表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第十一部 海賊たち
72/118

11-1 用心棒

     ◆


 俺が乗っている小舟が砂浜に近づき、浅瀬に飛び降りると、仲間と三人がかりで船を砂浜に引っ張り上げた。

「しかしなぁ、港がないなど、不便だな」

 仲間に声をかけながら、俺は船の中に積まれていた大きな袋を担ぎ上げた。もう二人は協力して箱を持ち上げ、運ぶ。

 この砂浜は、俺が流れ着いた砂浜ではない。海賊が把握している、荷揚げのための砂浜の一つで、俺はほとんど把握していないが無数にある様子だ。

 砂浜から近くの木立に向かうと、そこに隠れるように倉庫がある。

 一度、荷物を降ろして、錠を外して戸を開ける。中からはかすかに金属の匂いがする。中へ袋と箱を運び込んだら、次は最初から小屋にあった箱の一つを仲間に持たせ、俺は一度、外に出て、帳簿に記録を書き付けておく。

 暗号を使っているので、素人が見ても訳がわからないだろう。

「積み込みましたぜ」

 仲間が戻ってくる。おう、と応じて、一緒に砂浜へ行く。俺も手伝って舟を海に押しやり、仲間は乗り込んでいく。

「また会おう」

 俺が声をかけると、二人が手を振って櫂で沖へ向かう。少し離れたところに中型の船が浮かんでいる、ついさっきまで俺が乗っていた船だ。

 海賊に協力し始めて、船にもやっと慣れてきた。

 小舟が何事もなく中型船に近づいていくのを見送り、俺はもう一度、木立の中の倉庫に戻った。すぐそばにある岩に腰掛けていると、人の気配がした。

 視線を向けると、五人の男がやってくる。一人が商人のような服装をして、残りの四人は下男のような服を着ているが、発散している気配は攻撃的で、常に周囲に気を配っているのがわかる。

 先頭を歩く男が俺に気付いた。商人の姿の奴だ。

「よお、火炎。荷は届いているか?」

「ついさっきな。受け取るものは受け取ったよ」

「よかろう。一応、検めるぜ」

 ご自由に、とまだ錠をかけていない小屋の方を示す。その男、泰布は部下の一人を連れて小屋に入った。

 三人の男たちと雑談をするが、俺が知りたいような情報はない。

 すぐに泰布が小屋から出てきて、部下に指示を飛ばす。四人がかりで箱を二つ、運び出す。そのあとに続くのが泰布で、さらに俺となる。

「海楼殿はお元気か?」

「ああ、働きづめで、奥方も村で商売に精を出しているよ」

 そうかい、と泰布が頷く。

 海楼が俺に命じたのは、海賊たちの闇の流通を運営する連中の護衛だった。

 今、目の前にいる海賊の手先が、実際には何をしているかは知らないが、少なくとも商人とその従者の姿ではある。今もその従者の四人は、荷物を荷車に乗せ、四人で移動し始めた。少し離れて泰布、そして俺が並んでいる。俺はどう振る舞っても用心棒にしか見えないが、実際に人を切ったことが今まで、二回あった。

 盗賊がどこかでかぎ付け、襲ってくるのだ。

 泰布の指示で、容赦なく切って捨てて、残りは逃げていったが、あの瞬間に荷運びの四人も相当に武術を使うと見当がついた。反応が早いし、視線も油断がない。体は常に動けるように姿勢を作っていた。

