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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第九部 すれ違い
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9-3 手加減

     ◆


 連れて行かれた場所は、離れた場所にある屯所だった。

「誰だ? そいつは」

 屯所の中にいた青年が立ち上がって段葉と僕の方へ来る。

「旅の剣士で、龍青殿だ。龍青殿、こちらは電鳴という男で、十人隊の隊長の一人だ」

 電鳴というらしい男は、胡散臭そうに僕を見ている。背が高いので、見下ろすようになっている。あまり気持ちのいい視線でもない。

「剣術を使うのか?」

 名乗るのでもなく、そう言われて、ちょっとたじろいでしまった。

「はい、使います。よろしくお願いします、電鳴殿。龍青と申します」

「何をよろしくなんだ? 段葉、説明しろ」

 苦笑いしつつ、段葉が説明する。呪術師を追っている、と聞いて、電鳴は顔をしかめた。

「それはお前の仕事の範囲だな。うちはそんなことに構っている暇はない」

「お前はそう言うと思ったよ。でも、龍青殿を見て、俺は感じるものがあった」

「つまり?」

「電鳴、お前とどこか似ている。そう思わないか?」

 これには僕はギョッとしたけど、電鳴は平然としていて、こちらを睨みつけた。

「段葉、お前の目もなかなか節穴じゃないな」

 そういったかと思うと、電鳴は屯所に戻り、剣を下げて戻ってきた。

「手合わせ願おうかな、少年」

 どう断ろうかと段葉を見るが、彼はニコニコしている。

 いったい、何を考えているんだろう?

「まさか逃げないよな? こちらへ来い」

 連れて行かれたのは屯所の裏で、たぶん稽古のためだろう、空間が開けている。

 僕が何も言わないうちに、電鳴はもう剣を抜いて、構えている。

 隙のない構えだ。僕は前に進み出て、しかし、剣を抜けなかった。

 切れるか切れないか、それとは別に、意味もなく他人を傷つける理由はない。

「どうした? 抜け。早く」

 急かされても、僕は剣を抜かなかった。

 いきなり、電鳴が間合いを詰めてきた。滑るような動き。

 強烈な懐かしさを感じつつ、パッと飛び離れた僕の胸を切っ先が掠める。

 着地と同時に、こちらから踏み込む。

 一瞬で電鳴とすれ違った。今度も彼の切っ先は、わずかに僕に届かない。

 何かを感じたのか、電鳴が動きを止め、じっとこちらを観察している。

 僕はまだ腰の剣を抜いていない。だけど、鞘には左手で触れていた。右手もいつでも動かせる姿勢だ。

 沈黙。その中で、ジリッと電鳴が地面を踏みしめる。

 刹那の中の刹那で、両者がすれ違う。

 足音も気迫も、剣が風を切る音も、全部が遅れて聞こえた。

 ゆっくりと僕は振り返り、痛みに顔をしかめて左肩を手で押さえた。右手がすでに血で濡れている。浅いが、確かに切られた。

「つまらん」

 僕の見ている前で、振り返った電鳴が音高く剣を鞘に戻した。

 彼の服の左肩が裂けている。だけど血は流れていない。

 僕の方が遅かったか。あるいは、筋を見極められた。

 並みの使い手じゃないのは確かだ。僕には彼の剣筋を数回とはいえ、見ることができた。その分だけ、見極めるという要素に関しては、絶対的に有利だった。その見極めを最後の一瞬、超えてきた。

 それでもまだ全力じゃないだろう。

 直感的にそれがわかった。

「すごい技だな、君たちは」

 段葉が歩み寄ってきて、間に入るように立った。電鳴はもう屯所の方へ歩き出していて、一瞬、段葉とすれ違う時、視線を交わしていた。電鳴は口を一文字にしていて、瞳がぎらついている。段葉も張りつめた気配だが、こちらを向いた時には、もう平静に戻っていた。

