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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第十一部 海賊たち
73/118

11-2 雌雄を決する

     ◆


 海賊たちが闇の商売をしているのは、俺には驚きではあったが、もっと驚いたのは輸送船を襲撃する手法だ。

 とにかく、荒っぽい。

 相手の船に強引に乗り込み、奪えるものを奪って逃げ出す。

 この相手の船に乗り込む切り込み隊はいくつかあり、そのうちの一つを法育が指揮しているのは俺も知っているところだ。あいつの部隊は、一番若い連中で構成されている。

 切り込み隊の中で最精鋭とされているのは、程徳という男の隊で、この男は二十代半ばである。手下はみんなすばしっこいし、とにかく泳ぎがうまい。

 切り込み隊に求められるのは泳ぎが得意かどうかで、つまり、襲った船から逃げ出す時、どうしても海に飛び込むことになる。

 輸送船を襲撃するところを二回ほど、見る機会がった。小舟の一つに乗せてもらい、その小舟は戻ってくる味方を回収する役目だった。

 鉤縄で相手の船に続々と海賊が乗り込んでいく。夜だったが晴れていて明るい。波の一つ一つも見えそうだった。

 そのうちに大騒ぎが始まり、甲板から箱や袋が投げられる。これは奪ったものを回収する小舟が、回収するのだが、中には海中に沈んでいく強奪物もある。

 最後に切り込み隊の奴らが海に飛び降り、海面を泳いで船にたどり着く。

「凄いもんだな」

 同じ小舟に乗ることになった程徳に思わずそういうと、「こんなもんさ」という返事だった。

 そんなわけで、中には逃げ遅れたり、護衛に殺されるものもいるが、とりあえずは海賊はこの収奪したものを元手に商売をしている。

 俺を追っている誰かの話も、その商売の筋から流れてきた話らしかった。

 海賊の拠点は海岸地帯だが、東方臨海府にはあまり近づくことがないらしい。東方臨海府には海軍があるとも聞いた。さすがに海賊戦法では渡り合う事はできないはずだ。

 それでも東方臨海府の近くの拠点に、俺を派遣することが海楼から通達があった。

 中型船の食堂で、法育にその話をすると、

「もしかして逃げるつもりですか?」

 と、ニヤニヤして指摘された。

「俺は別に海賊じゃないしなぁ」

「またまたぁ。実は気に入っているでしょ、この生活」

 馬鹿を言うなよ、と笑ってみせると、法育が笑った。それから声を小さくする。

「実はうちの隊で、火炎殿と程徳殿、どちらが強いか、議論になりまして」

「海ではあいつだろうな。陸では俺だ」

「しかし実際にはやってないでしょう? どうです? やりませんか?」

 何を言い出すかと思えば。無視してると、法育が情けない声に変わる。

「実は賭け事になっちゃいまして、俺は火炎殿に賭けました」

「金は大事にしろよ」

「実際に雌雄を決してくださいよ」

 嫌だね、とさっさと食事を終わらせようとすると、隣の席に座った男がいる。

「面白そうだな、俺は歓迎だ」

 まさに当の程徳がそこに座っていた。保育はバツが悪そうだが、知ったことか。

「俺はやりませんよ、程徳殿」

「いいじゃないか。陸に降りるわけにはいかんが、お前も船に慣れてきた。そうだな、条件を公平にするために、何か、俺からお前にしてやれることはないか」

 そんなバカな、と思ったが、何かが心に引っかかった。

 してやれること、か……。

「俺が勝ったら、何かしてくれるんですね?」

「おいおい。先に条件を決めろ」

「じゃあ、この話には乗りません」

 料理を平らげ、俺が立ち上がるとぐっと程徳が逃げようとする姿勢の俺の手を掴んだ。

「これでも赤風霧と呼ばれる切り込み隊の隊長だ。いいだろう、後で決めても構わん」

