8-5 女たちの村
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昼飯になったが、やはり男はいない。女は十代から三十代ほどだ。年寄りがいない、という見方もできそうだ。
子どもは数人いて、その中には少年もいるが、十歳にも届かないだろう。
食事は饅頭が蒸されて出てきたが、今までに食べた饅頭とまるで味が違う。二つに割ってみると、中に入っているのは魚肉らしい。
海も近いし、魚はいくらでも取れるのかもしれない。
食事になると、女たちはおしゃべりを始めた。それを俺はただ聞いていたが、女のうちの一人が話題を振ってきた。
「あなた、どこから来たの? 漁師じゃないわよね?」
女たちがクスクスと笑う。なぜだ?
あぁ、と応じつつ、なかなか腹が満たないので、もう一つ、饅頭をもらえるかしか、頭になかった。
「船に乗っていたんだが、落っこちてね」
「船? いつの話?」
「気を失っていたんでね、日付はわからないよ。ただ、ものすごい嵐だった」
三日は前ね、と女のうちの一人が言った。こちらに饅頭が手渡される。
「ありがとう」
「どういたしまして。三日前に大嵐があったのよ。その時だと思うけど、船が沈没したの?」
「いや、それは……」
どう答えるべきか迷ったが、俺は今も剣を携えている。ただの漁師ではないのはそれだけでも見ればわかる。そうか、さっきの質問は冗談か。
俺は誤魔化していた、無意識にだ。
「海に慣れていなくて、放り出された」
「え? あなた、どこから来た?」
「西の方だ」
女たちが急に盛り上がり始めた。西には海がないんでしょ? とか、どこまでも続く砂浜があるって本当? とか、そんな具合だ。どれくらいの時間をかけてここまで来たのか、そんな話もあった。
俺は話せることは話し、黙っていることは黙ってることにした。
饅頭はさらに一個と言わず、三つほど出てきて、助かった、満腹だ。
ずっしりと疲れが意識されて、「休ませてくれ」と頼むと、例の若い女が建物の一つに招き入れてくれて、布団を出してくれる。
「悪いな、少し眠る」
「お好きに。ただで泊めるわけにもいかないけどね」
「金がないんだ。働いて返すよ」
「働けるかしらね、あなたに」
意味深な口調で言われたが、俺はもう半分、眠っていた。答える前に、眠りに落ちた。
夢の中で、船が海を進んでいく。嵐は収まっていた。甲板に龍青が立っている。遠くを見ているようだ。こちらからは手が触れられそうなのに、宙を漂っていて、できない。声も聞こえない。届きもしない。
はっと目が覚めると、もう俺は家の中の一間に戻っていて、外は夕日が射している。
起き上がり、剣を携えて外に出ると、女たちは海草や、それを選り分けるための板や籠を片付けている。
「男はどこにいるんだ?」
近くにいた女に訊ねると、「出稼ぎです」という返事だった。
「帰ってこないのか?」
「明日には帰ってくると思います」
明日には、か。遠くまで稼ぎに行っているわけではないのか。
若い女がやってきて、
「名前を聞いていいかしら?」
と、口にした。
「お互い、名前を知らないと不便だしね」
「俺は火炎と名乗っている。あんたは?」
「私は李李です」
李李が微笑んで、そういえばと俺は急に思い出した。
「あっちに砂浜があるよな。あそこに流れ着いたんだが」
「ええ、小さい浜があるわね」
「俺と一緒に流れ着いた奴がいる。死んでいるんだが、放っていおいていいだろうか」
ピタッと女たちが口を閉じた。
不自然に思う間もなく、李李が低い声で言った。
「あなたの仲間?」
「いや、海賊だと思う」
その一言は劇的に作用した。
数人の女が荷物を足元に置くと、駈け出す。先頭は李李だった。俺も後を追っていく。
林の中に入り、走り抜けると、そこが砂浜だ。
地平線が美しい。女たちが、例の死体に群がっていた。
急に泣き声が聞こえたので、驚いた。知り合いなのか? 海賊が?
少し離れて待っていると、女たちの数人が集落の方へ戻り、すぐに板を持って戻ってきた。黒装束の死体が板に載せられ、集落へと運ばれていく。
残った女たちが、何も無くなった砂浜で、祈りを捧げている。それも俺は見ているしかない。
李李が立ち上がり、こちらへやってくる。
「あなた、海賊に襲われたの?」
「まあ、なんだ、その通りだ」
「誰か殺した?」
急に李李の瞳に攻撃的なものが宿り、俺も睨み返す。
「襲ってきたのはあいつらだ。戦うのは自然なことだよ」
「殺したわけね?」
「二人ほどね。片方はさっきの奴だ。危うく俺が死ぬところだった」
しばらく睨み合ってから、はあ、と李李がため息を吐いた。
「男たちが帰ってくるまで、その話は集落ではしないで」
さすがに俺もピンと来た。
「あんたたち、海賊の関係者か」
当たり前よ、と李李がこちらを睨みつけた。
「私たちは、海賊の男たちの妻や娘よ。ここで男たちを待っているの。すぐ帰ってくるわ」
それはまた、俺も運が悪い。
「逃げ出してもいいかな?」
「あなたは逃げそうにない、と私は見ているけど?」
「正しく」
砂浜で俺たちはまだ睨み合っていた。
「小さい船でも借りられるかな、東方臨海府に向かっている相棒がいる」
「あなたが漕いで行くわけ?」
「まぁ、不可能でもあるまいよ」
不可能よ、と李李が嘲笑った。そして身振りで俺を集落へ来るように誘った。
「男たちが帰ってくるまで、集落にいればいいわ。私たちには何も決める権限がない。全部は男が決めるの。あなたは殺されるかもしれないし、あるいは、船を借りられるかもしれない。全部、男が決めるわ」
「いざとなったら俺を守ってくれよ」
「馬鹿を言わないで」
どうも、俺への歓迎のは打ち止めらしかった。
集落に戻ると、例の海賊の死体を真ん中に、女たちが祈祷をしていて、火が盛んに焚かれていた。
夕闇が夜の闇に変わり、俺はじっと様子を観察した。
女たちは入れ替わりたちから、祈祷を続ける。このまま一晩、過ごすのかもしれない。
離れたところで、俺はその様子をずっと、真剣に見ていた。いつ終わるともしれない祈祷だったが、焚き火が闇夜を押し返す力が弱まった時、すでに周囲は朝になっていた。
長い夜だった。
女たちが祈祷を終えて、死体は広場の真ん中に置かれ、数人の女がどこかから花を摘んできて、供えている。さらに酒や食事も用意され、死体のそばに置かれた。
その日の昼間、男たちが帰ってきた。女が飛びつき、大声で何かを話し始める。男たちは血相を変えて、まだ横にされたままの死体に歩み寄り、やはり短く祈祷をした。
周囲にいくつか指示を出していた大柄な男が、こちらにやってくる。俺は立ち上がった。背丈は同じくらいだ。
「あんた、名前は?」
「火炎」
よろしくとか、握手とか、そういうのはない。
それ以前に、他の男たちが殺気立っている。
「話を聞こうか、火炎」
俺は肩をすくめて、彼に従って家の一つに入った。
女たちの、冷たい視線を感じた。
(続く)