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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第十三部 義のために
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13-2 義賊の仕事

     ◆


 大度は何回かに分けて、僕に事情を話した。

 永の中部の平原を移動し続け、その中で盗賊などを襲っているらしい。他にもあくどい商売をする商人を襲うこともあると聞いた。

 どこから情報が入ってくるかといえば、役人さえもこの義賊に手を貸しているらしい。

 盗賊を襲ったり商人を襲って手に入れたものは、役人を通じて、秘密裏に売買され、場合によっては公の商店にも売るらしい。その商店は義賊の一員が経営していて、誰もその経営者が義賊とは気づかないようだ。

 僕にそんな話をした後、大度と遊林が僕に事情を訊ねてきた。僕のそもそもの目的ではなく、東方臨海府での出来事である。正直に話したが、二人とも渋面になった。

「理力使いに襲われて逆に切ったら、都合よく別の兵士が現れて、そいつの片腕を切り飛ばした? そもそも理力など、聞いたこともないな。お前がそれを使えるというのは、まぁ、わからなくはないが」

 顎を大度が撫でる。

「あの河原で剣を向けた時のお前の動きは異常だった。あれが理力か?」

「理力は、何にでも作用しますよ」

「体の動きの強化や加速ではなく?」

 例えば、と僕は今いる幕舎の中にあるものを眺め、結局、大度が近くの卓においた杯を選んだ。

 すっと手を向け、胡散臭そうにこちらを見ている大度と遊林の二人の前で、理力を練り上げ、杯を掴む。手で掴む想像をしつつ、実際には理力が掴んでいる。

 そっと持ち上げる。

「嘘……」

 遊林が目を丸くして、口元を抑える。

 杯はひとりでに宙に浮いていた。

 しかもそれがひっくり返る。水は、こぼれない。

 集中を高め、水さえも支配下に置く。ゆっくりと水が杯から流れ、球体になり、プカプカと浮いていた。

 そっと杯を地面に落とし、そこへ水を全部、元通りに流し込み、僕はふっと気持ちを緩めた。

「こんなことがあるとは」大度は嬉しそうに笑っている。「なかなか信じられんが、呪術師のようなものと思えば、受け入れられる」

「誰もが使えるわけじゃないのですが、強力ではあります」

 謙遜しろよ、と大度がまた笑う。

「良いだろう、龍青。俺たちにはお前をどうこうすることはできないと、俺が決めた。出て行くのも、留まるのも、自由だ。それどころか、お前を助けてやりたい気持ちにもなった」

 思わぬ言葉だった。視線で探ろうとするが、大度の瞳は穏やかそのものだ。

「中央天上府だったな。俺たちも近いうちにあそこへ行くことになっている。収奪したものを換金するつもりなんだ。それに同行すればお前は自然と中央天上府に入れるよ」

「近いうち、というのは?」

「明日、この付近を盗賊が移動するという予測がある。それを壊滅させて、荷を奪えば、すぐに向かう」

 そんな急な話なのか。しかし彼らは計画を立て、周到に準備しているのだろう。盗賊の動きを把握するほどに、事前に策を練っているのだ。

 僕はそれを了解したが、不安があった。

「僕は馬に乗ったことがない。一緒に行動できる自信がないんだけど……」

 その一言で、二人の義賊はくすくすと笑い、すっと遊林が立ち上がった。

「付け焼刃ですけど、教えるわよ。まだ時間があるし」

 幕舎の外はまだ明るい。

 二人で外に出ると、義賊の男たちは武器の手入れをしたり、書物を広げていたりする。どことなく真面目というか、変に荒くれだったところがないのが、盗賊のような印象を持つことを否定している。