 すぐに打ち合わせて、俺にはあまり時間がないため、翌日の昼間には甲板で決闘することになった。

 一日はあっという間に過ぎ去り、翌日になった、のだが……。

「これはいったい、何の騒ぎだ?」

 甲板にはほとんど全ての水夫が集まり、切り込み隊の連中も並んでこちらを見ている。酒やら食べ物が振舞われて、すでに酔っ払っているものもいる。

 甲板の開けた空間に立った俺は、もう一度、周囲を見てうんざりした。

 そこへ程徳もやってくる。奴も困ったような顔をしていた。

「こんなことなら、秘密でやるんだったな」

「正しく。さっさと終わらせましょう」

 俺は剣を背中から抜いて、構える。程徳は腰から二本の剣を抜いた。短いが、頑丈そうだ。

 合図も何もなく、両者が相手に飛びかかった。

 俺の一撃を程徳はきわどいところで回避し、潜り込むように懐へ突っ込んでくる。

 身を捻って短剣を避け、突き出されたもう一本は、片手を柄から離して、肘で打ち据えて逸らす。

 至近距離。横薙ぎの一撃を程徳が両手の剣で受け止めるが、靴が甲板を滑る。その勢いのまま距離ができた。

「重すぎるぞ、雷士!」

「そちらこそ、早すぎる!」

 再び二人の体が接近する。

 三本の剣が空間を薙ぎ、太陽をキラキラと反射する。

 汗が飛び散り、甲板の上を靴が踏みしめる音が連続する。

 どれくらい、それを続けたか、お互いが距離を取り、向かい合う。

 どちらもまだ相手の剣を受けていない。実力は同等、ということかもしれない。

 二人ともが、どこかで引き下がらなくてはいけないと思いながら、自分からは引き下がれないのだった。

 誰かが声をかけてくれれば。

 でも、誰が?

「何をやっている?」

 その声は、静かな声だったが、周囲の大騒ぎを一言で制圧してしまった。

 無言になった観客の群れが割れて、一人の男が進み出てくる。見るからに不満そうだった。というか、怒りに燃えている。

「何をやっている? 程徳、火炎」

「いえ、これは……」

 程徳が言いよどむのを、海楼はじっと見据えて、続きを促している。しかし程徳は何も言えなかった。烈火の視線が俺に向けられる。

「お前から仕掛けたのか? 火炎?」

「どちらから仕掛けたわけでもないのですが……」

 他にどう言えと?

 海楼はそれから大声で、周囲に溢れていた観客を仕事に戻らせ、俺と程徳に長い長い説教をした。

 夕暮れ時に解放されたが、船中の掃除を命じられ、その日は深夜まで働いていた。

 全てが終わって、部屋に帰ろうとすると俺の部屋の前で二人の男が待っていた。

 程徳、そして法育だった。

「お前の勝ちでも俺の勝ちでもないが、船の上だ、俺の方が有利だった」

 まず程徳がそう言った。

「だからお前の言うことを聞いてやる。また決まったら、教えてくれ」

「そりゃどうも」

 法育を見ると、奴は小さな袋をこちらに差し出してきた。

「賭けで得た利益です。謝罪として、差し上げます」

「そりゃどうも」

 袋を受け取ると、二人は頭を下げ、俺の前から離れた。だが、通路を歩きながら、もう口論を始めている。仲がいいことで、結構じゃないか。

 部屋に戻って、袋の中身を確認すると、銀の粒だ。これでしばらくは生活できるだろうが、海賊生活は金を払う場面がない。大事に保管しよう。

 その翌日、俺は小舟で陸に向かい、海賊について調べている何者かを、逆に調べる、という仕事を始めた。

 海楼は俺に一人の若者をつけた。切り込み隊の見習いで、年齢は俺と同年だ。

 名前は、馬荘という。

「よろしくお願いします、火炎殿」

「かしこまるなよ。自然にやろう」

 奴は嬉しそうに笑っていた。

 こうして俺はまた陸に戻ることになった。長い期間になるか、それともとんぼ返りか知らないが、陸の方が安心するのは、間違いない。



(続く)


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