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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第二部 雷士
9/118

2-2 騒動

     ◆


 結局、その日はなかなか宿に帰れなかった。

 尾行が激しすぎた。常に三人が付きまとい、逃れるのに苦労した。裏口を使った回避もできず、夜になってから闇を利用して逃げた。

 宿も特定されているはずだったが、しばらく見張っても、誰かが監視していようではない。問題は宿の経営者や従業員が買収されている可能性だ。

 宿に残しておいたもので貴重品はない。問題の手紙さえ、別のところに隠してあるのだ。

 これが俺の悪いところだが、宿の一つや二つ、潰れてもいいだろうと考えを改め、堂々と裏口から中に入れてもらった。

 誰も買収されていなかったようで、宿を潰すまでには至らなかった。

 翌早朝、俺は荷物をまとめて外へ出て、手紙を回収しに行った。

 相羽の街から一度出て、通行の安全を祈願する小さな祠の一つに向かう。

 別に安全を祈りたいわけじゃない。その祠の中に隠してあった手紙をさりげなく回収する。

 また相羽の街へ戻り、例の茶屋へ向かうはずが、妙な事態になった。俺が帰ってくるのを待ち伏せている、明らかにカタギじゃない連中の他に、明らかに役人の手先のような男たちがいる。

 どうやら龍青といるときに確保した襲撃者の筋からだろう、役人は俺をしっかりと認識しているらしい。

 このまま街に戻ると、さて、どうなるのか。

 どこぞの組織の連中は、俺を襲撃して手紙を奪おうとする。その混乱は、役人には格好の口実となり、俺も襲撃者もまとめて確保される。

 役人が俺を確保したら、組織の連中は、どうするだろう? うまく想像できないが、俺がお尋ね者だということはどうしようもなく、俺は命を失うかも知れない。これは前者のパターンでも最後に行き着く終点ではある。

 つまり俺は誰にも捕まっちゃいけない、となる。

 厄介なことになってきた。

 何か作戦を考えないとな。俺は街に入る手前で、そっと木陰に身を潜ませ、考えた。

 元からあまり頭がいい方ではない。小賢しいことは考えるのもするのも好きじゃない。

 日が上がってくる。そろそろ俺を探している連中も活発になるだろう。

 まだ名案は浮かばない。

 いや、待てよ。

 つまり、全員を切って捨てれば、いいんじゃないか?

 非常に単純で、いいじゃないか。

 というわけで、俺は堂々と相羽の街へ入っていった。

 すぐに目の前に三人の男が立ちふさがる。

 しかし会話をしている余地はない。間合いを消し、拳で、膝で、つま先で、即座に三人を倒した。通行人が悲鳴をあげる。役人の手先らしい男たちが群がってくるが、さっさと逃げる。

 前にいた二人は、一人は殴り倒し、もう一人は肘でこめかみを打って倒す。

 いよいよ大騒ぎになった。誰が悪人で、誰が役人なのかもわからないまま、俺を止めようとするものは倒せるだけ倒した。

 路地に飛び込み、そこに置かれていた荷台を蹴りつけて、宙に飛ぶ。屋根の縁に手をかけ、懸垂で体を持ち上げる。そのまま屋根を渡って、先へ進む。地上では混乱が起き、ならず者と役人が揉み合っているようだ。

 俺は屋根伝いに目的の茶屋にたどり着き、やっと地上へ降りた。

「邪魔するぜ」

 もちろん、表から入ったわけではない。台所の、しかも窓から入ったのだ。三人の女が割烹着を着て何かをしていたが、さすがにその筋の店の女たちだけあって、悲鳴の一つもあげない。