 馬術の稽古をしている十人ほどがいて、遊林はそこに向かう前に、繋がれていた自分の白い馬と、もう一頭、栗毛の馬を選んで轡をとっていた。

 すでに鞍は載せられている。

 十人が遊林に気づき、下馬しようとするが遊林は「そのまま続けなさい」と柔らかい声で応じ、訓練が再び始まる。

 それから日が暮れるまで、僕は馬術というものの初歩の初歩を教わったが、なかなかうまくいかない。

 三回ほど落馬し、遊林は不安そうにしていたが、怪我はしなかった。

 僕が乗っている馬はそれほど気性が荒いようでもない。僕を振り落としたのは、僕の不手際だろう。

 周囲が薄暗くなって「これくらいね」と遊林が言った時には、すでに他の義賊は姿を消していたし、遠くから何か、食べ物の匂いが漂ってくる。

 ゆっくりと馬から降りて、今度は自分でその馬を連れて歩く。

「何の経験もないにしては、いい動きをしているわね」

 そんな風に遊林が僕を評価した。一応は褒められているらしい。

「でも明日は、あなたは観戦になるわ。とても馬に乗っては戦えない」

 やっぱりそうか。

「気にしないで、気長にやりましょう。私たちのやり口を勉強すると良いわ」

 そんなやり取りをして、幕舎に戻ったわけだけど、待ち構えていた大度は「龍青、俺たちは遊ばせておく人間がいない、明日は荷車を押せ」と、一方的に命令してくる。

 わかりました、と答えるしかなかった。他にできることもないだろうし。

 翌朝、義賊たちは早朝から行動を始め、幕舎を畳むとそれを荷車に積み込み、他にも野営に必要なものを全部、片付けた。

 一方で、馬に乗る襲撃隊が準備を始め、全部で三十人はいるようだ。

 大度、遊林、そしてもう一人が指揮官で、全部で十人が三隊、という構成らしい。

 僕がやることは、空の荷車を予定されている地点に運ぶことで、こちらの隊は荷車が三つで、人間は十五人だ。しかし十二人が実際に荷車を押したり引いたりするわけで、余っている三人は斥候であり、護衛でもあるらしい。

 騎馬隊と別経路で進み、昼前には荷車の隊は所定の位置についた。

「新入り、見物に行こうぜ」

 同じ荷車を押していた三十絡みの男に声をかけられて、二人で近くの丘に上がった。

 平原が広がり、小高い山がいくつかある。真夏の日差しの下で緑が鮮やかだった。

 山裾の縁を抜けるような細い道を、何かの隊列が進んできたのは、景色を眺め始めてしばらく経ってからだった。

「あれだ」

 隣で男がそう言ったので、どうやら今、見えてきた隊列が標的らしい。

「来るぞ来るぞ」

 そんな風にそわそわと男が繰り返した時、まさに隊列がいる道の前後から、騎馬隊が襲いかかった。丘を回り込んだので、隊列は寸前まで、騎馬隊に気づかなかった。

 見る間に隊列は混乱している。挟み討ちで、それを逃れるには道を逸れるしかない。しかし道を逸れれば、荷車は捨てるしかない。

 襲われている方も抵抗し始めた。

 そこでいきなり、山の斜面を駆け下りてきた、最後の一隊の騎馬隊が側面から隊列に突っ込んでいく。

 ついに隊列から蜘蛛の子を散らすによう、大勢の人間が逃げ出すのが僕たちにはよく見えた。

「仕事だ、仕事! さっさと戻るぞ!」

 急かされて丘を降りると、すでに三両の荷車のうち、二つは走り出していた。押すものも引くものも必死だ。最後の一両が僕ともう一人の男の到着と同時に走り出す。

 戦場にたどり着くと、それほど悲惨な光景でもない。隊列の一員だったのだろう男たちが、ほんの数人、倒れているだけだ。他は逃げたんだろう。

 大度が指示を出し、僕たちは隊列が運んでいた荷物を積み込めるだけ荷車に載せ替えた。

「荷車ごと奪えばいいんじゃないの?」

 例の男と一緒に木箱を運びつつ訊ねると、「そんなことしたら荷車も売らなきゃならんが、連中の荷車は性能が悪くて売れないさ」という返事だった。

 僕にはまだ、商売という奴は難しすぎる。悪事という奴も。

 あっという間に奪うものを奪って撤収し、義賊はそのまま中央天上府に向かうようだった。

 夜になり、適当な木立を選んで野営になる。

 この時ばかりは、男たちも賑やかだった。




(続く)


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