2-1 暴力
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茶屋の一角で茶を飲んでいるうちに、その三人組は店員にあれこれと詮索し、さらに狭い店を見回して、去っていった。
「面倒は困りますよ」
店主の初老の男が俺のところへやってくる。
「金は払っただろう?」
「店に客が寄り付かなくなります。それでは途方もない損が……」
「裏口を教えてもらえるか?」
もうやめてくださいよ、と言いつつ、店主は俺を裏口に連れて行った。謝礼の銭を手渡して、裏通りから裏通りへと抜けていく。
相羽という街に来た理由は、ここより東よりにある街の真曽に滞在した時、その街にあった寺で、住職から手紙を届けることを依頼されたからだ。
金に困っていたこともあるが、その寺で寝食の世話になったので、断れなかった。
で、相馬に来たものの、肝心の手紙を届ける相手が姿を消している。
どうやら裏社会に縁のあるものらしく、役人に目をつけられて、地下に潜ったらしい。そこまでは調べがついた。
そして探っているうちに、そのどこぞの男の用心棒と接触したわけだが、これは俺の独断で、腕試しで遊んでいると、その用心棒が一枚噛みたいと言い出し、剣だけを貸した。
実際、相当な使い手で、問題なかったが、それも龍青が来るまではだ。
結局、その用心棒は俺の手で役人に手渡されてしまった。
これでは俺が手紙を届ける任務はほとんど実現不可能だ。その上、当の手紙を渡す相手が俺を敵視し始めている。
さっきの追っ手もそうだ。
この段階で、俺に取れる選択は少ない。一つは逃げること。これが最も可能性がある。
もう一つは、作戦を続行し、何らかの手段で誤解を解いて、手紙を届ける。
実はこの手紙と引き換えに、相当な額の銭がもらえることになっている。現状では甚だ怪しいが、約束は約束だ。
で、今、俺が向かえる先は、相羽にある寺だった。
境内に入ると、参拝客がちらほら見える。伽藍に上がりこんで、奥へ進んでいく。
と、禿頭の初老の男性が出てくる。
「何の用かな?」
視線が鋭い。俺の背中の剣を見ているようだ。
俺は真曽の寺の住職の名前を出した。
「彼から商売に関する仕事を請け負っている。商売、といえば、わかるよな?」
僧侶が、目を細める。「こちらへ」と彼が言って背を向けた時、思わず拳を握ってしまった。うまくいきそうだ。
境内の奥に入っているのはわかった。客間なのか、よくわからない部屋で待つように言われ、床に座り込む。
と、周囲のふすまが全部、蹴倒されて、俺に切っ先が突きつけられた。全部で十本ほどか。
「抵抗するつもりはない」
両手をあげるが、切っ先は微動だにしない。
剣を構えているのは、みな、僧侶のようだ。血の気の多い寺だな。
「手紙と言ったな」
さっきの僧侶が、進み出てきて、手をこちらに向ける。
「私が代わりに受け取ろう」
「そういうわけにはいかない」堂々と応じる。「届ける相手を間違えるなんて、ガキの使いじゃないんだ、するわけがない」
「お前を殺して奪ってもいい」
「俺は必死で抵抗するし、そもそも俺が今、手紙を持っている確信があるか? もし俺がどこかに隠していれば、俺が死んだ瞬間、二度と見つからなくなる。いや、もしかしたら、役人の手元に転がり込むかもしれない」
返事は舌打ちだった。
同時に、僧侶が身振りをした。
戦闘開始、か。
突き出された切っ先を回避するが、二本ばかりが服との下の皮膚を切った。
だが、俺の手は愛剣を掴んでいる。
暴風のようなものだ。
雷士とも呼ばれる俺の暴力は、雷どころではない。
僧侶がまとめて四人ほどが吹っ飛び、続きの間へ転がり、さらに二人が、揃って床の間に突っ込み、高級そうな掛け軸を引き裂き、壁をぶち破って、さらに花が生けられていた壺を粉砕していた。
起きているのは四人か。
その四人は明らかに怯えていた。
俺の二の腕の傷から血が流れ、手首に達し、ポツポツと落ちる。
「まだやるかい、和尚さん。俺の過去は知っているんだろ? この寺一つなんて、あっさりと消せるぜ」
俺に手紙を要求した僧侶が震えながら、一歩、下がる。
俺は構わず前に出た。僧侶の一人が剣を突き出してくるのを弾きとばし、一撃で切り伏せた。悲鳴をあげることもなく、倒れ込み、真っ赤な粘性のある水たまりができていく。
「わ、わかった。剣を下げよ」
まったく、不愉快なことだ。
僧侶たちが剣を引き、倒れている仲間を介抱し始めるのを横目に、俺は目当ての僧侶と別室へ移動した。
「彼は我々が匿っている」
僧侶の声はまだ震えていた。
「役人に目をつけられたからか?」
「そうだ。誰にも居場所を教えるわけにはいかない。知っているものは限られている」
「俺だっていつまでも待てるわけじゃない。さっさと終わりにしたいんだ」
「私に言われても困る」
これ見よがしに剣に触れてやると、ブルブルと肩を震わせて、僧侶は場所をあっさりと口走った。暴力を目の前で見ると、こうなるのが普通だ。
さて、これで用事もすんなりと終わりそうだ。
「そういえば和尚、聞きたいことがあるんだが」
まだあるのか、という顔で、彼がこちらを見る。
「理力というものを知っているか?」
和尚の顔がその一言で、凍りついた。
「理力? そんなもの、あるわけが……、もう誰も……」
「あるようだが、まぁ、仕事が終わったら訊ねに来るよ。思い出しておいてくれ」
立ち上がった俺を和尚は見送るだけだった。
境内から出るまで、緊張したが、襲ってくる僧はいなかった。
教えられたのは相羽の街の外れにある茶屋で、高級な店だ。旅人など近寄りもしないだろう。
店主らしい若い男に「新曽から来たと教えてやってくれ」と言うと、それだけで通じたようだ。店主が一度、奥に入り、そして一人の若い男を連れて戻ってきた。
「あんたが雷士か?」
どこか暴力慣れした雰囲気の男だが、俺も似たようなものだろう。しかも体の数カ所が切られて、血で赤く染まっている。
「そんななりでここに来るな。目をつけられる」
「急いでいてね。これでも人気者なんだ」
「奥へ来いよ。そこで話を聞く」
こうしていれは茶屋の奥にある、小さな茶室のようなところに案内された。
「手紙があるんだろ? 新曽の赤眼からの手紙が」
赤眼というのは、新曽にいた僧侶の通り名だ。元は裏社会の一員で、一度は足を洗って僧侶になったが、まぁ、人間がそう簡単に変われるわけもない、ということを証明した男だ。
「とあるところに預けてある。あんたが本物の乱空でいいんだな?」
「本物だからこんなところで軟禁だ」
どうだかな。俺も身に覚えがありすぎるので、替え玉には注意しないと。
「俺はお前が本当の雷士か怪しんでいるよ」
逆にそう問われて、思わず笑みを浮かべてしまった。
「寺にお前を連れて行けば、そこで和尚たちが俺の実力を教えてくれるよ。罰当たりなことに、僧侶を一人斬ったし、再起不能も何人かいるだろう」
今度は赤眼が笑った。
「良かろう。明日、ここへ来い。店主はもうお前の顔を覚えた。手紙をここに持ってくるんだ」
「俺の身の安全は保障されるのか?」
「お前がどこで恨みを買っているかわからんからな、保障なんてできないさ」
ごもっとも。
俺は立ち上がって、「また来るよ」と手をひらひら振って、その場を後にした。
(続く)