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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第十部 二人の悪党の日々
70/118

10-6 侵入者

     ◆


 女たちが去って行って三日ほどが過ぎた昼間。

 例の如く、船の上で伏陸は釣り糸を垂れている。定輪は女たちに逃げられて以来、どこか沈んでいて、今も小屋に残っていた。

 伏陸も舟の上で寝転び、ぼんやりと空を見ている。

(あんたたちに仕事があるよ)

 いきなり、襤褸の幻が目の前に現れたので、危うく伏陸は舟を転覆させそうになった。

「驚かさないでくださいよ、隠者様。仕事とはなんです?」

(まずは陸に戻りなさい)

 今日はまだ魚は一匹も釣れていない。釣り糸を入れた場所でも、餌の良し悪しでもなく、こういう風にまったく当たりがない日はあるものだ。

 櫂を漕ぎながら、伏陸が「何があるのですか?」と訊ねると、幻の襤褸はどこか難しげな顔をした。

(ここへ入り込もうとしている奴がいてね。三人だ)

「ここへ? ここに入るには迷路みたいな森を抜ける必要がありますよ」

 実は一度、古龍峡に落ち着くと決めた当初、森の中に分け入ってみたことが伏陸にはあった。食べ物を探しに行ったのだが、あっさりと道に迷い、途方に暮れているところへ襤褸の幻が現れたのだ。

 それくらい、慣れてないと迷う。

(あのバカな男が女を連れてきたからだ)

 吐き捨てるような襤褸の一言で、伏陸には腑に落ちるものがあった。

「女たちが道を覚えたか、もしくは目印をつけた、と? そこまでしてここまで来る理由がないですけどね」

(頭の足りないものどもの考えなど、想像もつかん)

 船が湖岸につき、素早く陸に引っ張り上げておく。足早に小屋に向かうと、すでに外に定輪が立っていた。

「ババアから話は聞いたが、俺たちには武器がねぇ。どうする?」

「適当な木の棒に短剣をくくりつけるくらいかな。それで間合いを取って戦える」

「お前、そんな槍の扱いみたいなのが得意だったのか?」

「馬鹿を言うなよ、定輪。俺は武術はからっきしだ」

「俺もだよ」

 そんなやり取りをしながらも、二人は適当な棒を用意し、その先に少ない武器の短剣をくくりつけた。実際に完成してみると、あまりにも頼りないため、二人ともが不安になった。

(何を馬鹿げたことをしている)

 急に幻が二人の前に現れた。

(古い小屋の床下に、剣がある。訓練用だが、切れるだろう)

 本当かよ、と二人は目を見合わせ、すぐに半壊したままにされている小屋に駆けていく。

 襤褸の指示で床板を剥がすと、細長い箱がそこにあった。無理やりに開封すると、剣が収まっている。三本ほどがあった。

「こいつはいい、百人力だな」

 早速、定輪が剣を手に取り、鞘から抜こうとした。

 が、いつまでも抜こうとしない相方を見て、伏陸は眉をひそめた。

「何をしている?」

「抜けないんだよ。錆びているんじゃないか?」

 実際、その剣は鞘さえも金属でできていた。一本を手に取り、伏陸も抜こうとした。やっぱり抜けない。

 二人が顔を見合わせ、それから襤褸を見た。

(しかしその剣は、鈍器としては役に立つ)

 二人ともが唖然と老婆の半透明な像を凝視した。

 仕切り直すように、襤褸が言う。

(侵入者は三名だ。お前たち二人で撃退出来よう)

「こんな適当な武装でか? 俺たちは龍青殿や火炎殿みたいな腕自慢じゃない」

(そこは頭を使ってなんとかするのよ。できるだろう? 頭はついているはずだ)

「耄碌してやがるな、このババアは」

 仕方なく二人ともが腰に鞘を吊るし、例の即席の槍を手に取った。

(案内するから、ついてきなさい)

