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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第二部 雷士
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2-1 暴力

     ◆


 茶屋の一角で茶を飲んでいるうちに、その三人組は店員にあれこれと詮索し、さらに狭い店を見回して、去っていった。

「面倒は困りますよ」

 店主の初老の男が俺のところへやってくる。

「金は払っただろう?」

「店に客が寄り付かなくなります。それでは途方もない損が……」

「裏口を教えてもらえるか?」

 もうやめてくださいよ、と言いつつ、店主は俺を裏口に連れて行った。謝礼の銭を手渡して、裏通りから裏通りへと抜けていく。

 相羽という街に来た理由は、ここより東よりにある街の真曽に滞在した時、その街にあった寺で、住職から手紙を届けることを依頼されたからだ。

 金に困っていたこともあるが、その寺で寝食の世話になったので、断れなかった。

 で、相馬に来たものの、肝心の手紙を届ける相手が姿を消している。

 どうやら裏社会に縁のあるものらしく、役人に目をつけられて、地下に潜ったらしい。そこまでは調べがついた。

 そして探っているうちに、そのどこぞの男の用心棒と接触したわけだが、これは俺の独断で、腕試しで遊んでいると、その用心棒が一枚噛みたいと言い出し、剣だけを貸した。

 実際、相当な使い手で、問題なかったが、それも龍青が来るまではだ。

 結局、その用心棒は俺の手で役人に手渡されてしまった。

 これでは俺が手紙を届ける任務はほとんど実現不可能だ。その上、当の手紙を渡す相手が俺を敵視し始めている。

 さっきの追っ手もそうだ。

 この段階で、俺に取れる選択は少ない。一つは逃げること。これが最も可能性がある。

 もう一つは、作戦を続行し、何らかの手段で誤解を解いて、手紙を届ける。

 実はこの手紙と引き換えに、相当な額の銭がもらえることになっている。現状では甚だ怪しいが、約束は約束だ。

 で、今、俺が向かえる先は、相羽にある寺だった。

 境内に入ると、参拝客がちらほら見える。伽藍に上がりこんで、奥へ進んでいく。

 と、禿頭の初老の男性が出てくる。

「何の用かな?」

 視線が鋭い。俺の背中の剣を見ているようだ。

 俺は真曽の寺の住職の名前を出した。

「彼から商売に関する仕事を請け負っている。商売、といえば、わかるよな?」

 僧侶が、目を細める。「こちらへ」と彼が言って背を向けた時、思わず拳を握ってしまった。うまくいきそうだ。

 境内の奥に入っているのはわかった。客間なのか、よくわからない部屋で待つように言われ、床に座り込む。

 と、周囲のふすまが全部、蹴倒されて、俺に切っ先が突きつけられた。全部で十本ほどか。

「抵抗するつもりはない」

 両手をあげるが、切っ先は微動だにしない。

 剣を構えているのは、みな、僧侶のようだ。血の気の多い寺だな。

「手紙と言ったな」

 さっきの僧侶が、進み出てきて、手をこちらに向ける。

「私が代わりに受け取ろう」

「そういうわけにはいかない」堂々と応じる。「届ける相手を間違えるなんて、ガキの使いじゃないんだ、するわけがない」

「お前を殺して奪ってもいい」

「俺は必死で抵抗するし、そもそも俺が今、手紙を持っている確信があるか? もし俺がどこかに隠していれば、俺が死んだ瞬間、二度と見つからなくなる。いや、もしかしたら、役人の手元に転がり込むかもしれない」

 返事は舌打ちだった。

 同時に、僧侶が身振りをした。

 戦闘開始、か。

 突き出された切っ先を回避するが、二本ばかりが服との下の皮膚を切った。

 だが、俺の手は愛剣を掴んでいる。

 暴風のようなものだ。

 雷士とも呼ばれる俺の暴力は、雷どころではない。

 僧侶がまとめて四人ほどが吹っ飛び、続きの間へ転がり、さらに二人が、揃って床の間に突っ込み、高級そうな掛け軸を引き裂き、壁をぶち破って、さらに花が生けられていた壺を粉砕していた。

