11-7 独断
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華書が寝台の上で目を覚まし、すぐそばにいる俺をまじまじと見た。
「信じられん。本当にあの火炎か?」
「他の誰に見えます?」
顔をしかめている華書の横で、都風がクスクスと笑っている。笑い事ではない、と言って、華書は体を起こし、寝台に腰掛けた。
「どうやって生き延びたか知らんが、今までどこで何をしていた?」
「いろいろとありましてね、説明できない」
「無責任な奴だ。龍青のことを都風から聞いたか?」
まだ話しておりません、と都風がお茶を淹れながら言った。
「あなたの意見も重要ですからね」
そうか、などと言いつつ、華書は湯飲みを受け取った。この夫婦はかなり歳の差があるな、などと思いつつ、火炎は本題に入ることにした。
「龍青に何があったか、俺に教えてもらえますか?」
医者の夫婦は視線を交わし、まず華書が言った。
「あの船は最終的には港に着いた。そこで龍青は船を降りた。それ以降のことは知らんよ。船は修理され、また元の港へ戻り、また東方臨海府に来て、また戻るの繰り返した」
次に、都風が話し始めた。
「もうだいぶ前ですが、龍青殿とは、何度か食事をご一緒したり、話をしたものです。ただ、ある夜にいきなり、斬り合いになったのです」
「いきなり?」
「これは守備隊の方でも捜査が続いています。何がどう作用したのか、どんな行き違いがあり、どんな事情があったのか、それはわかりません」
誰が切られたのですか? と訊ねると、都風は顔をしかめた。
「死んだのは、電鳴という方で、十人隊の隊長ですが、この十人隊は最精鋭です。電鳴殿も相当な使い手で、噂では理力なる技を使うと聞いています」
理力だって? それなら、龍青が手加減する余地はないかもしれない。
都風は話を続ける。
「その電鳴殿が切られた場面を、別の十人隊の隊長の段葉という方が目撃し、龍青殿は、この方とも斬り合いになりました」
「斬り殺したのですか?」
「いえ、片腕を切り飛ばして、そこで終わったようです」
切ったのは、一人か。しかしここまでの旅で、翼王に操られたものを切ってきたこともある。翼王は方針を変えたのかもしれない。
俺たちを他の無関係な人間たちによって締め上げる。ありそうなことだ。
「最後に龍青と会ったのはいつですか?」
そう質問すると、夫婦は顔を見合わせ、都風が応じた。
「実は、その斬り合いの後、私が龍青殿の手傷を治療しました」
驚いた。それは危険な行為だし、龍青のことをそこまで信用していたのか。場合によっては、都風が守備隊に捕縛されるだろう。
「怪我は重かったのですか?」
「いえ、それほどでもありません。痛みはあったでしょうが、障害も残らないでしょう。ただ、継続した治療を受けられないので、もしものことはあります」
そうですか、と答える俺の声に宿る安堵は、この場の他のものには不自然だっただろう。
龍青は理力を使えばある程度の治癒力を発揮する。命に別状はあるまい。
「どこへ向かったのです、あいつは?」
「それに関しては、何も言いませんでした」都風がわずかに顔を伏せた。「自分が追われる身になることを、正確に理解したのでしょう。水臭い、とも思いましたが、私は彼の意思を尊重しました」
「そうでしたか……」
俺が黙り込んだので、場は一時、静かになった。
「あいつを追うのかね? 火炎」華書が低い声で言う。「あの男は事情はどうあれ、犯罪者になってしまった。おそらく身を隠しただろうし、お前がそばにいる理由は、ないのでは……?」
「どうなんでしょうね、自分でもよくわかりませんよ」
それから少し話し合いをして、華書が船に戻るというので、一緒に建物を出て東方臨海府の緩やかな坂道を下っていく。話し合いの間は別室にいた馬荘も、今はついてきた。
「何にせよ、無事でよかったよ、火炎。船乗りの友達もできたようだしな」
俺はここまで馬荘の話はしていなかった。華書の一言に俺の横を歩いている馬荘がわずかに肩を振るわせた。
「恩人なんですよ。先生が言う通り、俺は危うく死にかけた」
「人には縁というものがある。面白いことだ」
港の近くで別れ、俺たちは宿の一軒に入った。海賊の俺を含めた六人は三つの宿に分かれて泊まる。そして金持ちのふりをして数日に一度、どこかに集まって酒宴を開く。それが偽装された連絡会なのだ。
「龍青殿の手配書を持ってきました」
少しの間、席を外していた馬荘が戻ってくる。紙を受け取ると、なるほど、そこに書かれている龍青の特徴は比較的、正確だ。発行されたのは数ヶ月前。
華書と都風から聞いた話により、この街に龍青がいないのは確定した。この事実は変わらない。
では、どこに行ったのか。
「中央天上府へ行こうと思う」
俺がそう言うと、わずかに馬荘が目を細めた。
「僕たちはここへ仕事をし来ているんですよ。人探しのためじゃありません」
思わず唸る俺に、しかし、と馬荘が言った。
「東方臨海府から中央天上府に、闇の交易路を作るのも、利があるかもしれない」
本気で言っているのか? と思わず、彼を見ていた。馬荘は真面目な顔で頷き返す。
「もちろん、六人でそんなことはできません、僕と火炎殿でやりましょう」
「俺たちは指揮官だぞ、他の奴が困る」
「その程度じゃ困りませんよ。指揮官がいようがいまいが、捕縛されればそれまでです。指揮官が身代わりになったりもしないですしね。全員、独自に動ける力量があるので、この任務に就いているのです」
どう答えることもできず、俺は腕組みをして考えた。
馬荘が俺のためにそう提案してくれているのはわかる。だが、馬荘を巻き込んでいいかは、わからない。
そんな俺の迷いを感じたのか、馬荘が強い口調で言った。
「龍青殿という方と会いたいのでしょ? 火炎殿。だったら今すぐ追わないと、追いつけませんよ」
「それは……」
「迷うなんて、火炎殿らしくないと僕は思います」
そうか、と頷き、俺は考え、結論を出した。
「中央天上府まで届く、交易路を模索する、ということにしよう。海楼殿には報告する必要があるな。書状でいいだろうか」
「書状の方がいいと思います。事後承諾、事後確認、それで押し通しましょう」
「お前もあくどいな。大胆で、豪胆だ」
そんなことないですよ、と馬荘は笑っていた。
その二日後、最初の酒宴が開かれ、俺たちは打ち合わせをして、四人に東方臨海府の周辺で活動を継続するように指示を出し、俺と馬荘は陸路で中央天上府に向かうこととした。
酒宴の翌日、俺と馬荘は装備を整えて、東方臨海府を出た。
季節な真夏で、太陽がまぶしい。
龍青、どこにいるんだ?
俺と馬荘は、並んで進み始めた。
(第十一部 了)