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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第十三部 義のために
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13-3 闇の商売

     ◆


 中央天上府への道筋を進み始めて二日経った時、急に大度に呼び出された。

 僕は夕暮れの中、遊林に馬を習っていて、遊林も呼び出されたので「何かしらね?」と首を捻りつつ、訓練はそこで終わりになった。

「どうも良くない状況が起こっている」

 幕舎の中で大度が待ち構えていたが、顔はどこか難しげだ。

「まだはっきりわからないが、この辺りの盗賊どもに銭を渡している奴がいる」

 遊林が首を傾げる。大度は指先で卓を叩きつつ、続ける。

「盗賊を援助しているようではないんだ。どうも盗賊を抱き込んで、協力させている。まだはっきり見えないが、何かの経路らしい。抱き込まれた盗賊は、その経路を流れてくる荷は襲わない、という約束なんだろう」

「経路? 商人ってこと?」

 眉をしかめる遊林の問いかけに、大度が口をへの字にする。

「普通の商人じゃない。やけに潤沢な商品が流れているらしいからな。もしかしたら複数の商人が協力して、秘密裏に商いをしているのかもしれないが、そんな大規模な動きとも思えない。大勢が関われば関わるほど、情報は漏れる。それがないんだ」

「私にはよくわからないわ。商人は利に聡いから、儲けがあると分かればどんなことでもするでしょう。役人を買収したりもするし、それこそ私たちみたいなやり口もする。彼らは法律よりも銭を大事にする」

 そうだがなぁ、と大度が顎を撫で、唸る。

「どちらにせよ、盗賊を自由にさせる理由はない。すでに俺が知っている範囲では五つの集団が援助されている。そのうちの一つが、すぐそばに拠点を持っているんだ。遊林、行ってみてくれるか」

「叩いて、散らせばいいわけ?」

「いや、話を聞きたい。一人か二人、捕縛しろ。十人を連れて行け。抵抗が激しければ無理はするな。明日の明朝までに済ませろ、速攻が絶対だ。隊に指示を出し、体制を整えろ」

 急な話なこと、と言いつつ、遊林が了解を伝える。

「龍青、彼らについていけ」

「何故です?」

「馬を乗りこなせるようになったか、試してみろ。馬を無駄にするなよ」

 遊林に肩を叩かれたけど、僕は戸惑うしかない。とても、馬上でまともに戦える気がしない。

 そのまま支度をして、作戦会議があり、遊林騎馬隊の十人に加わって、僕も話を聞いた。十人は冷静で、しかし活発に意見交換している。

 十人の騎馬隊というのは、極端に少ないのは僕にもわかる。だからこそ、連携や作戦が重要になる。戦場は不規則だし、予測がつかない場所だが、それでも事前に想定した事態も起こる。そんな時に全体が連携すれば、犠牲を少なくできるし、効果を高められる。

 会議が終わり、少しの休憩の後、騎馬隊は集合し、本隊を離れた。馬には草鞋を履かせて、口にも何かをくわえさせた。音をできる限り減らすつもりなのだ。馬上の男たちも会話を禁じられた。

