表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第九部 すれ違い
61/118

9-4 理力対理力

     ◆


 僕は動かなかった。

 しかし、僕と電鳴の間で、瞬間、見えないものが衝突する。

 駆け出した電鳴が剣を振る。僕は地を蹴っていた。

 寸前までいたところを見えない刃が走り抜ける。受けていたら、体が二つになったかもしれない。

 空中にいる僕に、強い振りで電鳴の手が向けられる。

 こちらも片手を出す。

 理力同士のぶつかり合い。その反動でさらに空中を蹴るように舞い上がり、そのまま僕は建物の一つの屋根に音もなく降り立った。

 見上げてくる電鳴は、口元に愉快げな笑みを見せ、剣を構え直した。

「やめてください、僕にはあなたと戦う理由がない」

「くだらないことを言うな」

 ぐっと、電鳴が身を屈める。

「理力使いと剣を向け合うなど、そうあることではない」

 強く、地面が震えるほどに電鳴が踏み込んだ。

 彼の姿はすぐ目の前。

 僕は剣を立て、一撃を受け止める。

 ただの斬撃ではない、理力が乗っている。強烈な風圧。

 理力を行使し、強烈な衝撃を逃がす。

 ハハハッと笑い声をあげたのは、電鳴。鍔迫り合いをしつつ、しかし着実にこちらに剣を押し込んでくる。

「今の受けはなんだ? 理科だな? なんという名前だ?」

 答えないのはその余裕がないからだ。

 一度、強く剣を押し込み、跳ねるように地上へ。即座に追撃の刃が迫り、転げるように逃げ回った。

 距離ができ、唐突に電鳴が動きを止めた。僕は肩で呼吸しながら、じっと彼の剣の切っ先を見る。

 恐ろしいほど、光って見えた。

 命を消す、残酷な光。

「俺の理科を見せてやる」

 不意に、脱力するように電鳴が切っ先を下げた。

「名を、翻弄の構え、という」

 彼の姿が、搔き消える。

 すぐ横!

 向かってくる剣を跳ね返す。

 が、すぐ次が来る。早すぎる!

 背を逸らして目の前を切っ先が通過、空気が焦げる匂いを感じる錯覚。

 が、次の一撃はもっと早い。

 不自然だ。あの速度で剣を振って、あんなに早く切り返せるわけがない。

 だが実際に、僕に向かって剣が伸びてくる。

 ほんの瞬きほどもない、短い時間、僕は理力を高めた。

 全身に力が満ち、しかしそれを待たずに体を動かす。

 僕の剣が、電鳴の一撃を弾き、逸らす。だがすぐに次が来る、これも受ける。

 威力はそれほどではないが、速度が出ているので、その分が重さに変わってる。

 それよりも、一撃と一撃の間が短すぎる。

 足を止めて、打ち合うことに決める。

 理力が体の動きを加速させるが、いよいよ電鳴の連続攻撃は速さを増す。

 ギリギリのせめぎ合いになり、二人の間で火花がまるで連なって瞬く。

 しかし、長くは続かない。

 受けが、間に合わない。

 必殺の一撃が、僕の首元に伸びてくるのが見え。

 人の気配がした。

 一瞬で二人が冷静になった。

 電鳴が跳ねて距離を取り、肩で息を始める。相当に疲れているようだ。

 それを観察することもせず、僕は人の気配、というより微かな物音のした方を見た。夜の闇の中で、見通せない。僕は理力の使いすぎて集中が乱れ、その闇の奥を探れない。きっと、電鳴も同じような状況だろう。