「乱空に用事がある。通してくれ」

 女たちは俺に道を開けた。

 ずかずかと奥に入り、片っ端から戸を開けていくと、無人の部屋を三つ経て、目的の部屋に着いた。

 乱空が書見をしている。こちらを見て、口笛を吹いた。からかうような音色だ。

「外で騒動が起きていると聞いたが、やっぱりお前だったか、雷士」

「お前のためにここまで来たんだぜ。楽じゃなかった。報酬は少しも負けないからな」

 どっかりと腰を下ろし、俺は懐から手紙を取り出し、手渡す。乱空は何気ない素振りでそれを受け取り、中身を検めた。じっと視線を向けてから、頷いた。

「良いだろう、雷士」

 乱空が立ち上がり、戸棚から袋を取り出した。それがそのまま、俺の目の前に落ちてくる。金属が擦れ合う音がした。聞き馴染みのある銭の音だ。

「悪いね」

 そっと手を伸ばしたが、手が触れることはなかった。

 俺は床を蹴って転がり、背後からの攻撃を避けている。

 剣ではない。床に刺さっているのは矢、それも吹き矢だった。

 起き上がりざまに剣を振るい、続く矢を弾き飛ばす。乱空が続きの間へ逃げていく。

「おいおい、どこ行くんだ?」

 素早く床に落ちている銭の入った袋を手に取り、俺は一瞬の躊躇もなく、それを投げた。

 袋は見事に乱空の足に直撃し、彼が転倒する。

「動くな」

 そう言ったのは俺ではなく、隣の部屋にいた女だった。見知らぬ女で、吹き矢を構えている。俺の姿勢は袋を投げたせいで乱れているが、しかし、狙いもある。

 乱空が立ち上がろうとする。

「動くなって」

 これは俺の言葉。

 そして俺は動いている。間髪入れず、女が容赦なく吹き矢を飛ばす。

 体を傾げ、矢を避ける。

「や、やめろ!」

 今度は乱空の声。

 彼の目と鼻の先の床に、吹き矢が刺さっている。俺が自分を狙ったものを掴んで、少しの遅滞なく投げたものだ。普通の吹き矢だけじゃ殺傷力に欠ける。なら毒でも塗ってあるんだろうと推測したが、正解だったらしい。

 こうして三者は完全に膠着状態に陥ったわけだ。

「お嬢さん」俺は女に声をかける。「あそこの男が死んだら、あんたも生きていけないだろうなぁ。吹き矢を捨ててくれ」

「お前が動くより先に、殺す」

 冷酷そのものの声だが、俺を震わせることはできなかったし、むしろ乱空を怯えさせるだけだった。

「やめろ、吹き矢を捨てろ! やめるんだ!」

 こうして女は吹き矢を捨てることになり、俺はやっと安心して立ち上がることができた。

 が、女が突っ込んでくる。手には短剣。

 もっと不意を打とうとか、考えないのかね。

 俺の肘が彼女の頬を強烈に捉えて、勢いも加わって、本人はおそらく強烈な衝撃で一瞬で意識を失っただろう。女が壁と衝突して倒れ込み、俺は肘を撫でつつ、乱空に歩み寄った。

 ここに至って、彼の怯えは筆舌に尽くしがたいようだが、何をそこまで怯えるんだ?

「手紙を見せてもらっていいかな」

 さっき、懐に入れたいたのがチラリと見えていたので、俺は腰を抜かしているらしい乱空の懐から手紙を抜き取った。

 目を走らせる。独学で文字を覚えているので、読めない部分もある。それは推測で補うが、おおよそのところはわかった。

 俺の首を相羽の役人に突き出すことで、役人も闇商売に取り込み、役人と乱空、赤眼で密やかな商売をより円滑にしよう、ということらしい。

「面白い仕掛けだったよ」

 茶屋の外が騒がしくなる。聞こえてくる声は、役人のそれらしい。つまり役人が乱空の危機を察知して、正式に押さえに来た、ということか。それもそうだ。茶屋にいるより、牢屋にいる方が安全だ。

「こいつはもらっていくぜ。仕事はしたんだ」

 落ちている袋を手に取り、懐に放り込んで、俺はどうやって逃げるか、どこへ逃げるか、考えた。特に伝手はないし、知り合いもいない。龍青が泊まっていた宿くらいだが、さすがにあそこに厄介を持ち込みたくはない。

 となると、どこがあるか……。

 喧騒で、役人が茶屋に突入してくるのがわかった。

 はてさて。




(続く)


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