 そう言うが早いか、襤褸は森の方へ漂っていく。二人とも、やっと実戦だと意識し始め、幻の後を追いながら唾を飲み込んだ。

 森の中を抜けていくが、人が通った痕跡などない。本当に侵入者がこんなところまでやってくるか、定輪も伏陸も不思議だった。

「定輪、あの女たちにはどんな話をしたんだ?」

「いや、その……」

 歯切れが悪い定輪がやっと口にした。

「婆さんの死体の管理をするだけで、金の粒がもらえる、って話した」

 それはまったく事実無根の嘘だったが、伏陸は追求するのをやめた。

「で、あの女は娼婦か何か?」

「わからん。飲み屋で引っ掛けたんだ」

 その一言で、伏陸はあの女二人が堅気ではないのではないか、と考えたが、もはやどうしようもない。

 女の仲間が、定輪の話にあった金の粒を奪いにきたのかもしれない。

(人間とは愚かだねぇ)

 幻が先導しつつ、そんなことをつぶやく。定輪が小さな声で言い返した。

「ババアには分からねぇよ」

(そうだろうよ。実際、わからないね。おっと、足を止めて、木の陰に隠れな)

 すうっと幻は消えて、言葉に従って素早く二人の男は木の陰に屈み込んだ。

 木立の向こうで、下草をかき分けてやってくるのは三人の男だった。全員が良い体格をしていて、腰には剣を下げている。一人は弓を手にしていた。背中には矢筒が見える。

 定輪が身振りで伏陸に逃げることを提案したが、伏陸は首を振って却下した。

 その上で、身振りで逆に奇襲をかけることを提案した。定輪は明らかに戦意を失っている。

 それでも伏陸は身振りを繰り返し、一方的に決定して行動を始める。

 音を立てないように、這うように下草の中を進む。歩きながら適当な石を探し、拳より大きいそれを見つけると拾い上げる。

 距離を測って、小さな動きで、しかし強く石を投げつけた。

 石は正確に、三人組の背後の木に当たった。草の向こうで、三人が一斉に振り返ったのが見える。

 伏陸の中で、何かが破裂した。

 唸るような声を上げて、手に提げていた即席の槍を引き寄せ、投げる。

 一直線に飛んだ。

 ドスッと男の一人の背中、その真ん中に突き刺さり、その男は振り返ることも悲鳴をあげることもなく、倒れこんだ。

 今度は槍が飛んできた方に振り返った男たちの前で、立ちあがったまま、伏陸は叫んだ。

「この山は神聖な場所である! 出て行くがいい!」

 そんな言葉でどうこうなる悪党でもなかった。しかも仲間を一人、やられているのだ。

 一人が剣を抜き、間合いを詰めてくる。伏陸は、この土壇場で鞘から剣が外れてくれ、と柄を引っ張ったが、剣はやっぱり抜けなかった。

 仕方なく、鞘ごと外して構える。重い。襤褸の言う通り、鈍器にはなりそうだが、重すぎて素早く振れるとも思えない。上段に構えるのが最善か。

 しかし弓を持っている男は、慣れた様子で矢をつがえて、伏陸に向けていた。

 払い落とせるわけがない。

 定輪、頼む。

 念じるしかない。かすかに矢が位置を変える。

 いきなり怒鳴り声が上がった。定輪が、三度、視線を転じた二人に槍を投げつけると、剣も投げつけている。

 極端な圧力に負けて、恐慌状態になったらしい。

 剣を持った男がそちらを見たが、弓を持つ男は伏陸を見ていて、反応がわずかに遅れた。

 投げつけられた槍は二人組に届かなかったし、剣は弓を構えていた男に当たっただけだった。

 当たったが、その反動で矢が弓から離れた。

 まっすぐに、伏陸の方へ飛んでくる。定輪の方へもう少し体を動かしていたら、全く明後日の方向へ飛んだだろう。

 だが、矢は今、まっすぐに伏陸に飛んだ。

 死んだ、と彼は観念した。



(続く)


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