 泰布との行動もすでに五回目だ。お互いを理解しつつある。

「どこでどんな風に商売をしているんだ? お前は着物を商っているんだよな?」

「おいおい、火炎。下手に探るな。俺が下手なことを言うと、俺の首があぶねぇ」

「そんなもんかね」

「俺たちはだんまりが基本だ。話せることしか話さねぇ。肝に銘じておけよ」

 また聞くけどな、と心の中で思いつつ、俺たちはやがて街道を進み、小さな宿場にたどり着いた。

 そこで別の荷車と、俺と交代する護衛が立っている。細い剣を腰に掃いている。俺よりも少し年上だろう。力量を見抜かせない程度の力量がある。

「じゃあな、火炎。気をつけて帰れよ」

 俺は来た道を戻るが、今度は宿場で待っていた荷車の護衛になる。

 日が暮れる頃に元の木立の中の倉庫に戻り、荷車を動かしていた男たちが、荷物を小屋に運び込む。俺は月明かりを頼りに帳面に記録をつけた。

 空の荷車が元来た道を戻っていく。

 俺は小屋の中で横になった。

 海賊に拾われて短くない時間が過ぎた。

 龍青のことは気になるが、調べる方法がない。東方臨海府に行くべきなのだが、それは海楼が許さない。厚保の命を奪ったことが、俺に無理な行動を自制させていた。

 村で見た、相金、厚辛の様子は、俺をどこかで縛り付けている。

 今まで大勢を切り捨ててここまで生きてきたのに、ただ一人の海賊と、その家族から憎まれることが、どうしてここまで重くのしかかるのか、わからなかった。

 とにかく、俺はしばらく海賊に協力する、と決めた。

 やっている仕事は、護衛がほとんどで、陸に上がることが多い。知っている物資の貯蔵場所は今のところ、五箇所だ。それとは裏腹に、俺が名前を知っている海賊の仲間は、限定されている。泰布はそのうちの一人だ。

 おそらく俺が非合法活動を理由に捕縛された時、情報が漏れるのを防ぐためだ。

 俺は俺なりに呪術師について調べているが、こんな東の果てのど田舎では、まったく情報がない。海賊たちも、どういう理由か知らないが、呪術を否定する気風なので、呪術への関心も薄い。

 こうなると龍青と合流するべきだが、しかし、まずは東方臨海府の情報も知るべきだし……。

 とにかく、俺は今や、八方塞がりとも呼べる事態に陥っている。

 俺が海賊になりたいと思っていないことは、海楼も知っているだろう。きっと、償いの意味で俺をそばに置いているはずだった。海楼が満足すれば、俺は放り出されるはずだが、いつになるだろう。

 まさか、死ぬまでこき使われるとか、何か決死の作戦に放り込まれて、体良く殺される、なんてことはないよな……?

 そんなことを思っていると、小屋に近づいてくる足音がする。三人だ。

 起き上がって出迎えると、水夫の服装をした男たちだった。仲間だ。

 俺も含めて四人で箱を砂浜へ運ぶ。そこには昼間に見たのとそっくりの小舟があり、俺たちは箱をそれに積み込んだ。

 今度は俺も舟に乗ることになる。四人で協力して舟を海に押しやり、飛び乗った。二人が呼吸を合わせて櫂を使って、海に漕ぎ出す。周囲は真っ暗だが舟の舳先には小さな明かりがある。

 そして海の上にも、明かりがあった。あそこを目指しているのだ。

 程なく小舟は中型船のすぐ脇にまで進んだ。綱がいくつも投げ落とされる。それでまず箱を括り、箱だけが甲板へ引っ張り上げられた。次の綱は小舟にくくりつける。しかし次に甲板に上がるのは俺たち四人で、小舟は無人で甲板まで引っ張り上げる。その時は水夫が大勢、手を貸すし、俺たちも綱を引っ張って小舟を引っ張り上げる。

 全てが終わって、俺は報告のために船内に入った。

 戸を叩いて、返事の後に中に入る。

 部屋にいた海楼は、何か地図のようなものを見ていたが、俺の顔を見ると、それをクルクルと丸めてしまう。

「仕事は順調か? 火炎」

「それは、まぁ、楽な仕事です。あんたたちも儲かっていて、大いに結構」

「船にも慣れたようだしな。前はすぐに吐瀉物を撒き散らして、閉口した」

 それは言わないでくださいよ、とそっぽを向くしかない。

「お前に伝えておくべきことがある」

「何です? また仕事ですか?」

 仕事とはちょっと違う、と海楼が言う。仕事じゃないのか。

「どうやらどこかの誰かが、お前を探している」

 一度、呼吸が止まってしまった。さりげなく息を吸い、吐く。

「で、追い払ったわけですか?」

「いや、泳がせている。どこの誰なのか、調べなくてはならん」

「俺が会った方が早いと思いますよ」

 じっと海楼が俺を見るが、もうこの男の視線には慣れている。腹の中を探るような執拗な光を、素知らぬ顔で受け流す。

「考えておこう。休め」

 頭を下げて、部屋を出た。

 通路を歩きつつ、誰が俺を探しているのやら、と思ったが、俺を探したがる奴は少ない。

 はてさて。




(続く)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