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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第九部 すれ違い
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9-7 逃げ

     ◆


 間合いが消え、切っ先が向かってくる。

 迎撃、弾き飛ばし、剣が翻る。

 次、弾く、次、弾く。

 火花が連続し、拮抗する。

 僕は今、自分の理科の実力を試していた。

 名前は「雨の構え」とつけていたが、自力で練り上げているので、未完成だ。

 とにかく超高速で連続攻撃を繰り出すが、短時間しか維持できない。呼吸を止めているし、体も限界を超えている。

 しかしこの理科以外に、電鳴の理科に対抗できる理科は僕にはない。

 超高速に超高速を当てる。

 お互いの剣がすれ違い、お互いの体が切り裂かれる。しかしどちらも浅い。

 まだ戦いは続く。

 どれくらいが過ぎたのか、僕にもわからなかったし、電鳴にもわからなかっただろう。

 甲高い音を立てて、剣が折れた。

 電鳴の剣。

 それでも彼が深く踏み込み、逆転の一撃を繰り出した。

 それよりわずかに早く、僕の剣が彼の胸を切り裂き、走り抜けている。

 最後の一振りで、電鳴の手に残っていた剣も弾き飛ばし、彼は緩慢に倒れ込み、動かなくなった。

 僕自身も体がよろめき、耐えきれずに倒れこんだ。

 きわどい勝負だった。

 速度はほとんど同じ、精度もほとんど同じ。

 何が明暗を分けたかは、よく分からない。持久力だろうか。しかし僕ももう、動けない。

 紙一重、運が僕に味方したようなものだ。

 横になったまま荒い呼吸をしていると、人の気配がした。起き上がると、そこには段葉と、彼の部下の二名が立っていた。部下の一人が灯りを持っていて、それが周囲を照らしていた。

「龍青殿、何ということを……」

 段葉の顔は、十分ではない灯りの中でも、強張っているのは明らかだ。

 どうにか立ち上がった僕の目の前で、倒れている電鳴に段葉が歩み寄り、かがんで脈を取っている。死んでいるだろう。彼から流れ出た血は、段葉の足元に達して、大きく広がっている。

