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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第十一部 海賊たち
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11-3 海賊の商売

     ◆


 陸の旅はひたすら奇妙な感覚に襲われることになった。

 誰かが俺を探しているのは間違いないが、誰が探しているかがはっきりしない。

 最初の違和感が解消されるのに十日ほどが必要だった。その十日の間に、俺は海岸に程近い位置にある集落を三つ訪ねて、全部で三十軒ほどの家々に聞き込みをした。

 しかし誰も、人を探している、などと言わないし、誰かを探すように頼まれた、とも言わないのだ。

 何かがおかしい、と考えているうちに、浮かんだことがある。

 俺を追っているのが紅樹なら、あるいは説明がつくかもしれない。

 あいつとは東方臨海府で落ち合う予定だった。俺たちは海路、あいつは陸路だった。その旅の途中で俺が脱落したわけで、しかし龍青は東方臨海府に着いたはずだ。そして紅樹とも接触したと思われる。

 なら、紅樹が俺を探すのが妥当で、しかしあいつは昼間は動けない。

 だから、人に頼む。人に頼むが、頼まれたことを口止めしている。

 たぶん金をばら撒いんたんだろう。俺に何を訊ねられても答えない、と約束させ、もし破ったと分かればただじゃおかない、という態度だったのではないか。

 これではいくら探しても無駄だし、その旨を海楼に伝えるよりない。

 紅樹と直接、俺が接触することができればよかったが、どうやら俺が船に乗っている時間帯にすれ違ったらしい。あいつは南下し、今、俺と馬荘は北上している、という形と俺は見ていた。どちらかが反転しない限り、行き会えない。

 紅樹が情報を確認するため、北上してくるのはいつになるだろう?

 どうするべきか迷ったが、俺は海楼に正直に書状を書いて、立ち寄った海賊の拠点の一つで快速船を使って届けさせた。

「結局、何もわかりませんでしたね」

 馬荘が悔しそうに言うが、俺はそれほどでもなかった。

 紅樹はまだ余裕のある調べ方をしている。何が何でも俺を探しているようではない。つまり本当の窮地ではないのだろう。

 もちろん、俺はこんなところで海賊の一員などやらずに、さっさと逃げるべき、という考えもないことはない。ただ、あまりに俺も色々な関係を持ちすぎた。

 このまま全てを捨てるには、まだ決断する力が体に蓄えられていない。

 半日もせずに快速船が戻ってきた。中型船がちょうどこちらへ向かっているので待機せよ、という指令を持ってきた。そのまま快速船は再び、どこかへ消えた。方々へ行かされて、通信で忙しいんだろう。

 俺は拠点の建物を出て、一人で浜辺まで散歩に出た。

 するとどうだろう、浜辺に小舟が十艘ほど並び、荷物を降ろしている。木箱が大半だが、穀物の俵もある。そして明らかに海賊ではない男が二人、佇んでいる。荷物は荷車に乗せられていくが、奇妙な二人はただ眺めている。

「あまりジロジロと見ていると誰何されますよ」

 いきなり背後から言われて、ゆっくりと振り返ると馬荘が立っている。追いかけてきたんだろう。

「あの荷物も、海賊が売り払うのか? どこで?」

「僕も全体像は知りません。しかし永の四分の一か、五分の一程度の範囲には秘密の交易路が通っているらしいです。なんでも売っているとか」

「なんでも?」

「国が専売にしている塩が一番、儲かると聞いています。他には、着物や織物、装飾品、武具、食料もやっています。海藻の干物なんかも、買うものは高値で買っていくそうです」

 ふぅん、などと答えつつ、目の前を荷車が一両、通り過ぎていく。それに例の二人が徒歩でついていく。荷車はそれほど速く動かないから、徒歩でも間に合っている。

「ああ、そう」馬荘が付け足すように言った。「場合によっては人間もやりとりするとか」

 人間?

「人間を売り買いするのか?」

「いやだな、火炎殿、僕たちは南の蛮族とは違いますよ。人間を秘密裏に移動させるんです。海を使えば、役人や兵士の監視を抜けやすいですし、いざとなれば荷物の中に隠れることもできる。海岸沿いなら、船さえつけられれば、どこへでも上陸させられますし」

 そんなことが可能なのか。

 俺が感心していると、馬荘は補足してくれた。

「相当な銭を取るらしいですけど、何せ海賊のやっている闇商売の経路なので、役人も半ば容認しているみたいですね。この経路に一度、乗ってしまうともう自在にどんな場所へでも行けるとか」

「それでも海岸だけなんだろ? 陸を船では走れない」

「川があります。海の船とは構造が違いますが、船は船です」

 川、か。俺も大きな川しか知らないが、知っているのは名前だけだ。どのあたりを、どんな風に流れているかは、普通の人はあまり気にしない。

 それに大きな川には、それ相応に注ぎ込む支流もあれば、途中で枝分かれしていく支流もあるだろう。ならあるいは、本当にどこへでも行けるのかもな。

 荷車が全部、砂浜からいなくなる前に、小舟は海賊たちの手でどこかへ消えた。荷車もいなくなると、狙いしましたように小舟が近づいてくるのが見える。

「あれが迎えですね。火炎殿の力になれず、申し訳ありません」

「気にするな。こんなもんさ」

「その、火炎殿は、海賊はお嫌いですか?」

 いきなりそんなことを聞かれて、笑いが漏れてしまった。

「俺は海賊になる気はないが、海賊は好きだな。気っ風のいい奴が多い。それが気持ちよくて、爽快でもある」

「僕もですか?」

「お前はもう少し揉まれた方がいいな」

 馬荘は恐縮するようなそぶりをして、俺は声を上げて笑った。

 小舟がすぐそこまで来て、俺と馬荘は一度、荷物を取りに拠点に戻り、砂浜で船に乗り、沖合へ乗り出していった。

 すぐに中型船が見えてきて、いつもの手順で乗船する。

 海楼の船なので、すぐに彼に直接に報告した。馬荘はいない。

 海楼はまた部屋で地図を見ていたが、俺を出迎えてもそれをしまわなかった。その理由はほどなくわかった。

「お前を探しているものが南下しているらしい、と書状にあったが、位置がわかるか?」

「地図で示せと? 現在地はどこですか?」

 俺も机に歩み寄り、二人で地図を指差して意見交換した。

 その時、自然と地図に描かれている大小の河川の位置がはっきり見えた。

 背筋が震えるほど、驚いた。

「どうした?」

 いえ、と答えたが、かすれたような声になった。

 東方臨海府だけが船で行けると勝手に思い込んでいたが、川を船で遡れば、南限新府のすぐそばにも行ける。そしてもう一箇所、重要な地点がある。

 名前も知らない川が、永の中心、中央天上府のそばを流れている。地図だから距離感がはっきりつかめないが、船で近寄れるだけ近寄って、あとは陸路で進むとすれば、この永の東の外れからでもそれほどの苦労も、時間もかけずに到達するだろう。

 しかも、役人を抱き込んだ海賊は、自由に、しかも秘密裏に動ける。

 そう、人を、秘密裏に運べるのだ。




(続く)


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