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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第十二部 残酷な季節
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12-3 西の国へ

     ◆


 十五歳の春、俺は西へと旅をしていた。

 冬の間、いくつもの盗賊に加勢したけど、それほどの稼ぎにはならなかった。

 やはり冬は狙う獲物が少なく、自然と分配される報酬も減る。どうにか食い繋ぐくらいが限度だった。

 春になろうかという時、盗賊の一人が、西にはもっと豊かな国がある、と俺に教えてくれた。

「永よりもはるかに裕福らしい」

「どうして裕福なんだい? 同じ人間の国だろう?」

「とにかく物資が豊かだと聞いているよ。金や銀も多く出てくる。人間の数も多い」

 へぇ、などと言いつつ、その時は食事の場だったので、すぐに別の話になってしまった。

 食事が終わってから、俺は異国の話をした男を訪ねた。

「西には俺たちとは違う種類の人間がいるんだ」

 夜、盗賊が建てた仮の小屋の外で、二人で並んで腰掛けて話したのを覚えている。

「はるかに西にいる人間は、髪の毛が銀色だったり、赤かったりする。瞳は青とか緑なんだよ。体格もいい。永の国の人間より、頭一つくらい高いんだ。鼻筋が高くて、やけに鼻が大きく見える」

「まるで見てきたように言うな」

「見たんだよ。十年は前だがね。西へ商売をしに行く連中に護衛としてくっついて行ったのさ。一年の旅だったが、それでも西の国の中に入るほどじゃなかった。東の国、永と商売するような立場の人間とすれ違ったようなもんだね」

 背が高く、髪が銀色で、瞳が青い。

 想像しようにも、あまりにも異質で、形にならない。

 それから話を続けて、その悪党の知り合いの商人を教えてもらえた。

「俺の名前を出すなよ、口にした途端、ただじゃ済まんぞ」

「出すもんか。俺だって盗賊の仲間とは思われたくない」

 その日から数週間後、盗賊団は小さな商隊を襲ったが、逆襲されて半分が死んだ。俺はどうにか逃げ帰ったが、西の国の話をした男は帰ってこなかった。

 春になろうかという時、仲間と有り金を分配して解散となり、俺は例の噂、西の国とやりとりしているという商人を訪ねた。

 六十代ほどの老人が主人だが、実質的には三十代か四十代だろう長男が、商いをしているという。

 この若旦那が気のいい男で、俺が訪ねるなり、そんな歳で一人でいるのはいけない、などと言い出し、屋敷に部屋を用意してくれた。

 西の国を見てみたい、と言うと、若旦那は何度か頷き、

「子どものうちに経験を積んでおく必要もあるな」

 と、すぐに了承する気配を見せたが、字も読めない、計算もできない、となると、活かせるのは腕っ節だけだ。

「ちょっと試してみようか」

 そう言って、俺は中庭へ連れ出され、そこに控えていた若い男が俺の前に連れてこられた。彼の腰に剣があった。

「彼は、画果という剣客だ。立ち会ってみろ、王炎。真剣でだ」

 進み出てきた画果が剣を抜いたので、俺も自然と抜いていた。

 剣を抜き合わせてみて、なんだ、こんなものか、と直感的に理解した。

 確かに画果は剣術をある程度は修めている。しかし実戦経験に乏しい。

 俺は相手の呼吸も読まずに踏み込んでいく。画果が剣を構えるところで、俺は地面を蹴りつけて、砂を飛ばした。

 顔に砂がぶつかり、奴は視線を逸らしている。

 俺は剣をピタリと画果の首元で止めた。

 慌てて画果が飛び離れて剣を構えるが、もう勝負はついている。

「卑怯だぞ!」まだ目元を細めつつ、画果が喚く。「正々堂々と勝負しろ!」

「あなたも同じ意見ですか?」

 俺は剣を向けられていても構わずに、堂々と若旦那の方を見た。彼は苦笑いしている。

「戦い慣れているね、王炎。どういう素性なのか想像がつくよ」

 しまった、あまりにも盗賊の戦法を見せすぎたか。

 そんなことを考えた瞬間に、画果が飛びかかってきた。

 片手で振った剣で、こちらに向かう一撃を弾き飛ばし、俺の蹴りが彼の胸に衝突する。自分が飛びかかった分の勢いも加わり、鈍い音と共に息を吐いて、画果が中庭に伸びて、動かなくなる。もう動かないのを確認し、若旦那に向き直った。