 明け方まで移動が続き、やがて山の中に分け入る。全員が馬を降りた。木立を抜けて、斜面の上に出た。

 下を見ると、幕舎が二つ、並んでいる。

 馬から草鞋が外され、口元からも板が外された。全員が鞍にまたがる。

 戦闘準備が完了し、遊林が剣を引き抜き、前に振った。

 十人が一斉に馬腹を蹴り、斜面を駆け下りていく。僕も遅れて続いた。

 遊林が雄叫びをあげ、兵士たちも声を上げる。馬の蹄が地を蹴る音も、無数に重なり合い、波涛のようだ。

 幕舎から男たちが飛び出し、一目散に逃げていく。抵抗しようとするものは馬に追い散らされる。

 悲鳴がそこここで上がり、しかしこちらがほんの少数だと気付いた男たちが、手に剣を持って、夜の闇を見透かそうとしている。

 どこからか遊林が僕のすぐそばに馬を寄せてくると思ったら、男を一人、放り投げてくる。

「そいつを本隊まで連れて行きなさい。私たちは後から行く」

 聞き取れた時には、遊林はまた声をあげ、敵に突っ込んでいく。

 僕はぐったりと意識を失っている男を抱え、馬を走らせた。二人を乗せているので、それほど速くは走れないし、あまり速く走らせると、抱えている男が落ちそうだった。

 この辺りの地理は、作戦会議でしっかりと頭に叩き込んだ。迷うことはない。

 朝日が昇り始める。背後から馬蹄の音がして、肩越しに振り返ると、遊林騎馬隊だった。

「ありがとう、龍青。まったく、大変だったよ。こっちに渡して」

 男を苦労して遊林に渡し、彼女は僕とはまったく違う安定感で、馬を走らせ始めた。

 本隊に合流するのはまだ朝と言える時間になった。

「どうだったかな、龍青は?」

 出迎えた大度は楽しそうだが、からかっているんだろう。

「まだまだですね。訓練を続ければ形にはなりそうです」

 僕が答える前に、遊林がそう答えた。頷く大度の前に捕らえてきた男が放り出される。

 素早く大度が活を入れると、男は気を取り戻した。僕たちを見回し、顔が青白く変わる。

「質問に答えれば、解放する」

 そう言いながら、大度が剣を抜いた。

「どこから物資を得ている? 誰が図面を描いているんだ?」

 そ、そ、としか男は言えない。剣を抜いたのはやりすぎじゃないか?

 さっと切っ先が翻り、男の前髪を切り捨てた。ヒッ、と引きつったような声をあげ、男が背を反らす。

「答えろ。あまり時間もない」

「お、俺たちは、船を襲っている……」

 何を言っているのか、僕には分からなかったし、大度と遊林も視線を向けあっている。

「船? 川の船を襲っているのか?」

「海だ! 東方臨海府の、辺りで……」

 その言葉で、僕の中にピンとくるものがあった。

「大度、こいつらは、海賊じゃないのか?」

 僕の言葉に、大度が一度、こちらを見てから、男を見る。

「海賊? 海賊がこんな陸で何をしている?」

 男はパクパクと口をさせてから、喋り出した。

「俺たちは、海で奪ったもので取引を、している。陸にも流通の道筋が、あるんだ」

「あの盗賊とはどういう関係だ?」

「あいつらは、取引相手だ。物資を買い取り、銭を渡す。俺たちは物資を売りに行く」

「どこへだ?」

「そりゃ、いろいろだ。いくつかの街に、道筋が通っている」

 もう一度、大度と遊林が視線を向け合う。何かのやり取りがあるようだけど、僕には想像もつかない。

「お前の知っていることを全部、話せ。それで放免だ」

 剣を鞘に戻し、大度が卓の上に地図を広げる。男がどうにかこうにか立ち上がり、震える指で地図を示し、何か話し始める。遊林も聞いている。僕も外に出るように言われなかったので、そこに加わっていた。

 男が知っているのはほんの少しの範囲で、豊河の支流のうちの一本の周囲だけになる。まさに明け方に襲った盗賊がいたのがその地帯だ。

 話すことがなくなった男は、夕暮れ時に放り出された。

「同じことを考えている奴がいるのだな」

 幕舎の中で、大度がそんなことを口にした。遊林も苦笑いしている。

 僕だけが何もわからない。

「俺たちの商売と同じものさ、龍青。海賊にも、俺と同じことを考えた奴がいる。秘密裏に物資を流通させ、商人や役人を抱き込み、財力を蓄える」

「それを僕に教えていいのですか?」

 うん、と大度が頷く。

「お前は信頼できるし、俺たちとは別の視点を持っているのは捨てがたい。それに、お前と俺たちは協力できるだろ?」

「それは、まぁ……」

 はっきり答えられない僕に、大度が一笑し、すぐに真面目な顔になる。

「さて、俺たちも中央天上府に向かうこととするか」




(続く)


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