 剣を鞘に戻すと、電鳴は去って行った。何も言わず、無言でだ。

 怒りに肩が震えていたようだが、どうだろう。

 僕もゆっくりと剣を鞘に戻した。

「段葉殿?」

 はったりでそう声をかけると、闇の奥から一人の男性が現れた。

 まさしく、段葉だった。

「凄まじい剣技だったな」そう言って、彼は微笑む。「どこで割って入るべきか、迷った。失敗すれば私が切られてしまう」

「お恥ずかしい」

 そう言うしかなかった。

 段葉はこちらに来て、月明かりの中で僕の体を見ている。

「電鳴は私には、理力のことを教えてくれました。もちろん、仲良くなったから、とか、信用して、ではなく、斬り合いの中でですが」

「彼の剣術を凌いだのですか?」

 思わず訊ねたのは、信じられなかったからだ。あれだけの高速剣術を一般人が防げるとは思えない。もしかして段葉も理力を使うのだろうか。

 薄闇の中で、段葉は小さく笑う。

「まさか、最初の二回をどうにか払いのけて、次で相打ちを狙いました。不完全な姿勢だったので、私は絶対に死んだでしょうが、五分五分で電鳴も死んだでしょう。彼は私の剣を避け、そこでお互いに認め合ったのです。もう一年は前になる」

 そんなことがあるだろうか。

 あの嵐のような連続攻撃を受け、最初とはいえ、受けた上で、冷静に相打ちを狙う?

 実は段葉という剣士は、凄まじい実力を持っているのかもしれない。

 彼はやっと僕の体から視線を外した。

「あれだけの超高速の動きの中で、少しも剣を受けないとは、あなたは普通ではない。龍青殿も剣術と理力を組み合わせるのか。電鳴のような使い手は、他にいないと思っていた」

「いえ、その……」

「深い事情は今は聞きません。いずれ、話して頂けると嬉しいと思う。今日はもう誰も声をかけないと思うが、宿まで同行したほうがいいかな?」

 その申し出は丁寧に断り、段葉とは翌朝、屯所で会う約束をした。

 東方臨海府の街、その斜面を下りつつ、頭の中には電鳴の事しかなかった。

 あんな使い手がいるのか。僕は間違い無く、段葉が割り込まなければ、死んでいた。

 あの斬り合いは、間違い無く、命を取りに来たものだったからだ。

 僕は果たして、電鳴に認められただろうか。

 それとも、いつでも切れる相手、と見られたか。

 一人きりで宿の前にたどり着いた時、部屋に入ると隅の方に腰掛けていた誰かが立ち上がった。

 一瞬、電鳴かと思ったが、もっと小柄だ。

「遅れてごめん」

 そういった声は、少女のそれだ。

 紅樹だった。

 こちらに歩み寄ってくる。疲労の色が隠しきれていない。

「紅樹、今、来た?」

「あんたの決闘を眺めてからね。潜んでいる男がいて、私は割って入らなかったけど」

 なんだ、見ていたのか。

「それで、火炎はどこにいるの?」

「ああ、その……」どう答えていいか迷いながら、言葉は自然と出た。「海に、落ちた。海賊に襲われてね」

 僕の前に立った紅樹を、真っ直ぐに見ることはできなかった。

「……冗談を言っている、という様子でもないわね」

「本当のことだよ。海賊の一人が、火炎に組み付いて、一緒に海に落ちたと聞いている。僕は別行動をしていて、見てないけど、でも、事実だと思う」

「あいつがねぇ……」

 それきり、紅樹は黙って、「まぁ、ゆっくり話しましょう」と僕を促した。

 何か、いろいろなことが起こりすぎて、頭が回らない。

 一日か、一晩でも、何も考えずにゆっくりと休みたかった。

「どうしたの? 龍青」

 こちらを紅樹が覗き込む。無意識に視線を逸らした。

「泣いているの? どうして?」

「泣いてなんか……」

 頬を雫が伝って、僕は自分が泣いていることを知った。

 歯を食いしばって、声だけは漏らさなかった。

 僕は立ち尽くして、繰り返し袖で目元を拭った。

 涙は次々と溢れて、なかなか、止まらない。

 そんなことも、悔しかった。

 僕は、弱い。

 それが急に、押し寄せるように心を打った。

 もっと強くなりたかった。




(続く)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