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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第十三部 義のために
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13-4 義賊と海賊

     ◆


 中央天上府の近郊で、義賊たちは屋敷の一つに入った。どこかの商人が建てた別邸で、何度か利用しているようだった。

 そこに訪ねてきたものがいる。

 商人のような服装をしているが、表情には鋭いものがある。

 その男に、大度、遊林が対面した。僕も同席するように言われて、部屋の隅に座っていた。

「先日は、うちのものを一人、誘拐してくれましたね」

 男は、杜亭と名乗った。海賊だ、とも。

 大度も堂々とそれを迎え、笑っている。

「海賊なんて、俺は少しも考えちゃいなかった」

「こちらもこのような少数で活動する義賊など、知りませんでしたよ」

 やり取りはそんな感じに始まる。

 二人が話し始めたのは、まさしく商売の話だった。

 大度たちには中央天上府の内部に協力者がいて、どうやらそれは杜亭たちも同じらしい。

 商人、役人が抱き込まれ、義賊と海賊がそれぞれにそこから商売を発展させているのだ。

 つまり闇商売ながら、義賊と海賊は商売敵である。

 話を聞きながら、よく今までお互いに接触しなかったな、と僕は不思議だったが、闇の中でのやりとりなのだから、わざわざ光のもとに出る必要もないのかもしれない。

 二人の話は、商売敵として相手の利権を奪うとか、何らかの譲歩の代わりに身を引かせるとか、そういう様子ではない。どこかで協力できないか、と考えているようだ。

 義賊の持っている立場で有利なのは、中央天上府の内部に経路が確立されていることで、これは純粋に義賊の活動範囲が中央天上府に近いことからきた立場だ。

 一方の海賊が有利な点は、海や川があるところならどこへでも行けるし、一度に多くの荷物を輸送できる。

 輸送する速度は、川では海賊が早いが、陸では義賊に分がありそうだった。

 両者はお互いの良さを生かしつつ、共存を狙っているようだ、と読めてきた。

 杜亭が夕暮れと同時に「本隊に確認しますので」と書状を書き始め、どうやらそこで話し合いは一時的に途切れるようだった。

 僕が幕舎の外に出ると、料理の匂いがした。杜亭をもてなすためだろう。

 杜亭が連れてきた護衛たちが、ピリピリした様子で周囲を見ている。全部で十人ほどだ。

 もしここで彼らが暴れれば、両者に犠牲が出る。そうならないことを願うしかない。

 杜亭が書状を持って幕舎を出てくるのに、大度と遊林が続く。杜亭からの書状が護衛の一人に渡され、その護衛にさらに二人がついて、駆け去って行った。彼らは海賊だけあって、馬には不慣れなようだ。

 そこに気づいた様子で、大度が馬を貸しますよ、と言ったが、杜亭は丁寧に断った。

 夕食会になり、それでも杜亭の護衛たちはまだ緊張しているようだった。酒も出たが、杜亭はそれほど飲まない。用心深いのだろうが、しかし当たり前の対応だろう。

 翌日の朝になると、驚くべきことにもう書状の返事が来ていた。

 幕舎の中で僕も含めて昨日と同じ顔ぶれが対面した。

「本隊は、義賊の方々との連携を認めました。それと、これが強い要望ですが、中央天上府と東方臨海府を結ぶ、陸路の交易路を設計してほしい、ということが伝えられました」

 ちらりと遊林がこちらを見る。しかし無言。大度が頷いている。

「俺たちはあまり人数がいない。そして余計な銭もない。援助してくれるかな?」

「人数は割けませんな、我々も人手が足りない。銭は、一時的に貸すことはできます」

「やけに気前がいいな、海賊というのは儲かるらしい」

「金離れがいいだけですよ、我々は金銭を大きく巡らせることでわずかに利を得るのです」

 なるほど、と言いつつ、話はさらに進み、卓の上に地図が広げられ、実際的な話になった。

 どうやら杜亭は海賊の重要人物なようで、かなり詳細な情報が提示される。海賊の作り上げた闇の交易路は、永という国の南東部一帯を、おおよそ網羅している。北は東方臨海府を取り込みつつあるようだ。西は南限新府にはまだ距離がある。北西の辺りが、まさに今、僕たちがいる中央天上府になる。

 大度と杜亭が自分たちが抱き込んでいる役人の情報を交換し、まずは大度が杜亭たちのことを中央天上府の役人に紹介することが決定した。

「あの都市にそう簡単に入れるものですか?」

 杜亭の疑問に、大度が鷹揚に頷く。

「門を抜ける手形を持っているんでね。しかも正式なものだよ。役人を味方にするとこういう時に便利だ」

「それは我々も感じますね。正式な永水軍の端は、川を遡上する時に役立つ。あれが川の手形です」

 二人が嬉しそうに笑っている。

 さらに二日ほどの間、義賊と海賊の間でやり取りがあり、細部が詰められたようだ。

 杜亭を中央天上府へ向かわせる、と決まった日の夜、ささやかな食事の会の後、僕は自然と外へ出た。

 中央天上府に何が待っているか、何度も考えた。

 でも全くわからない。

 翼王が待ち構えているのか、それとも父親がそこにいるのか。生きているのか、死んでいるのか。

 屋敷の中庭を歩いていると、かすかに気配が起こった。

 そちらを見ると、黒装束の小柄な姿が立っている。

「紅樹……」

「こんな所で何しているわけ?」

 足音もなく歩み寄り、彼女が僕の襟首を掴んだ。

「火炎を探しているけど、見つからない。でも海賊に加わっているのは間違いない」

「海賊に? それが本当なら、好都合だよ。海賊の代表者と知り合いになった」

「残念ながら、私にもそれくらいの頭はあるし、行動力もある。火炎は海賊の一員として東方臨海府に入ったわ。でもいきなり足取りが途絶えた。もう東方臨海府にはいない。どこにいるかわからない。海賊からも離脱したようよ」

 思考がなかなか、追いつかなかった。

 つまり、火炎は何をしているんだ?

 もし海賊に加わっているのなら、杜亭を通して接触できるだろうが、下手に動くと危険だろうか。

 考えている僕の襟首を紅樹が突き飛ばすようにして手を放した。

「あんたたち、もう組むつもりはないの?」

「まさか。また火炎とは会いたいよ。だけど、それが目的じゃない」

「それはそうだけど……」

 紅樹が更に言い募ろうとしたが、何かに気づくと、彼女は覆面をして宙に跳んだ。塀を越えて彼女の姿が消えた時、中庭へ遊林が入ってきた。

「龍青? 今、話し声がしたけど」

「話し声?」僕は遊林に歩み寄った。「気のせいじゃないですか? 静かな夜ですし」

 どうかしらね、と遊林が笑い、表情を真剣なものにした。

「どうも歓迎できない状況が起こりつつある」

 彼女が低い声そう言って、更に声を落として言った。

「うちから抜けるものが出るかもしれない」

「何故です?」

 それはね、と遊林が顔をしかめる。

「海賊と組むのは義賊のやることじゃない、っていう意見があるわけ」

 困るわね、と呟くその遊林の顔は、本当に困っているように見えた。



(続く)


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