 そっと手を離し、段葉が立ち上がった。

 こちらを見るその表情は、感情がうかがえない。

「あなたをこのまま放っておくことはできなくなった」

「僕は……」

 言葉が見つからない。でも、黙ってもいられない。

「切りたくて、切ったわけではない」

「私もあなたを切りたいわけではない。ただ、友の仇を打つ必要はある」

 そう言って、段葉がゆっくりと腰から剣を抜いた。

 避けられない戦い、なんだろうか。

 もしここで僕が逃げ出せば、段葉を切らなくて済むだろうか。

 それが一番賢い選択かもしれない。

 かもしれないのに。

 僕は剣を構えていた。

 段葉がじりじりと間合いを詰めてくる。お互いに一歩踏み出せば、剣が当たる距離まで、間合いは狭まった。

 僕の正眼に構えた剣に対し、段葉は上段に構えている。さすがに理力使いのことを知っている。速さが最も理力使いが苦手とするものだ。

 息が苦しい。先ほどの理科の影響で、呼吸が乱れたまま、整わない。この呼吸は段葉にも聞かれているだろう。

 呼吸を読まれるのは好ましくない。だけど、僕の肩の上下は抑えることができない。

 わずかに段葉が横に踏み出す。僕も踏み出し、両者はじわじわと円を描くように立ち位置を変えていく。

 半周して、守備隊の兵士が僕の背後に立つ位置になったが、遠い。それに段葉はそんな卑怯な手は使わないだろう。

 さらにお互いが進む。

 いきなり段葉が動いた。

 上段からの一撃、速い。

 僕は半身になってそれを避け、反撃を繰り出している。

 強く地面を蹴り、段葉が間合いを取る。

 ここで攻めるしかない。

 駆け寄りながら、引き寄せた剣を最短距離で繰り出す。

 が、段葉が何かを投げた。

 短刀。いや、投剣か。三本。

 こちらは踏み込みの姿勢で、避けるのが間に合わない。

 片腕を掲げると、衝撃と痛みが走る。理力が乱れ、姿勢もそれに伴い、乱れる。

 横薙ぎの一撃がくる。

 周到なことに、投剣を腕で防いだことにより、その腕が邪魔になって、僕には段葉の動きのほとんどが陰で見えていない。

 直感に頼るしかない。

 そして、ここで相手を倒すしかない。

 段葉を殺すのか? 頭の中で問いが爆発する。春来の顔、赤子の顔が頭を占めた。

 しかし、僕が死んでしまう。

 一瞬の中のさらに一瞬に、全てが、言ってしまえば未来が、凝縮された。

 脇腹を剣が走り抜けた。

 何かが宙に舞い、回転して落ちた。人の腕だった、剣を握っている。

 僕の目の前で、段葉が呻き、同時に液体が激しく地面を打つ。

 僕が数歩下がって、脇腹を押さえた時には、すでにぐっしょりと濡れ、血が足へと伝っている。

 理力の集中を高めるが、治癒には時間がかかる。あるいはそれまでに失血死する可能性もあった。

 段葉の部下が声を上げて、剣を抜いた。

 目の前にいる段葉は右腕を肘の上から失い、そこを押さえながら、こちらを見ていた。

 なんという言葉で表現できるだろう。

 憎悪、憤怒、それらの向こうで、諦めも見えた。

 僕は剣を鞘に戻し、脇腹を押さえながら走った。

 追っ手はすぐにはかからないはずだ。あの二人の兵士が、片方は段葉を介抱し、片方は屯所へ走るはずだった。

 僕は街を駆け抜け、とある場所へ駆け込んだ。

「遅い時間に来たかと思えば」戸を開けた寝間着姿の都風が、顔をしかめる。「怪我人になっているじゃないの」

「すみません、他に、頼れる場所もなくて……」

「上がりなさい。早く」

 すぐに僕は出産のためだろう部屋に連れて行かれ、寝台に寝かされた。

 都風は手早く傷を塗ってくれた。

「内臓はたぶん、大丈夫。もし死んだとしても、私を恨まないでね」

「いえ、これで十分です」

 手術の間に、だいぶ呼吸が落ち着き、理力の引用もできるようになった。治癒力を高めれば、このまま死ぬことはない。

 寝台の横の椅子に腰掛け、わずかに都風が声を潜めた。

「あなた、誰に切られたの? あなたの身のこなしからすると、並の相手はものともしない感じだけど」

「段葉殿です。行き違いがあって、電鳴殿を切ったために、段葉殿は仇を討つとおっしゃって」

 それはまた、律儀なこと。

 都風はそう言っただけで、明け方に呼びにきます、と立ち上がった。

「あなたはこの街を出た方がいいでしょう。私にはあまり繋がりはありませんが、夜逃げ、などと呼ばれる、言って見れば逃亡ですが、それを助ける男たちがいます」

「いえ、自力でどうにかしますから、お気遣いなく」

 少し何かを考えてから、都風は部屋の隅の戸棚へ行き、小さく紙に包まれた薬を寝台のすぐそばの卓においた。

「ここにある薬を、一日に一包みずつ、飲みなさいね。それでだいぶ楽になるはず」

「ありがとうございます」

「また明日の朝ね。何かあったら、そこの鐘を鳴らしなさい」

 確かに寝台の横に鐘が吊り下げられている。こちらにうっすらと笑みを見せ、都風は静かに病室を出て行った。

 一人きりになって、理力をより高めて、脇腹を意識した。

 明け方になる前、まだ薄暗いうちに僕は起き出して、自分の服が血まみれなのを確認し、それはどうしようもないと決めた。

 薬の包みをまとめて懐へ入れて、立ち上がる。もう脇腹は痛まなかった。

 剣を掃いて、外へ向かう。

 玄関から出ようとすると、そこに都風が立っていたのには、驚いた。

「まったく、難儀な人ですね、あなたも」

 そう言って都風が指差したところには、男性用の着物が畳んである。

「それに着替えて、出て行きなさい。私のことは考えなくていいからね」

 ゆっくりと都風が僕とすれ違い、奥へと去って行った。

 僕は頭を下げて素早く着替えると、そのまま外へ出た。

 まだ空気に残っている冬の冷たさが、頬をピリピリさせた。

 僕は夜の街を駆け出した。

 中央天上府に向かうしかない。

 一人だけで、誰も味方はいない。

 でも僕は、前に進むしかなかった。




(第九部 了)


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