 起きているのは四人か。

 その四人は明らかに怯えていた。

 俺の二の腕の傷から血が流れ、手首に達し、ポツポツと落ちる。

「まだやるかい、和尚さん。俺の過去は知っているんだろ? この寺一つなんて、あっさりと消せるぜ」

 俺に手紙を要求した僧侶が震えながら、一歩、下がる。

 俺は構わず前に出た。僧侶の一人が剣を突き出してくるのを弾きとばし、一撃で切り伏せた。悲鳴をあげることもなく、倒れ込み、真っ赤な粘性のある水たまりができていく。

「わ、わかった。剣を下げよ」

 まったく、不愉快なことだ。

 僧侶たちが剣を引き、倒れている仲間を介抱し始めるのを横目に、俺は目当ての僧侶と別室へ移動した。

「彼は我々が匿っている」

 僧侶の声はまだ震えていた。

「役人に目をつけられたからか?」

「そうだ。誰にも居場所を教えるわけにはいかない。知っているものは限られている」

「俺だっていつまでも待てるわけじゃない。さっさと終わりにしたいんだ」

「私に言われても困る」

 これ見よがしに剣に触れてやると、ブルブルと肩を震わせて、僧侶は場所をあっさりと口走った。暴力を目の前で見ると、こうなるのが普通だ。

 さて、これで用事もすんなりと終わりそうだ。

「そういえば和尚、聞きたいことがあるんだが」

 まだあるのか、という顔で、彼がこちらを見る。

「理力というものを知っているか?」

 和尚の顔がその一言で、凍りついた。

「理力? そんなもの、あるわけが……、もう誰も……」

「あるようだが、まぁ、仕事が終わったら訊ねに来るよ。思い出しておいてくれ」

 立ち上がった俺を和尚は見送るだけだった。

 境内から出るまで、緊張したが、襲ってくる僧はいなかった。

 教えられたのは相羽の街の外れにある茶屋で、高級な店だ。旅人など近寄りもしないだろう。

 店主らしい若い男に「新曽から来たと教えてやってくれ」と言うと、それだけで通じたようだ。店主が一度、奥に入り、そして一人の若い男を連れて戻ってきた。

「あんたが雷士か?」

 どこか暴力慣れした雰囲気の男だが、俺も似たようなものだろう。しかも体の数カ所が切られて、血で赤く染まっている。

「そんななりでここに来るな。目をつけられる」

「急いでいてね。これでも人気者なんだ」

「奥へ来いよ。そこで話を聞く」

 こうしていれは茶屋の奥にある、小さな茶室のようなところに案内された。

「手紙があるんだろ? 新曽の赤眼からの手紙が」

 赤眼というのは、新曽にいた僧侶の通り名だ。元は裏社会の一員で、一度は足を洗って僧侶になったが、まぁ、人間がそう簡単に変われるわけもない、ということを証明した男だ。

「とあるところに預けてある。あんたが本物の乱空でいいんだな?」

「本物だからこんなところで軟禁だ」

 どうだかな。俺も身に覚えがありすぎるので、替え玉には注意しないと。

「俺はお前が本当の雷士か怪しんでいるよ」

 逆にそう問われて、思わず笑みを浮かべてしまった。

「寺にお前を連れて行けば、そこで和尚たちが俺の実力を教えてくれるよ。罰当たりなことに、僧侶を一人斬ったし、再起不能も何人かいるだろう」

 今度は赤眼が笑った。

「良かろう。明日、ここへ来い。店主はもうお前の顔を覚えた。手紙をここに持ってくるんだ」

「俺の身の安全は保障されるのか?」

「お前がどこで恨みを買っているかわからんからな、保障なんてできないさ」

 ごもっとも。

 俺は立ち上がって、「また来るよ」と手をひらひら振って、その場を後にした。




(続く)


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