11-6 遅れた到着
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小型船はあっと言う間に東方臨海府の港に乗り付けたが、さすがに永水軍の旗ではなく、民間船として入港した。
船はすぐに引き返していき、後には俺たち六人が残された。
「おい、あんた」
いきなり桟橋で声をかけられて、そちらを見るとどこかで見たような気がする男がいた。
しかし名前はわからないし、話したこともあっただろうか、そもそもどこで会った?
俺が不思議そうにしているせいだろう、男の方から名乗った。
それでも聞いたことがない名前なので、「どこで会ったかな?」というしかない。
彼は船の名前らしいものを挙げた。聞き覚えがある。海賊と行動する前に聞いた、ということは……。
「なんだよ、記憶を失っちまったのか? あんたが護衛で乗り込んだ船で、あんたは海賊もろとも海に落ちたじゃないか!」
なるほど、思い出してきた。
俺と龍青が乗り込んだ輸送船の船員だろう。でも話したことはないはずだ。
そんなことを思う俺をよそに、男は親しげに話し始める。
「あの後、八方尽くしてあんたがどこかにいないか探したが、なんだよ、ピンピンしているじゃないか。うちの親方や先生の顔を見ていけよ。喜ぶぜ」
龍青のことを知りたいが、しかし、何をしていたか聞かれるのは厄介だ。何せあれから数ヶ月が過ぎている。
「先生は今、街に上がっているんだが、親方は船にいる」
「先生? 華書のことか?」
街に知り合いにいるのはありがたい、というだけで、そう訊ねていた。男が頷く。
「そうだよ、都風様というのは奥方で、病院をやっている」
そうか、答えたところで、やっと思考がそこへ及んだ。
船にはまさに龍青が乗っていたのだ。たぶん、あのまま東方臨海府に入っただろう。数ヶ月という時間が過ぎたので、とっくに次の場所へ移動しているという発想が麻痺していた。
「龍青はもうここにはいないのか?」
恐る恐る、そう訊ねると、途端に男は表情を曇らせ、声をぐっと小さくした。
「あいつは指名手配されている。守備隊の十人隊の隊長を二人、切ってな……」
「なんだって?」
何があったんだ? 冗談を言っているようではないし、しかし、本当のこととも思えない。
「手配書がそこらじゅうにばら撒かれているよ。ただ、もう東方臨海府にはいないんじゃないかな。あれから三ヶ月は過ぎた。俺たちはここに来るたびに情報を集めているが、全く進展がない」
俺はどう答えることもできず、思わず山に這うようにある巨大な街を見据えた。
もういないのか? 龍青……。
「それより火炎、その人たちは知り合いか? お前は何をしていた?」
やっと男は馬荘たちに注意を向けた。
「助けてもらってな。今は彼らのために動いている」
「龍青はもう忘れた、ってことか?」
あからさまに男が怒りを滲ませたので、そうではない、と反論したかったが、そんなことをはっきりさせても、意味はないだろう。
「忘れちゃいないさ。ただ、やらなきゃいけないこともある」
「こいつ……!」
いきなり、男がこちらの襟首に手を伸ばしてきた。
が、それは虚空を切る。
一瞬で俺の横に移動した馬荘が足を払ったのだ。男は俺の前で無様に倒れこんだ。
そのまま呻いていると思ったら、泣いているようだった。行きましょう、と馬荘に冷静に声をかけられ、俺たちはその場を離れた。
「船乗りはああいうものですよ、火炎殿。同じ船に乗っているものは、家族よりも大事なのです。例え一度きりの同行者でも、同じ船で寝起きして、同じ飯を食べればね」
そういう馬荘はどこか苦しげだった。きっと、自分たちと同じ海で生きる人間に無礼をしたことを恥じているのだろう。俺のためにそれをやってくれたのに、俺は「そうか」としか言えなかった。
港から離れ、食堂の一つに落ち着き、馬荘を中心に今後の展開が議論された。
資金は潤沢にあって、全員が背負っている荷の中に、相当な量の銀の粒が紛れ込んでいる。これを元手に協力者、共犯者を引き込むのが、いつもの海賊のやり口らしい。
そんな話を聞きながら、俺はただ龍青のことを考えていた。
あいつは人を好んで切るような奴じゃない。何か理由があったはずだ。その十人隊の隊長というのが、翼王に操られていたのだろうか。それとも、単純ないざこざか?