「やっぱり不採用ですか?」

 若旦那はニコニコと笑っている。

「まさか。あそこで倒れている男ときみを入れ替える。次は挨拶のための派遣だが、出発は一週間後になる。どうする? 次の商隊を待つかい?」

「一年の旅と聞きました。一週間で、支度をします」

「よかろう」

 こうして俺は正式に護衛として採用された。

 護衛と言っても極めて少数で、俺を含めて三十人しかいない。

 一週間後、俺は仲間とともに屋敷を出て、五両の荷車とともに旅に出た。

 砂漠をひたすら進み、点々とある緑地に立ち寄りつつ、進む。

 前方に見えていた巨大な峰々が近づいてきて、あれを超えるのか、と途方にくれたりもした。しかしいつの間にか山は見えなくなり、地面は傾斜している。どうやら自分が途方にくれた山を実際に登っているらしい、そう思うとちょっと可笑しかった。

 夏になる前に山を越えた。さすがに砂ではなく、岩場で、かなりの傾斜で崖を迂回したりもした。

 他の面々に話を聞くと、冬になったらこの山は越えられないという。雪が深すぎて、危険なのだというのだ。砂漠では雪なぞ見たことがなかったから、それほどの大雪を俺は知らなかった。

 無責任に、そんな一面を埋め尽くす雪も見たいな、などと考えていた。

 山を下りていくと、やはり砂漠だが、緑地の雰囲気がどこか違う。

 何が違うかと思うと、人種が違うのだ。俺が見てきた人たちとはどこか顔の造りが違うし、気性も違う。言葉もなかなか通じなくなり、片言の言語でやりとりするしかない。

 食事も変わった。食べたことのないものが多く、小麦粉を練ったものを、火にかけた壷の内壁に叩きつけて、それで焼いたものが出てきたのに、一番、驚いた。

 饅頭の皮みたいなもので、これに香辛料を大量に入れた汁を合わせる。

 一度食べると病みつきになるし、この汁が店によって味が違うし、緑地を渡っていくと、それぞれの緑地でもやはり味が変わる。取れる香辛料の差が出るのかもしれない。

 やがて緑地が増えていき、ついに砂漠ではなくなった。

 城壁が見えて、あそこが目的地だと教えられたのは、真夏を過ぎた頃だった。

 城壁の向こうには、俺が知らない方法で建てられた家々が並び、行き交う人は、確かに金色の髪の毛をしていたり、青い瞳をしている。交わされる言葉も、全くわからない。彼らも俺たちが珍しいのだろう、チラチラと視線を向けてくる。

 俺は護衛の一人として、商人の使者である若者と一緒に、街の中でも大きいと一目でわかる屋敷に向かった。

 使者の男は器用にその国の言葉を話し、応対する初老の男と何か話をしていた。双方がニコニコしている。

 それから連れてきた荷夫が運んできた箱の一つを持ってきて、男の前に置いた。

 開封されると、その箱には金の粒が入っていた。俺は思わず、凝視してしまった。初めて見る量の金だった。

 二人の商人は固く握手を交わし、別れた。

 それから三日、屋敷を五つほど訪ね、同じようなやりとりがあった。

 友好を結ぶ、というのが目的なんだろう。

 俺たちは軽くなった荷車とともに揃って帰路に着いた。

 砂漠を進み、秋のうちに山脈を越え、ちらほらと雪が降るのを見つつ、また砂漠に戻る。雪は無くなった。

 緑地から緑地へ渡って、俺は十六の春を恩人である商人のもとで迎えるはずだった。

 しかし、俺たちを待っていたのは、商人が賊徒に襲われ、金品をごっそり奪われた挙句、下男下女まで含めて、一人を除いて皆殺しにされた、という事実だった。

 生き残った一人は、若旦那だった。




(続く)


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