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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第十一部 海賊たち
75/118

11-4 懇願

     ◆


 俺は海楼を拝み続けることになるが、もちろん、海楼はそう簡単には応じない。

 俺が頼み込んでいるのは、海賊が運用している闇の交易路の情報を教えてくれ、というとんでもない内容なのだ。

 それは海賊が長い時間をかけて、莫大な銭や人員を犠牲にして組み立てたものである。

 嫌がる海楼にすがって、更に嫌な顔をされる俺を見かねて、程徳や法育が呆れて色々と教えてくれた。

 曰く、交易路を作るために女を百人ほど売った。

 曰く、交易路を認めさせるために、役人の評価を上げるためという理由で、はぐれものの海賊を密告し、捕縛させた。

 曰く、交易路を広げるために、銀山一つ分の銀の粒を支払った。 

 どれも過剰な表現に思えたが、しかしそれくらいしないと成立しない、と感じさせる巨大さが、すでに俺にも感じ取れている。

 俺がこの交易路にどうしても足を踏み込みたいのは、龍青の父親のことが頭にあるからだ。

 どうやってか誰にも捕捉されずに移動し続けていると聞いた。

 ただ用心深いだけかもしれないし、あるいはもっと別の方法を使っているのかもしれない。

 だが、俺が知っている範囲では、海賊の交易路に乗って移動すれば、まさしく誰にも咎められることなく、国中を行き来できる。

 それでも、海賊が永という国のどれほどの範囲に影響を及ぼしているかは、まだ明確には、詳細にはわからない。

「あまりしつこく食い下がると、いいことありませんよ、火炎殿」

 もう何度目かわからない法育の言葉に、俺は唸り声を返すしかない。獣じゃないんですから、と法育は苦笑いだ。

「良いじゃないですか、いきなり全部を教えろなんて無理な話です。段階を追って、近場から攻めましょうよ。この前、渡した銀の粒を使えば良い」

 俺と程徳の決闘を利用した賭け事で得た利益を、法育は俺に寄越していた。あれはまだ手元にある。

「火炎殿が商売を始める、とか、どうですか?」

「俺がか? この俺が?」

「形だけですよ。適当なものを、適当に商って、それで交易路を自然と知ることができる」

「海楼殿はそう簡単には教えまい」

 間に人を挟めば良いじゃないですか。法育は飄々と答えるが、それがどれほど実現性があるか、俺には計れない。

 しばらく法育と食堂の一角でこそこそとが話し合っていたが、答えはでない。

 法育も、今夜は仕事なのでこれで、と食堂を出て行った、

 俺は椅子に座ったまま、腕組みをして考え込んだ。こういう時は、船が揺れているのはありがたい。拍子を刻むようなものだ。

 でも、いい案は浮かばなかった。

 夜になると切り込み隊を先頭に襲撃部隊が出払って、船は静かになった。

 もう一度、海楼の部屋を訪ねた。

「お前はいつ寝ているんだ?」

「そういう海楼殿も起きておられる」

「俺は襲撃の結果を聞かなくてはならん」

 部屋に入ると、やはり地図が広げてある。

「お前に教えることはないぞ」

 鋭く、海楼が釘を刺してくる。俺は今まで言っていなかったこと、口にした。

「人を追っているのです」

 俺の言葉に、海楼は胡乱げにこちらを見る。

「お前の親か兄弟か?」

「俺ではありません。その、俺の……」

 龍青のことをどう表現するか、迷った。だが、迷っている場合ではない。

「俺の、親友の父親です」

「その親友とやらはどこにいる?」

「おそらく、東方臨海府に」

 少しの沈黙の後、海楼が何回か頷き、椅子を引っ張ってきた。自分の分の一脚だけだ。

「お前を探している誰かがいる、という話を、正直に、話せ。いいか? 正直にだ」

 今まで、紅樹のことも、龍青のことも、はっきりとは告げていなかった。仲間、と海楼は受け取っていただろう。

「確証はありません。しかし俺と親友ともう一人、連れがいた。もっとも、旅の目的は親友の事情で、俺はそれにくっついていただけで、その連れも途中で仲間になっただけです」

「どういう人間だ」

「女で、呪術を身に受けています。その影響で、昼間は動けませんが、とにかく身のこなしが人間ではありません」

 喋っておきながら、俺自身、信じがたい話だが、正直に話せと言ったのは海楼だ。せいぜい悩んでくれ。話を先へ進める。

「その女が、俺を探したんだと思います。あいつは昼間は動けないから、とにかく人探しには向かない。だから銭を使って人を雇って、探させた。しかし何らかの理由で、俺にはそれがわからないようにした。その理由は全く、わかりません」

「推測くらいはできるだろう」

「推測……」

 考えても出てくることはない。なぜ、俺を探していることを広めたくないのか。誰かに俺の存在を隠している?

 そもそも、俺が聞き込みをした人々に、もう一度、紅樹が接触すれば、そこで俺の生存や立場は紅樹の知るところとなる。

 逆に、俺は紅樹の存在を知ると、どうなるか。もちろん、俺は紅樹と合流しようとする。それは得ではあっても、損ではない。

「あいつも何者かに追われているのでは?」

 とっさに思いついたことだった。

「誰にだ?」

「それは東方臨海府に行かないとわかりません。あそこで何かしらの厄介ごとが発生し、それで二人ともが動けないかもしれない。俺があそこに行くと、何か問題があるとか」

 あのな、と海楼が顔をしかめる。

「そもそもそんな話で、俺がお前を、事実確認だとしても、東方臨海府に向かわせると思うか? いや、俺や俺たちにお前を拘束する理由はない。ただ、信用はしてきた。ずっと一緒にいる仲間ほどではないが、信用している。お前はどうだ? 俺たちはただこの船に相乗りをしているだけで、利用するだけか?」

「そんなことはありませんよ。感謝しているし、責任もある」

「でも、自分のために行動したいわけだ」

 どう答えるか、迷った。迷ったが、気持ちは定まっている。

「俺は海賊にはなれませんよ。海にも慣れた、船にも慣れた、しかし俺は海賊じゃない。陸の男だし、海楼殿たちとは考え方が違う」

「どこが違う? 人から奪うところか? 人を殺すところか?」

「そんな要素じゃありません。俺は、海賊のように、どこにでもいて、どこにもいないような、そういうやり方が、合わないんです。前に進みたいし、後戻りはしない。立ち止まって振り返れば、そこに足跡があるような、そういう場所にいたい」

 わからんことを、と海楼は呟いた。

 二人ともが黙って、しばらく時間が過ぎたが、戸が叩かれ、海賊の一人が襲撃部隊が帰ってきたことを告げた。

「また話すとしよう」海楼が立ち上がった。「俺も考えておく。ことの真偽も含めてな」

「嘘は言ってません」

「それくらい俺がお前を信用していると、お前も俺を信用しろ」

 ポンと肩を叩いて、海楼が部屋を出て行った。俺は机の上に広げられたままの地図をしばらく見てから、部屋を出た。

 外では海賊たちが大声でやり取りをして、時折、歓声が上がっていた。



(続く)


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