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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第十一部 海賊たち
76/118

11-5 情報

     ◆


 海楼は最後には折れた。

「お前にはいい友人が大勢いるな」

 そんなことを言われたので、もしかしたら法育や程徳が陰ながら助力してくれたのかもしれない。

 しかし海楼も全面降伏したわけではない。

「今、俺たちの物資輸送隊が豊河の河口で待機している。それがそのまま中央天上府に入る計画だが、河はおおよそ、問題なく遡れるだろう。季節も河が乱れる要素はない。しかし、陸路は問題だ。ほんの二日ほどの移動だが、護衛をつける。お前はそのうちの一人だ」

「他の護衛というと?」

「克勝という男が切り込み隊で一部隊を率いているが、それをつけるつもりだ。河を進む行程は片道が一週間だ。一番早い船を集めているからな。くれぐれも単独行動は取るなよ」

 それはまぁ、と思わず笑っていた。河の真ん中で途中で降りるわけにもいかないだろう。

 すぐに切り込み隊の連中と顔合わせがあり、その中に馬荘の顔があった。視線を交わすが、言葉はなし。

 連中の船に乗せてもらい、海賊船の船隊から離れ、半日もたたずに豊河の河口にたどり着き、輸送船団に加わる。見たところ、中型船が二隻と、小型船が四隻だ。

 驚いたことに、その六隻がみな、永水軍の旗を掲げた。

 つまり、水軍と偽って河を遡るのだ。そんなデタラメが通用するとは、さすがに永という国も滅びるのでは、と考えてしまった。

 一週間の間、船から降りることはない。体が訛りそうだから、中型船の中を歩き回っていた。切り込み隊の連中はひたすら中型船の甲板を走ったりしている。しかも甲板にも置かれている荷の間を走り回っているのだ。

 正気とは思えないが、仕方ないことだ。体が資本だしな。

 一週間が過ぎ、船が河岸に横付けされた。と言っても水深が浅いところに進んでは船が座礁するので、小舟を使って荷物を全部、陸にあげる。これは夜通し行われた。あるいは夜の方が人目につかないがために、夜を選んだのかもしれない。

 切り込み隊は警戒のために散開している。俺もその中に混ざっていた。

 明け方になり全ての荷が地上に降ろされた。

「帰りは銭を積むわけか」

 小舟を回収し、離れていく六隻を眺めつつ、そばにいた馬荘に呟いていた。

「いつまでもここで待たせられませんからね。迎えは中型船が一隻で、そこに仲間と銭を載せますが、銭なんてものじゃないと思います。金の粒か、銀の粒です」

「そんなに金を稼いで海賊はどうしたいんだ?」

 率直な疑問だったが、この点に関しては馬荘の方が鋭いことがわかる返事があった。

「組織を運営していると、それだけで金が湯水のようになくなるそうです」

 確かに、そうだろう。海賊たちも食べ物はいるし、着るものもいる。海賊それぞれの生活があるし、親や家族も、故郷もある。船だって傷つくし、時間とともに古びてくる。いつかは船そのものを作り直すとなれば、銭はいくらあっても足りないか。

 陸上では荷車が三十両ほど連なって進むことになる。しかも並みの速さではない。俺たち切り込み隊は小走りで続く。

 いつかの龍青と西深開府から南限新府へ旅した時を思い出した。海賊たちも昼間に休んで、夜に移動するが、日がある夕方のうちから動いて、日が出てからも少しは動く。やはり時間が大事なのだと思う。

 というか、すでに全員が陸上にいるわけで、海賊という表現は正しいのだろうか?

 途中で立ち寄った拠点で、人間が三人、加わった。どうやら俺が気にしていた、秘密の交易路に人を乗せる、という事態が実際に起こったらしい。

 俺はこっそり、その三人を連れてきた男に近づいた。

「聞きたいことがある」

 気配を消して近寄ったので、相手は驚いたようで、肩を震わせてこちらを見た。

「な、なんでしょう?」

「男を探している。名前は」聞いたことがあったはずだ。必死に思い出す。「龍、龍……」

 結局、思い出せなかった。

「龍という姓の男で、年齢は三十代から四十代、いや、五十代かもしれん。何かから逃げている。見たことはあるか?」

「龍?」

「西の方から逃げてきたはずだ。どうだ?」

 男はちょっと考えたようだが、目を丸くした。

「龍灯という方を、以前、お世話しました」

「それだ!」

 思わず声を上げていて、近くにいた海賊が不思議そうにしている。

「その男をどこへ運んだ?」

「そりゃ、中央天上府ですよ。この道筋で」

「それ以降はどこへ行った?」

 知りませんなぁ、だいぶ前ですから。男がそう言った時、ほとんど同時に海賊たちが出発することを、馬荘が知らせてきた。

「教えてくれて、感謝する」

 俺は銭をさりげなく男に渡しておいた。男はぽかんとした後、いそいそと銭を懐へ入れ、頭を下げた。

「何の話をしていたんですか? まさか、交易路について訊ねたのですか? 残念ながらあの男は窓口のようなもので、たいしたことは知りませんよ」

「いや、ちょうど良かったよ。前進した」

 おかしな人ですねぇ、と馬荘は俺のそばを走りながら、つぶやいた。

 前方に中央天上府が見えたが、実際に入ることはなかった。近郊の小さな村にある米を主に商うという商人の屋敷が、目的地だったのだ。商人と聞いていたが、屋敷はかなり広大で、蔵が三つ、並んでいた。

 そこで海賊たちは荷物を全部、清算して、木箱二つ分の金の粒を手に入れた。人間三人も引き渡されて、屋敷に消えていった。

「火炎殿というのはどなたかな?」

 取引が終わった時、その商人が克勝にそう声をかけ、克勝が俺を呼んだ。

「この書状を預かっております」

 手渡された書状には、海楼の署名があり、印が押されている。

 その場で開くと、中からもう一枚、書状が出てくる。その書状は克勝に宛てたものだった。

 彼に手渡してから、俺は自分宛の方の書状を見る。

 そこには東方臨海府へと向かい、交易路を組み立てられる可能性があるか、調べるように、とあった。

 豊河まで戻り、そこで小型船に乗れとある。本隊は中型船に乗るのだろう。

 小型船は豊河を下り、海賊の船隊には合流せず、海へ出たらそのまま北上し、一気に東方臨海府に入れるように手配してある、ともあった。そこから陸路で闇の流通路を切り開け、ということだ。

 資金や人員についても書かれていたが、副官として馬荘を連れて行けともある。

 思わず克勝と顔を見合わせたが、彼もどこかで納得しているようだった。

「お前も気に入られたもんだな。馬荘を任せるぜ」

「ありがとう。海楼殿にも礼を言っていたと伝えてくれ」

 こうして俺たちは二両の荷車に木箱を一つずつ載せ、夜の平野を三日で走り、河にぶつかった。そこには予定通り、中型船と小型船が停泊していた。

 俺と馬荘、そして部下になった海賊の四人が小型船に乗り込み、すぐに川を下り始める。

 おそらく、東方臨海府で龍青と遭遇できるだろう。それに龍青に報告できる話もある。

 龍青の父親は、おそらく中央天上府にいたのだ。もしかしたら今もいるかもしれない。どちらにせよ、今まで全く影も形もなかった龍青の父親の影が、やっと見えた。

 この話を早く伝えたくてうずうずする俺の心を表すように、初夏の川面を小型船が切り裂くように進んでいった。



(続く)


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