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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第八部 嵐の海
57/118

8-7 責任

     ◆


 例の砂浜で、俺は五人の男に囲まれていた。

 全員が木の棒を持っているが、彼らの持っている棒は短い。

 何の合図もなく、五人が打ち掛かってくるが、俺は即座に全員を棒で叩き潰した。

 一人だけ立っている俺の周りで、男たちが呻きつつ起き上がる。

「さ、もう一回だ」

 俺の言葉に、ゆっくりと五人が立ち上がる。

 もう一度、同じことが繰り返された。

「船の上じゃこうはいかないんだがな、兄さん」

 海賊の一人がそう言ってくるのに、俺は思わず笑うしかない。

「俺は海賊じゃないしな。でも、船の上での剣術は稽古にはなる」

 今日は浜辺にいるが、交互に陸地と船上での訓練をしている。人数構成は変えずに、俺が一人乗っている船に、五人が次々と飛び移ってくる、という場面が想定されていた。

 船は小さく、一対一が基本になるが、一人は打ち倒せても、その時には船はものすごく揺れている。それもそうだろう、船の上で人が暴れているのだ。

 そうして俺がまごついているうちに二人目が来る。これをどうにか打ち倒せても、三人目は無理だ。短剣代わりの短い棒が俺を打ち、いつも海賊は悪ふざけをして俺を海に突き落とす。

 そんなわけで、陸地では俺、船の上では海賊、と有利不利がはっきりしていた。

 これでも船の上での戦いには慣れたつもりでも、あの揺れだけはどうしようもない。海賊たちと稽古をしていると、彼らには独自の重心の制御法があるとわかる。

 俺が身につけられるかは不明だが、その重心を自在に操る動きこそが、波の揺れや、船自体の揺れをうまく吸収し、均衡を保っているのは、事実だろう。

 稽古を始めた頃、俺は船の上では一人も倒せず、あっさりと海水に落っこちていた。

 休みの時間に海賊たちに訊ねると、特に訓練をしたわけではなく、自然と身についた、という。そもそもこの他の船を襲撃する海賊たちは、幼い頃から小舟を操っていたという。

 なら、船の上に慣れているのもわかる。平衡感覚の鍛え方が並ではない。

 今日は浜辺での訓練なので、俺がひたすら海賊を打ち倒した。彼らは連携するようになっていて、俺もヒヤリとする場面はあるが、おおよそまだ余裕を感じる。

 いつの間にか出来上がっている海賊との信頼関係に、不思議なものを感じつつ、昼飯時になったので、集落へ戻ることにした。

「今度釣りにでも行きやしょう、兄さん」

 海賊の切り込み隊の中でも、一番若い男が声をかけてくる。名前は、法育という名前だ。海賊たちは俺より年上の奴でも、俺を兄さんと呼ぶが、法育は俺より年下の十七歳だ。それで切り込み隊長なわけで、実際、他の奴らよりは腕が立つ。度胸もある。

「釣りか、あまり得意じゃないしな」

「船の揺れを体感するのが大事なんですって」

 それもそうかもな、などと言っていると、集落にもう着いている。広場で炊き出しが行われ、既に数人の男が食事を始めていた。この集落では、序列のようなものはない。海楼も誰とでも話すし、相手も海楼に激しく意見を言う場面も多い。

