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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第一部 渡水鳥
7/118

1-7 追っ手

     ◆


 服を汚してしまったので、新しい服を手に入れる必要があった。

 番頭さんは襲撃の翌日には意識を回復したし、娘さんもすぐに意識を取り戻した。首筋が痛むらしいけど、もちろん、傷はない。

 宿の従業員たちが、何人かは泣きながら、二人の無事を喜び、僕に礼を言った。

 でも僕は間接的に騒動を招いたわけで、逆に申し訳なかった。火炎を連れてこなければ、起こらなかったはずのことなのだから。

 借りた服が大きすぎるので、新しく服を買いに行こうとすると、番頭さんがお金を渡してくれた。この程度では足りないが謝礼だ、という。

 受け取らないと引っ込みがつかない様子だったので、受け取り、それでも店で一番安い服を買った。

 宿に戻り、借りていた服を返した。

「いつかまた、お礼をさせていただきます」

 番頭さんが深く頭を下げる横で、娘さんも頭を下げた。

 その日は宿の部屋でゆっくりと過ごし、翌朝、僕は部屋を片付け、荷物をまとめて宿を出た。宿泊料を払わなくていい、と言われたけど、「これで体に良いものを食べてください」と無理やりにいくばくかの銭を残した。

 通りを歩いて行く時、ふと気になって、火炎が手下を使って腕試しさせていた場所に行ってみた。

 誰もいない。人だかりもできていない。

 しばらくそこに立っていたけど、火炎と会うことはなかった。

 街を出る前に、昼食を買いに小さな食堂に入り、饅頭を三つ、手に入れた。手にぶら下げて、街を出た。

 が、すぐに背後から誰かが付いてくるのに気づいた。

 火炎ではないだろう。彼がそんなことをする理由がない。古龍峡の場所も教えたし、彼は覚えたといった。何より、こそこそするわけがない。

 このまま誰かを引っ張って山に戻るのも良策ではない。

 不審がられないように、街道を進み、脇道へ逸れて行く。これは今まで通りだ。

 村のひとつに入り、僕は宿屋に部屋を借りた。相羽の街の宿屋の半分ほどしかない小さな建物だ。

 しばらく部屋にいてから、こっそりと裏口から外へ出た。荷物は持っていないけど、剣は腰に下げておいた。

 裏道からぐるっと遠回りをして、宿屋が見張れる位置を確認すると、一人の男がじっと宿屋の方を見ている。葉巻を吸っている、という様子だが、不自然だ。

 全くの素人なのかな。

 そっと歩み寄り、気付かれずに背後についた。肩を叩いてやる。

 振り向いた男の口を押さえて塞ぎ、当身で失神させた。まさか路上にいるわけにもいかないので、抱えるようにして路地に運び、横たえておく。

 さて、ここで活を入れてもいいわけだけど、僕もあまり考えての行動ではない。

 そもそも誰が僕の後をつけて得をするんだろう?

 この男の目的はなんだ?

 しかし聞き出さないことには、わからないか。

 男をうつ伏せにして、背中に膝を当てて、グッと活を入れてみた。なかなかやったことのない技なので、失敗したら目も当てられないが、男が急に咳き込んだので、成功らしい。

 呼吸困難で喘いていた男が、どうにか呼吸を整えるまで待っていた。

 ちょっとした恫喝の意も込めて、剣の柄に手を置いて、たまに少し抜いたり戻したりしていたけど、なんとも不毛だ。

 男が真っ青な顔で、あとずさるのを、荒々しい火炎を意識した動作で、蹴りつけておく。

「何か僕に用事ですか?」

 乱暴な口調は慣れないので、いつも通りに喋ったけど、逆に恐怖を煽ったらしく、男はもう失神寸前に見えた。まぁ、また活を入れるまでだけど。

「あ、あ、あんた……」

 じゃきっと剣を抜き、ばちんと鞘に戻す。それで男はいよいよしゃべる気になった。

「ら、雷士の仲間だろうっ? た、タダじゃおかないぞ!」

「雷士? 火炎のことか? あの巨大な剣を持った?」

「そうだ! あいつは賞金首だ! 雁県で大罪を犯して逃亡中なんだぞ! 他にもいくつかの組織が追っている! 俺たちもだ!」

 雁県という地名は、知っている。隣の県だ。

 しかし、大罪? 火炎が? 確かに血の気の多い様には見えたけど、一方で稚気に富んだ男でもある。大罪というのはなかなか、火炎の様子とは一致しない言葉だった。

「それで、どうして僕を追いかけるのですか?」

「雷士のいく先に先回りするためよ。俺をこんなことにして、すぐに後続がやってくるぞ。覚悟しろ!」

「ああ、そう」

 他にどう答えようがあっただろう。僕は無関係なんだ。

「僕としてはあまり後をついてこられたりされると、困る。そのお願いは、聞いてもらえるのかな」

「バカ言うなよ」

 そう男が口走った直後、剣を鞘走らせてやる。

 切っ先が男の鼻先を掠め、大げさに悲鳴を上げて倒れ込む。じたばたしているけど、切っ先の先の先すら触れていない。

「僕は本気で言っているんです。後をついてこられるのは困る」

 男が逃げようとするので、先回りして通せんぼした。なにせ男は這って逃げようとするので、遅い。

 男の眼前に剣を突きつける。

「聞こえてますか? 後をつけられると、困る。困るんです」

 いよいよ男は土気色の顔で後ずさる。

 仕方なく、剣を持ち上げてみたが、男は今度こそ切られると思ったのか、ついにもう一度、気を失った。

 もう構っていても仕方ないので、僕は路地に男を置き去りにして、宿へ駆け戻った。

 荷物をまとめて、一泊もしていないのに、銭を払って宿を出た。

 村を出て、細い街道を進むが、それは古龍峡へ向かう道ではない。付近の地図は頭に入っているので、遠回りして帰るしかない。追っ手を撒くにはそれ以外にない。

 夜になった。明かりがない。そもそも、枝道のようなところで家もない。

 夜明けまで歩き続けて、また徹夜か、とちょっとウキウキしている自分に気づく。

 昼間、名前しか知らない村にたどり着き、そこで服装を変えた。剣もそうとわからないように荷物に入れた。支度が済んだら深夜まで休み、夜中に宿を発つ。

 翌日の昼間に、また小さな村に出る。誰も僕を知っている人もいないし、僕が知っている人もいない。

 追っ手はもういないようだった。さすがに追えなかったか。

 服装も荷物も変えないまま、脇道から山へ上がっていく。ここからは前と同じだ。人がたどった痕跡が可能な限り残さないように、進んでいく。

 方角を見失えば、山の中で迷う。人の出入りがまったくないので、もし迷えば、それきりだ。

 川に出て、水を飲んだ。冷えていて、美味い。その川を越えて先へ。

 傾斜が急になり、峰を越え、谷間を抜け、また斜面を上がる。

 日が暮れて、野宿とも言えない、ただ木の幹の根元に屈み込んで眠る時間を取る。目が醒めると、少しだけ体が楽になっているが、凝っているところもある。ほぐして、方位を確認し、歩みを再開する。

 そうしてもう一晩を山の中で過ごし、ついに見覚えのある場所にたどり着いた。

 あとは知っている道筋だ。

 どうにかこうにか、古龍峡に辿り着いたことに安堵している僕は、前方から歩いてくる人影に気づいた。





(第一部 了)

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