表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第九部 すれ違い
59/118

9-2 協力者

     ◆


 都風からの書状を受け取って、段葉は何か考え込み、顔を上げた。

「呪術師や呪術の取り締まりを、私の十人隊は請け負っています。今までに何人かも、摘発しているので、お力にはなれるかもしれない」

「そう、ですか」何か、重荷が肩から降りた気がした。「ありがとうございます」

「それで、何という者を追っているのですか?」

 名前を口にするのは躊躇われたが、言わないわけにはいかない。

「翼王」

「……翼王?」

 わずかに段葉が目を見開き、こちらに乗り出した。

「名前を聞いたことがある。大勢の人間に呪術を施している。この街にいるのですか?」

「よくわからないのです。どこにいる、という様子でもなく、どこにでもいる、というか……」

 眉間にしわを寄せた段葉が何かを考えていたが、すぐに頷く。

「呪術には、様々な要素が含まれている。複数のところに同時に存在する。それも可能なのかもしれない」

「肉体がない、という話も聞きました」

 これは信じてもらえないだろうと思っていたけれど、段葉は微かに顎を引いた。

「なんでも起こる、というのが呪術ですね」

「信じてもらえるのですか?」

「え? あなたは私に嘘を吹き込んでいるのですか?」

 とんでもない、とこちらが恐縮してしまった。

 そこへ春来が食事の膳を運んできた。もう夕食か。立ち上がろうとすると「ご用意しましたから」と言われてしまった。段葉も「一緒に食べましょう」と誘ってくる。

 どうしても断り切れなかった。僕もどうやら、火炎がいないことが堪えていたようだ。誘いを受けてしまった。

 三人で食事になる。赤子は眠っているのだろうか。

「龍青殿には、どこか不思議なところがある」

 食事をしながら、段葉がそんなことを言った。

「どなたに武術を習われた? 体の動きは、明らかに武人のそれだ。相当、使うのでしょう?」

「それほどではありません」

 謙遜ではなく、自然と力を隠してしまう、相手に悟られないようにしてしまうのは、あまり好きな習慣ではない。でもやめらないのだった。

「段葉殿の動きも、洗練されています」

 僕がそう言うと、クスクスと春来が笑い出した。

「龍青殿を前にしては、旦那様も形無しですね」

 眉をハの字にして、段葉も笑っている。

「これでも東方臨海府で五本の指に入る使い手と言われているのだ」

 やっと失言に気づいた。

「失礼しました。あの、忘れてください」

 頬が熱くなり、俯いてそれを隠した。

「私の剣術は実戦剣術で、あまり洗練されていないのです。その辺りで、龍青殿は私の力量を見誤ったのでしょう。もちろん、龍青の判断が正しく、私は井の中の蛙で、実は大した腕ではないのかもしれないが」

 段葉が声に出して笑い、春来も笑っている。僕だけが恥ずかしがっていた。

「それで」段葉が目尻を指先で擦るようにしてから、訊ねてくる。「龍青殿は、どこで?」

「山の奥で、修行をしました」

「山の奥? 一人で?」

「師に恵まれておりました」

 あまり段葉にも想像できなかったようだし、春来も不思議そうにしている。

「いつか、立ち合ってみたいものですね。いかがですか?」

 そう言われて、僕は首を振って「あまり自信もありません」と答えた。

 答えてから、自分が本当に弱っていることに気づいた

 理力使いは、自信を失えば、それで終わりだ。出来ると思えば出来るが、出来ないと思えば出来ないのだから。僕はどうやら、気力を失っている。

 食事は続き、段葉と春来が赤子について話をしていた。

 だいぶ遅くなってから、「宿を取ってありますので」と屋敷を出た。見送りに来た段葉が「お気をつけて」と笑った。

「これからしばらく、お世話になります」

 頭を下げると、お気遣いなく、という柔らかい返事があった。

 もう一度、頭を下げ、屋敷を離れ、街を斜面の下の方へ進んでいく。

 家々の間を抜けて行った時、何かが背筋を撫でた気がした。

 反射的に振り返るが、何もいない。人気もない。

 なんだ? 勘違いではない。間違いなく何かがそこにいた。

 逃げたか、あるいは、僕を振り返らせること、僕に存在を意識させることが目的か?

 腰の剣の柄に手を置いたまま、じっと周囲を伺う。やはり誰もいない。

 姿勢を戻し、足早に斜面を降りた。宿にたどり着き、部屋に入っても、どこか落ち着かなかった。

 誰かに見られている気がする。

 戸を閉め、明かりも消した。

 布団に入って、しかし目を閉じずに、闇を見透かしていた。

 人の気配はない。誰も見ていない。

 僕はどうも、いよいよ参っているのかもしれない。頭から火炎のことが離れない。

 じっとしているうちに、浅い眠りがやってきて、しかしぼんやりとした夢の中では、雨が風とともに吹きつけ、波が押し寄せてきた。

 はっとすると、まだ闇の中に自分がいる。

 眠りはなかなか深くならず、そんなことを繰り返しているうちに、外で鳥が小さく鳴き始めた。起き出して戸を開けると、まだ冷たい空気が流れ込んだ。

 朝食を食べに街に出て、開店準備ができたばかりの店で、穀物の粉を練ったものの小さな塊の入った汁を頼み、素早く食べた。

 もう昨日の夜のような視線は感じない。

 そういえば、紅樹はどこにいるのだろう? まだ東方臨海府まで辿り着いていないかもしれない。彼女は陸路でここへ来る約束になっている。

 昨日の視線は、少しだけ紅樹に似ているけど、あんな敵意のようなものは、紅樹は発さない。

 なら、呪術を身に受けたものが、僕を見ていた?

 答えの出ないまま宿に戻ると、宿の前で段葉が待っていた。

「もう朝食を済ませたのですか?」

 こちらから訊ねると、ええ、と段葉が頷く。

「子どもが朝早くから泣くので、妻も私も、早く起きるのです。では、守備隊の屯所へ行きましょうか。ここで待っています」

 素早く宿の部屋に戻り、身支度をして外に出ると、段葉はゆったりとした佇まいで、そこにいた。

「お待たせしました」

「では、行きましょうか」

 そうして僕は東方臨海府の一角にある守備隊の屯所に案内された。六人ほどが詰めていて、段葉が話をしている感じでは、そのうちの三人は夜勤で、これから帰るようだ。

 僕が紹介され、彼らも名乗った。

「どういう剣を使うか、興味があるな」

 六人のうちの一人がそう言ったけど、段葉が「無礼だぞ」と冗談っぽく言うと、その兵士も苦笑いして引き下がった。

 そのうちに後から三人来て、やっと三人は仕事を終えたようで、帰って行った。

 屯所に段葉とその部下の五人、そして僕になった。屯所では書類仕事があるようで、三人は机に向かっている。

 段葉が、「力になる男がいます」と僕に言ったのは、昼食後のことだった。ちなみに昼食は出前が運ばれてきていた。

「誰です?」

「別の十人隊の隊長です。面白い男ですよ」

 そんな具合で、段葉は僕を連れ出した。




(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