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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第九部 すれ違い
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9-5 進まない調査

     ◆


 宿の部屋で、僕は夜の街を窓からぼんやりと見ていた。

「ほら、これでも飲みなよ」

 そう言って紅樹が差し出す湯飲みは、ほのかに暖かい。

 一口飲むと、生姜の辛さと柔らかな甘みがある。

「これは?」

「生姜を煮た汁に少しの砂糖と果物を絞ったものを入れただけ。でも美味しいでしょ?」

「うん、美味しい。ありがとう」

「元気が出てきたようで良かったわ」

 床に座って、紅樹がこちらを見上げてくる。

「私がこれからやることを伝えておくわ」

「うん」

「すぐに東方臨海府を出て、海岸沿いをくまなく探す。火炎が生きているにしろ、死んでいるにしろ、海岸に流れ着いているかもしれない。土地勘がないけど、やってみる」

 彼女の言葉には、しっかりと芯があり、力強かった。

「頼むしかできない。僕は先へ進むよ」

「そんな顔して言われても説得力がないわね」

 思わず口元が緩んでしまう。冗談を言って、僕を力付けようってことか。

「仕方ないよ。時間とともに、回復することを願う」

「火炎のこと、忘れようとしちゃダメよ。あんな奴もいたな、って、どこかで覚えていれば、あいつの亡霊があんたに力を貸してくれるかもしれない」

 火炎が死んだとは思えない、とはさすがに言えなかった。

 あの場面、嵐の海に放り出されて、火炎が生き延びる確率は、ほとんどゼロだ。

 でも何か、直感というか、何かが火炎の死を否定している。

 それを紅樹に話したかったけど、否定されるのが怖くて、言い出せなかった。

 一週間で戻るように努力すると言って、紅樹がもう立ち上がっていた。

「一週間って、夜だけしか動けないのに、どうするつもり?」

「協力者を雇うわ。そうすれば効率的だし」

「なら、これを持って行きなよ」

 僕は荷物の方へ行き、銀の粒が入った小さな袋を取り出した。受け取った紅樹は、中を検め、かすかに頭を下げた。

「あんたまで死なないでよね」

 そう言って、紅樹は窓から外へ飛び出し、地上でこちらに手を振ると、夜の闇の中に消えていった。

 僕は湯飲みの中に入っている甘い液体を飲み干し、窓を閉めた。

 少しだけ楽になったのを感じつつ、考えたのは、電鳴のことだ。

 彼はもう僕への興味を失っただろうか? いや、そうとも思えない。さっきは、明らかに僕を切るつもりだった。今更、剣を引くとも思えない。

 もし次に剣を向け合うことになれば、どちらかが、命を落とす。

 あの理科、翻弄の構えと彼が呼んでいた技は、要注意だ。

 こちらも理科を駆使しないと、倒せないだろう。

 頭の中で繰り返し、剣が翻るその筋を思い描いていた。

 いつの間にか朝になり、僕は平常心を取り戻していた。宿で朝食をもらい、守備隊の屯所へ向かう。すでに夜勤の兵士と昼番の兵士は、入れ替わっている。

 少し遅れて、段葉がやってきた。

「早いね、龍青」

「昨夜はお世話になりました、申し訳ありません」

「こちらこそ、いいものを見た。昨夜は眠れなかったほどだ」

 そんなやり取りの後、段葉は兵士に声をかけ、僕も含めて四人で街へ出た。

「呪術師の中にも協力的なものが大勢いるのです」

 歩きながら段葉が言った。

 彼は何でもない長屋に向かい、僕をそのうちの一室へ連れて行った。

 その部屋では老女が一人で内職をしているだけだ。その老婆が手を止め、段葉を見る。

「聖天か、何の用だ?」

 聖天、というのが段葉のあだ名らしかった。立派な名前だ。それだけの使い手という証拠と思える。

 少しも気にした様子もなく、段葉は、最近になって東方臨海府に入ってきた呪術師はいるか、と質問した。老婆は短く、「知らん」と答えて、内職に戻る。何か、縄をより合わせているようだ。