「傷は深くないか?」

「ええ、しかし病院に行きます」

「そうか。しかしなぁ」

 段葉がしげしげとこちらを見る。

「私にはきみの居合が見えなかった。いつ抜いたのか、いつ納めたのか、全てが一瞬で終わってしまった」

「しかし電鳴殿の方が速かった。僕は切られて、彼は服だけでしたし」

「あの男が傷を負ったところを、私たちは誰も見たことがないのだよ」

 そんな人だったのか。驚きつつ、何か納得するものがあった。

 電鳴の剣の筋は、僕には身に覚えがあるもので、つまり、それが答えなのだ。

 段葉は詰め所に戻ると言って、僕と別れた。僕は他にあてもないので、都風の病院に向かった。助産師が傷を縫ってくれるかは、よくわからなかったけど。

 訪ねると、やはり都風は書類の束を繰っていて、僕が顔を出すと、少し笑って見せた。

 しかし僕の怪我を見ると、真面目な顔になり、丁寧な様子で素早く縫ってくれた。

「誰に切られたんです? 切り口には相応の実力が見えるけれど」

「ええ、その、立ち合いを求められて、お互いに手加減はしたと思いますが、こうなりました」

「相手に怪我をさせたのですか?」

「相手に僕の剣は届きませんでした。つまり、僕が負けたのです」

 あらあら、と言いつつ笑って、包帯を巻いてくれた都風は、ちょっと真面目な顔になった。

「剣士というのも、因果なものですね。他人を傷つけないと、実力がわからないとは」

「剣そのものが、そういうものですから」

「何かを失うこと、損なうことが、宿命とは、愚かしい」

 数年前のことが、唐突に意識に蘇った。

 愚か、か……。

「どうしましたか? 龍青殿?」

 顔を覗き込まれて、はっとした。どうにか、笑みを見せることができた。

「なんでもありません。以前に、人間の愚かさを話してくれた方がいましたので」

「あなたを愚かといったわけではないのですよ」

「ええ、それは、はい……」

 都風はそれからお茶を出してくれて、世間話になった。段葉の世話になることにした、と話すと、それがいいでしょう、と彼女は頷いていた。

 いつの間にか時間が過ぎ、夕飯を食べて行きなさい、段葉には伝言を頼むから、と言われて、その言葉に甘えて、夕方までそこに滞在していた。

 夜になり、「帰り道、気をつけて」と送り出された。

 ここのところ、こんな場面が多いのだ。みんな、僕によくしてくれる。僕はそんな人たちに、何を、どういう形で返すことができるだろう。

 夜の街並みは静まり返っている、主要な通りの方から人の喧騒は聞こえるが、僕はそれを避けるように、脇道を抜けて行った。土地勘はまだないが、下へ降りていけば、もう覚えた街へ出るだろう。

 通りに出たところだった。

「待て」

 声をかけられて、振り仰いだ時には、頭上からの一撃が落ちてくる。

 飛び離れて、剣を抜いた。

「さすがの反応だな」

 そこにいたのは、電鳴だった。

「何をするのですか、電鳴殿」

「ここなら本気で手合わせができる。そう思っただけだ。誰の目もなければ、力を使えるだろう。違うか?」

 言葉と同時に、ぐっと電鳴がこちらに手を突き出した。

 見えない衝撃が僕を跳ね飛ばす。空中で姿勢を取り戻し、通りを形成する家の壁に、足から柔らかく着地し、地面に降りる。

 今の力は、理力だ。

 昼間、剣を合わせた時に感じたことは、やはり間違いではなかった。

 彼の体の使い方は、僕と似通っている。あの理力の先生たちから受けた稽古と同質のものを、電鳴も受けたのだと、僕は直感していた。

 だから、彼が理力を使うのは、不自然ではない。

「誰に教わったのですか?」

 それだけが不思議だった。師匠ではないだろう。別の理力使いか。

「知りたければ」

 電鳴が笑う。

「力尽くで話させてみろ」

 そう言って彼が構えた剣が、月光を微かに照り返した。




(続く)


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