龍青の技量は俺もよく知っている。並の使い手なら、簡単に跳ね返すだろう。それこそ殺さずに退けられるのだ。
それだけの相手だったのか?
「火炎殿、聞いていますか?」
馬荘の言葉で我に返った。五人の仲間がこちらを見ている。
「すまん、先を続けてくれ」
じっとこちらを見てから、馬荘が話を再開し、四人の海賊にそれぞれ担当する要素を指示していく。
物資の輸送、保管、警護、売買する現地の業者、それらを決めた上でさらに難関なのは、私腹を肥やすことに熱心な役人を抱き込むことだ。
役人は最も重要だが、実際に利が出ないことには彼らは動かない。なので働きかけは早速、始めるという。
話が終わって、四人は素早く店を出て行った。
「どこか行きたいところはありますか? 火炎殿」
お茶を飲みながら、馬荘がそう声をかけてきた。俺はまだ料理を食べていた。珍しいことに、考えてばかりで、手が動いていなかった。
「訪ねたい人はいる」
「先ほどの港でのやり取りにあった人ですね?」
「華書という船医だ。船酔いがひどくて世話になった」
クスクスと馬荘が笑う。
「そのお礼をしに行くというわけでもないんでしょう? 僕はいない方が良いですか? それなら一時、席を外しますけど。僕もこんな都会は久しぶりで、行きたいところは多いですから」
いやに余裕を感じさせる馬荘をちょっと睨んでから、「お前も来い」とだけ口にして、俺は素早く料理を食べつくし、お茶で飲み下した。
店を出る前に食堂の店員に話しかけ、華書という医者を知っているか訊いたが、知らないという返事だった。都風という名前も出したが、やはり通じない。
自分で探すしかないか、と思った時、その店員の向こう、厨房にいた女性が大声で言った。
「都風先生のところへ行くのかね!」
それから両手を動かしながら、大声で場所を教えてくれた。
「ありがとうございます、助かりました」
「よろしく伝えといておくれ!」
店を出て、言われた通りに斜面にある街を上がっていく。
入り組んだ道を抜けていくと、確かに病院の看板がある。
ちょうど誰かが出てきた、と思うと、白髪の男で、まさしく華書その人だった。
「華書殿」
声をかけると、彼がこちらを向く。やはり間違いない。
彼の顎がカクンと落ちて、眼球が落ちそうなほどまぶたが開かれる。
「以前はお世話になりました」
「馬鹿な……、死んだはずだ……」
歩み寄って手を取ってやる。
「この通り生きていますので、ご安心ください」
そのまま魂が抜けるように、華書は気を失ってしまった。
「火炎殿、あまり悪ふざけをしないほうがいいですよ」
「別にふざけちゃいない。いや、少しはふざけたか」
小柄な体を抱え上げて、病院に入る。
「どなたか、いらっしゃますか?」
はいはい、と奥から女性が走り出てきた。その女性が目を丸くしたのは、華書が俺に担がれているからだと思う。この女性が都風か。
「都風殿ですか? 少し悪ふざけが過ぎまして、ご主人が倒れてしまいました」
あらあら、などと言いつつ、どうぞこちらへ、と女性が奥を示した。頭を下げ、俺は奥に上がった。
さっきまでピンピンしていたのにねぇ、と言っている都風にどう詫びるべきか、俺は頭を高速で回転させたが、名案は浮かばなかった。
(続く)