 俺と五人の海賊で、魚肉の団子の入った汁を受け取り、車座のように座って食べ始めた。

 話の内容は武術についてだが、海賊たちは俺が船の上であまりに情けないせいか、船上での戦いのコツについて、ああだこうだと議論している。

 武術とは違い、体系だったものがないせいで、それぞれにそれぞれの理屈があるのは、面白い。

 と、俺の背後に誰かが立ち、海賊たちは話を止めた。

 振り返ると、二十代だろう男が立っている。髭が長い。

「お前が火炎だな?」

 ああ、と頷く、男が「剣を取れ」と短く言った。

「俺はお前に殺された厚保の弟で、厚辛という」

「敵討ちか?」

 俺が立ち上がろうとすると、隣にいた法育が俺の腕をつかむが、そっと外した。立ち上がって、厚辛と向かい合う。

「命を無駄にしない方がいい、厚辛。兄の代わりに働き、長く生きろ」

「命を奪ったお前が言うのか!」

 怒鳴ると同時に厚辛が腰の剣を抜いた。俺は地面に寝かせていた自分の剣を蹴って跳ね上げ、掴んでいる。

 場の空気が緊張したのも一瞬、厚辛が声をあげて突っ込んでくる。

 殺すこともできた。

 でも俺はそれを選ばなかった。

 相手の剣を跳ね上げ、そのまま飛ばす。蹴りを厚辛の胸に叩き込み、それで相手は背中から地面に倒れた。跳ね飛ばした剣が俺の手元に落ちてきて、掴み止めた。

「これで終わりだ、厚辛」

 まだ死んでいない、とようやく聞き取れる声で叫ぶと、厚辛が跳ね起きようとした。

 だが、横から飛び出してきた誰かが、厚辛に覆いかぶさるようにして、彼を抑えた。

 相金だった。

 彼女はもう泣いていない。射るような視線で俺を見て、黙っている。

 泣き出したのは厚辛だった。相金は厚辛が戦意を失ったのを確認し、手を貸すと、二人で離れていった。俺の手に残っている剣は、やる場所もなく、無駄に地面に突き刺しておいた。

 車座に戻ると、法育が小さい声で言う。

「俺たちは命がけでやっているんだ。死ぬのも怖くない、死なれるのも怖くない、そういうもんじゃないのかな」

 海賊たちは誰も答えずに、団子を口に運び、汁を飲んだ。

「お前が死んだら、みんな悲しむだろうさ」

 沈黙に耐えきれなかった、という経験はあまりないが、俺はそう言っていた。

 法育や海賊たちが俺を見る。それをぐるっと見回した。

「全員がそうだ。死ねば誰かを悲しませる。それだけは覚えておけ。立派に死ぬ、勇敢に死ぬ、それも一つの選択だし、あるいは尊いかもしれない。だが、悲しみは残る。怒りも、憎しみもだ。もっとも、死んだ奴は死んでいるわけで、責任も取れなければ、弁明もできないんだが」

 俺の最後の言葉がおかしかったのは、数人が小さく笑った。

 よく考えておきます、と法育が小さな声で言った。

 それから毎日、俺は法育の部下たちと訓練を重ね、船の上での戦いや、小舟の操り方も教わった。

 心の中には、龍青のことがちゃんとある。

 だが、俺が殺してしまった海賊の、その家族への償いというものも、どうしても心の大きな部分を占めていた。

 自分がそんな善人だとは思っていなかったし、殺した人間も大勢いる。その大勢の全部を見渡しても、俺がその死に責任を感じたことはなかった。

 まるで急に自分に心が蘇ったようで、落ち着かないが、あるいはこれが普通なのかもしれなかった。

 冬になり、海が一層、荒れ始めた。それでも海賊たちは時折、仕事に出かけて、俺は女たちと一緒に集落で待っていた。ワカメや昆布などが売れるそうで、それをいじって時間を潰した。

 今頃、龍青は東方臨海府に着いているだろうか。

 やるべきことをちゃんとやれていればいいのだが。

 男たちが帰ってきて、一人も欠けていないのを知り、俺も女たちと一緒に安堵した。

 冬も終わろうかという時、海楼が声をかけてきた。

「助けて欲しいことがある」

 場所は砂浜で、俺は海賊の切り込み隊の連中と稽古をしていた。

 今まで、俺は自分が海賊になったとは思っていなかったが、いよいよ心を決める時らしい。

「やれることなら、やりますよ」

 そう答えると、海楼は小さく頷いた。




(第八部 了)

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