなかったけど、頭の中ではその言葉が何度も繰り返された。




(続く)


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