 銭を指で弾いて老婆に渡すと、さっさと段葉は外へ出た。

 そうしてその日のうちに、三ヶ所に立ち寄り、それぞれの住民に段葉はちょっとした金銭を渡すが、収穫は無いに等しかった。あるとすれば、呪術師の中でも協力的なものの顔と所在が分かったことくらいか。

「あまり派手に動くと、察知されますから、これくらいで今日は引き上げましょう」

 その一言で、四人一塊になって屯所へ戻った。

 あとは僕は彼らの動きを観察するだけで、やることは無い。

 夕方に昼番の兵士と一緒に帰っていいと段葉に言われた。

 何日か過ごすうちに、同じ時間で彼も帰る時は、夕食に誘われるようになった。断るのも気が引けたし、世間話の中で発見があるかもしれないと思い直し、ついていった。

 その誘いがない時は、遠慮しながらも都風の病院を訪ねたりした。

 都風はいつ働いているのか、大抵は書見をしていて、僕が顔を見せるとそれを閉じる。どうにも、書見の邪魔をしているような気がして、申し訳なかった。そのことを話すと、「書はいつでも読めますから」という返事だった。

 肩の傷を確認してくれ、もう大丈夫、と太鼓判を押してもらえた。

 理力の作用で治りが早かったはずだが、都風は何も言わなかった。何かを感じているのかもしれないし、事情に立ち入らないという心遣いかもしれない。

 そうこうしているうちに、一週間ほどが過ぎた。

 紅樹は戻ってこない。手こずっているのか、あるいは粘っているのか。

 段葉とは呪術師に私的に接触し、情報を集めるということをしているが、全く手応えがなかった。翼王の口にした言葉は嘘で、僕がただそれに踊らされているだけなんだろうか。

 翼王からすれば、時間稼ぎをする理由はないわけではない。父親を確実に殺すために、追いかけてくる僕を足止めさせれば、それだけの時間の余地が生じる。

 ただ、そんな小細工をするだろうか?

 僕がモヤモヤとそんなことを考えているうちに、僕の耳に入った噂があった。

 曰く、僕が呪術師をまとめ上げ、東方臨海府で大規模な事件を起こす。

 子どもの噂じみた、他愛のないものだけど、これがびっくりするほど広まった。事実、段葉とともに呪術師を訪ね歩いているわけで、呪術師と接触を取ろうとしているのも、事実だった。

 しかし悪意や害意があるわけではない。

「いずれ落ち着くさ。何も起きなければ」

 不安を滲ませていただろう僕に、段葉は穏やかにそう言った。

 屯所の兵士たちはそうはいかないようで、僕を敵視とまでではなくとも、常に警戒している。段葉だけが落ち着いていた。

 翼王について何もわからないまま、さらに四日が過ぎた夜、宿の部屋で横になっていると、微かな物音がした。窓を閉じている戸が叩かれたようだ。

 そっと起き上がって開けると、無言で紅樹が滑り込んできた。

「この建物は屋根裏が封鎖されていて、まったく、厄介だわ」

 ぼやきながら、紅樹は座り込んで、燠火になっている火鉢の前まで行った。今夜は特別に冷えて、宿の人が気を使って火鉢を出してくれたのだ。その時、この寒さがこの冬の最後の寒さでしょう、などとも言っていた。

 寒い〜、などと言いつつ、手をかざしていた紅樹がこちらを振り向く。

「実はちょっとした収穫がある。聞きたい?」

「それはもちろん」

 冗談を口にしようとしたけど、それ以上は何も言えず、僕も火鉢のそばに座った。

 じっとこちらを見てから、紅樹が行った。

「火炎が生きている可能性がある」

 僕はじっと火鉢を見て、息を吐き、それから紅樹を見た。

 彼女は真剣な顔で、こちらを見ている。




(続く)


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