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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第十二部 残酷な季節
82/118

12-4 殺戮

     ◆


 屋敷は徹底的に、荒らされに荒されていた。

 金目のものの全てが奪われ、そこには死だけが残っていた。

 そんな中で、広間の天井から吊るされて呻いていたのが若旦那だ。

 広い屋敷で無数の殺人があったのは、まさに俺たちが帰還する前の夜で、俺たちが街に着いた時、やっと近隣の住民が気づいた。

 俺たちが全力で走って屋敷に入った時、若旦那が運ばれてきた。

 顔が血まみれだが他に外傷はないように見える。しかしその体の後に続いた医者が俺たちに首を振ってみせた。

「両目を切られて、舌も切られています。何も見えませんし、話せません」

 くそ、と誰か、俺たちの仲間が呟いた。

 それからその場の全員で協力して屋敷を片付け、死んだものの葬儀をしたが、形だけのものになった。屋敷はあまりの悲惨さを考えれば、取り壊すしかない。その跡地に死者をまとめて葬ろうとなった。

 屋敷を取り壊すのも、業者に頼もうにも銭がない。自分たちでやるしかなく、関係者が協力して、誰もが全てを忘れようとするかのように作業に熱中した。三日で屋敷は解体され、さらに二日経つと、もうそこに屋敷の面影はなかった。

 わずかに残した庭の一角、木が二本だけ生えている場所に、屋敷の廃材をどうにか買い取ってもらって手に入れた銭で、石碑を建てた。

 すでに全ての遺体は焼かれていたので、その石碑の下に骨壷をいくつも埋めて、これでとりあえずは決着だった。

 まるで半年もそんなことをしているような気分だったが、実際にはほんの十日ほどの出来事だ。冬が来ようとしていた。

 誰からともなく、みんなの仇を討つべきだ、という話が持ち上がった。

 下手人を探し出し、報いを受けさせる。

 力には力をぶつけ、死を与えたものに死を送り返す。

 俺は黙って彼らの話を聞いていた。その一方で密かに街で情報を集めてもいた。

 病院には毎日、誰かしらが顔を出し、若旦那を励ましていたが、彼は何も見えず、何も喋れない。呻き声を発するが、何を言っているのかはわからない。

 やがて若旦那は紙に筆で字を書くようになった。しかし大抵は読み取れない。

 しかし繰り返し繰り返し、下手人を訊ね続け、紙に文字が書かれ続けた結果、わかったのは、画果という名前だった。

 誰もが納得した。腹いせに屋敷を襲撃したのだ。一人ではあるまい。

 俺たちは必死に情報を集め始めた。毎晩のように会合が開かれ、情報が統一され、有力な線を探り出し、成果の上がらない可能性は否定され、瞬く間に計画が出来上がった。

 そして珍しく雪がちらつく、冷え冷えとした日の夜、ついに画果とその仲間の三十人の居場所が判明した。

 砂漠の中の緑地の一つに潜んでいるという。

 しかし問題も浮かび上がった。おそらく屋敷から奪った金品から、一部を役人に渡して、抱き込んでいるという。敵討ちであろうと、俺たちが罪に問われるのは避けられない。

 どうにかしてそれを覆すことが議論されたが、俺はその会合から、こっそりと外へ出た。

「おい、王炎」

 若い仲間が追いかけてきて、俺の肩を掴んだ。俺は足は止めても、振り返らなかった。

「早まるな。機を待つんだ」

「勝手にやらせてもらいます。俺には、責任があるんですよ」

「若旦那の前で画果をコテンパンにしたことか? 気にするな。お前のせいじゃないさ」

 いや、俺のせいだ。

 俺が悪い。

 頭にはそれしかなかった。そっと仲間の手を肩から放させ、俺は夜の街に踏み出した。

 砂漠を一人、歩き続けた。雪はいつの間にか止んだ。しかし寒い。

 心の底まで凍えそうな、極端な寒さだった。

 気づくと緑地にたどり着いていて、地平線から朝日が昇っていた。

 下調べがされていた場所は、役人の別宅で、そこに画果たちがいるのだ。

 門の前に立ち、剣を鞘から引き抜いた。振りかぶり、体の力を一度、抜いた。

 瞬間、俺の中で何かが爆発したように力が湧き上がった。

 剣を振るう。手応えをねじ伏せ、反動もねじ伏せ、振るい続けた。

 目の前で、門扉が崩れた。そこから堂々と中へ入った。

 声をかける必要はなかった。上がりこんで、目に付いたものを切り捨てた。最初は女だった、もしかしたら賊ではないかもしれない、などとは考えなかった。

 短い悲鳴をあげて、重たい音ともに女が倒れた。

 廊下に、すぐ近くの部屋から男が顔を出した。突き出した剣が、顔面から後頭部までを貫通する。悲鳴は上がらない。

 死体を蹴り飛ばして、剣を引き抜く。もう廊下には三人ほどが出てきて、何か叫んでいる。

 構うものか。

 手当たり次第に切った。武器をとって向かってくるものはもちろん、得物を持たないものも切っていく。悲鳴、苦鳴、怒号、全てがごちゃごちゃに混ざり合ったが、俺の芯の芯は、冷静だった。

 俺の剣は完璧に機能した。俺の体も、わずかの綻びもなかった。

 どれくらいを切ったのか、中庭に飛び出すと、すぐに悪党が五人ほど、俺を取り囲んだ。

「待て」

 そんなことを言って出てきたのは当の画果だった。寝巻きのようだが、いい身なりをしているじゃないか。

 なんだ? なんでそんなに嬉しそうな顔をしている?

 何が楽しいんだ?

「一人で来るとは、呆れた男だ」

 そういうお前はおめでたいな。

 構わず間合いを詰めた。俺は画果しか見ていなかった。奴が慌てて剣を抜く。

「やれ!」

 画果の言葉に、五人が動きを取り戻す。

「死ね! 卑怯者め!」

 五本の剣が俺を取り囲む。

 吠えていた。

 一瞬だ。全ての剣が叩き折られ、持ち主の腕が飛び、首が飛んだ。

 そして俺の剣も折れ、どこかへすっ飛んで行った。

 目の前から画果が飛びかかってくる。

 やはり顔に笑みを貼り付けている。

 本当に心底からおめでたい奴だよ。

 俺は目の前に落ちてきた剣の柄を片手で掴んだ。即座に捻り、持ち主の手は弾き飛ばした。

 刹那だ。

 さっきまで画果の剣で、今は俺の剣が一撃で、画果の首を撥ね飛ばした。

 悪党どもが押し寄せてくる。

 終わりのない殺戮が終わる時は、敵がいなくなった時だった。

 どこかで誰かが笛を吹いた。これは、緑地の守備隊の笛か。そういえば、ここは役人の別邸だったか、と遅れて気づいた。

 俺は堂々と門に向かって歩きつつ、新しい剣を手に入れた。悪党の誰かの剣だが、もう持ち主はいない。

 門の外で、守備隊の兵士が十人ほど。こちらに槍を向けていた。

 俺はそこに飛び込んだところで、完全に記憶を失い、気づくと一人きりで砂漠を歩いていた。

 ここはどこだ? 砂漠はともすると位置を見失ってしまう。そうなれば、どこかで死んで乾いていく、最後には骨になる、という結末しかない。

 俺は歩き続けた。

 倒れて、意識を失いかけた時、誰かが声をかけ、俺を抱え上げた気がしたが、意識はそこで完全に途切れた。



(続く)


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