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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第八部 嵐の海
55/118

8-5 女たちの村

     ◆


  昼飯になったが、やはり男はいない。女は十代から三十代ほどだ。年寄りがいない、という見方もできそうだ。

 子どもは数人いて、その中には少年もいるが、十歳にも届かないだろう。

 食事は饅頭が蒸されて出てきたが、今までに食べた饅頭とまるで味が違う。二つに割ってみると、中に入っているのは魚肉らしい。

 海も近いし、魚はいくらでも取れるのかもしれない。

 食事になると、女たちはおしゃべりを始めた。それを俺はただ聞いていたが、女のうちの一人が話題を振ってきた。

「あなた、どこから来たの? 漁師じゃないわよね?」

 女たちがクスクスと笑う。なぜだ?

 あぁ、と応じつつ、なかなか腹が満たないので、もう一つ、饅頭をもらえるかしか、頭になかった。

「船に乗っていたんだが、落っこちてね」

「船? いつの話?」

「気を失っていたんでね、日付はわからないよ。ただ、ものすごい嵐だった」

 三日は前ね、と女のうちの一人が言った。こちらに饅頭が手渡される。

「ありがとう」

「どういたしまして。三日前に大嵐があったのよ。その時だと思うけど、船が沈没したの?」

「いや、それは……」

 どう答えるべきか迷ったが、俺は今も剣を携えている。ただの漁師ではないのはそれだけでも見ればわかる。そうか、さっきの質問は冗談か。

 俺は誤魔化していた、無意識にだ。

「海に慣れていなくて、放り出された」

「え? あなた、どこから来た?」

「西の方だ」

 女たちが急に盛り上がり始めた。西には海がないんでしょ? とか、どこまでも続く砂浜があるって本当? とか、そんな具合だ。どれくらいの時間をかけてここまで来たのか、そんな話もあった。

 俺は話せることは話し、黙っていることは黙ってることにした。

 饅頭はさらに一個と言わず、三つほど出てきて、助かった、満腹だ。

 ずっしりと疲れが意識されて、「休ませてくれ」と頼むと、例の若い女が建物の一つに招き入れてくれて、布団を出してくれる。

「悪いな、少し眠る」

「お好きに。ただで泊めるわけにもいかないけどね」

「金がないんだ。働いて返すよ」

「働けるかしらね、あなたに」

 意味深な口調で言われたが、俺はもう半分、眠っていた。答える前に、眠りに落ちた。

 夢の中で、船が海を進んでいく。嵐は収まっていた。甲板に龍青が立っている。遠くを見ているようだ。こちらからは手が触れられそうなのに、宙を漂っていて、できない。声も聞こえない。届きもしない。

 はっと目が覚めると、もう俺は家の中の一間に戻っていて、外は夕日が射している。

 起き上がり、剣を携えて外に出ると、女たちは海草や、それを選り分けるための板や籠を片付けている。

「男はどこにいるんだ?」

 近くにいた女に訊ねると、「出稼ぎです」という返事だった。

「帰ってこないのか?」

「明日には帰ってくると思います」

 明日には、か。遠くまで稼ぎに行っているわけではないのか。

 若い女がやってきて、

「名前を聞いていいかしら?」

 と、口にした。

「お互い、名前を知らないと不便だしね」

「俺は火炎と名乗っている。あんたは?」

「私は李李です」

 李李が微笑んで、そういえばと俺は急に思い出した。

「あっちに砂浜があるよな。あそこに流れ着いたんだが」

「ええ、小さい浜があるわね」

「俺と一緒に流れ着いた奴がいる。死んでいるんだが、放っていおいていいだろうか」

 ピタッと女たちが口を閉じた。

 不自然に思う間もなく、李李が低い声で言った。

「あなたの仲間?」

「いや、海賊だと思う」

 その一言は劇的に作用した。

 数人の女が荷物を足元に置くと、駈け出す。先頭は李李だった。俺も後を追っていく。

 林の中に入り、走り抜けると、そこが砂浜だ。

 地平線が美しい。女たちが、例の死体に群がっていた。

 急に泣き声が聞こえたので、驚いた。知り合いなのか? 海賊が?

 少し離れて待っていると、女たちの数人が集落の方へ戻り、すぐに板を持って戻ってきた。黒装束の死体が板に載せられ、集落へと運ばれていく。

 残った女たちが、何も無くなった砂浜で、祈りを捧げている。それも俺は見ているしかない。

 李李が立ち上がり、こちらへやってくる。

「あなた、海賊に襲われたの?」

「まあ、なんだ、その通りだ」

「誰か殺した?」

 急に李李の瞳に攻撃的なものが宿り、俺も睨み返す。

「襲ってきたのはあいつらだ。戦うのは自然なことだよ」

「殺したわけね?」

「二人ほどね。片方はさっきの奴だ。危うく俺が死ぬところだった」

 しばらく睨み合ってから、はあ、と李李がため息を吐いた。

「男たちが帰ってくるまで、その話は集落ではしないで」

 さすがに俺もピンと来た。

「あんたたち、海賊の関係者か」

 当たり前よ、と李李がこちらを睨みつけた。

「私たちは、海賊の男たちの妻や娘よ。ここで男たちを待っているの。すぐ帰ってくるわ」

 それはまた、俺も運が悪い。

「逃げ出してもいいかな?」

「あなたは逃げそうにない、と私は見ているけど?」

「正しく」

 砂浜で俺たちはまだ睨み合っていた。

「小さい船でも借りられるかな、東方臨海府に向かっている相棒がいる」

「あなたが漕いで行くわけ?」

「まぁ、不可能でもあるまいよ」

 不可能よ、と李李が嘲笑った。そして身振りで俺を集落へ来るように誘った。

「男たちが帰ってくるまで、集落にいればいいわ。私たちには何も決める権限がない。全部は男が決めるの。あなたは殺されるかもしれないし、あるいは、船を借りられるかもしれない。全部、男が決めるわ」

「いざとなったら俺を守ってくれよ」

「馬鹿を言わないで」

 どうも、俺への歓迎のは打ち止めらしかった。

 集落に戻ると、例の海賊の死体を真ん中に、女たちが祈祷をしていて、火が盛んに焚かれていた。

 夕闇が夜の闇に変わり、俺はじっと様子を観察した。

 女たちは入れ替わりたちから、祈祷を続ける。このまま一晩、過ごすのかもしれない。

 離れたところで、俺はその様子をずっと、真剣に見ていた。いつ終わるともしれない祈祷だったが、焚き火が闇夜を押し返す力が弱まった時、すでに周囲は朝になっていた。

 長い夜だった。

 女たちが祈祷を終えて、死体は広場の真ん中に置かれ、数人の女がどこかから花を摘んできて、供えている。さらに酒や食事も用意され、死体のそばに置かれた。

 その日の昼間、男たちが帰ってきた。女が飛びつき、大声で何かを話し始める。男たちは血相を変えて、まだ横にされたままの死体に歩み寄り、やはり短く祈祷をした。

 周囲にいくつか指示を出していた大柄な男が、こちらにやってくる。俺は立ち上がった。背丈は同じくらいだ。

「あんた、名前は?」

「火炎」

 よろしくとか、握手とか、そういうのはない。

 それ以前に、他の男たちが殺気立っている。

「話を聞こうか、火炎」

 俺は肩をすくめて、彼に従って家の一つに入った。

 女たちの、冷たい視線を感じた。




(続く)


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