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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第八部 嵐の海
53/118

8-3 海賊

     ◆


 瞬く間に海賊の船がすぐそばまでやってきた。

 何人いるのか、わからないが、船は少なくとも四隻は見えた。

 そこから鉤のついた縄が投げられ、鉤縄は鮮やかに甲板の淵に引っかかる。

 しかしそれを僕たちは次々と外したり、縄を切っていく。これには水夫も加わるが、次の動きがある。

 海賊の小舟から火矢が飛んでくるのだ。雨が土砂降りなのに、どうして火がつくのか、不思議だが、何か燃料になるものがあるのだろう。

 夜の闇を割いて光が飛び、船に突き立つ。燃え広がる前に、水夫たちが海水をかけるが、手が回らない。

 と、まず一人目の海賊が乗り移ってきた。護衛の一人が切りつけるが、ひらりと身軽な動きで海賊が避ける。

 その間にも二人、三人と乗り込んできた。

 僕は一人の剣を受け止め、押し返そうとするが、船が揺れるせいでうまく力が伝わらない。お互いにそっと押すような具合になり、間合いができた。

 火炎は何をしているのか、と思うと、器用に海賊と切り結んでいる。しかし海賊が優勢なようだった。身のこなしに差がありすぎる。海賊はこの大波にさえ慣れているようだった。

 一瞬、夜の闇の中で僕と火炎の視線がすれ違う。

 お互いに、甲板を蹴りつけた。

 僕は火炎の相手をしていた海賊に、火炎は僕が相手にしていた海賊に飛びかかる。

 相手は混乱したようだった。一度、打ち合い、剣が火花を散らす。

 グンと弧を描いた僕の切っ先が、海賊の胸を切り裂くが、浅い。

 海賊が甲板を転がり、僕は追いかけようとするが、やはり甲板の揺れが邪魔をする。海賊はそのまま転がって、甲板から転がり落ちていった。

 駆け寄って下を覗き込むと、海賊が泳いでいるのがチラッと見えたけど、すぐに闇に消える。

 火炎はどうしたか、と思ってみると、やはり海賊は仕留められなかったらしい。どこかいつもより力のない様子で火炎が剣を振るが、その覇気のなさからか、剣は空振りばかりする。

 その時、火炎の背後に海賊が一人、飛びつくのが見えた。手には短剣が光っている。

 僕は強く甲板を蹴り、瞬間、理力が僕に満ちた。

 船の揺れは、湖の上を渡る原理で、もしかしたら克服できるかもしれない。

 最後にわずかに乱れながらも、僕は体当たりで短剣を振りかぶった海賊を弾き飛ばす。驚いたように火炎がこちらを振り返る。

「勝手が違うな」

 お互いに背中を触れさせて、周囲を確認する。

「僕も同じような感想だよ。やりづらい」

「とりあえず海に叩き落としてやるか」

 船に乗っている僕たち以外の護衛の五人は、やはり連携をとって戦っているが、海賊はすでに甲板に六人が見える。火矢も散発的に飛んでくる。

 船が奪われる心配はないだろう。

 瞬間、足場が衝撃と共に大きく傾き、護衛の一人が弾き飛ばされるように宙に舞い、甲板の向こうに消えた。

 落ちたのだ。

 木材が激しく軋む音の中で、洪浮が叫ぶ。

「体当たりか! 沈ませるつもりかよ!」

 船は傾いたまま、ギシギシと波に揺れている。

 海賊たちは一糸乱れぬ動きで、水夫たちを襲い始めた。洪浮たちを抑える奴らは、相応の使い手だ。

 僕と火炎だけが、少しだけ余裕がある。海賊と一対一なのだ。

 海賊が二人ほど、船内に入っていくのが見えた。

「いったい、これからどうなるんだ?」

 火炎が僕だけに聞こえるように呟く。僕だってわからないよ。

 海賊が飛びかかってくるのを、即座にこちらから間合いを詰め、強引に剣を振るって弾き飛ばす。もう一人は火炎が相手をしているが、すぐに距離を取られてしまう。

 時間を稼いでいるのは、間違いない。

 何か、相手が嫌がることをしないと。

 決断は一瞬だった。

「火炎、一人で踏ん張ってくれ」

「え? なんだって?」

 そんな言葉を無視して、僕は傾く甲板を走り、その向こうに身を躍らせた。

 目の前に、真っ黒い海があるが、そこに、船が浮いている。

 火矢を構えた男が呆気にとられた顔で僕を見て、次の瞬間には彼を僕は踏み潰していた。明後日の方向に火矢が飛んだ。

 海賊の船で櫂を手にしていた男が立ち上がり、短剣を抜く。

 しかし僕が一薙ぎで首を割いて、男はくるくると回って海に落ちた。

 奪った海賊の船から踏んで倒した男を海に放り投げる。船自体は六人ほどは乗れそうだが、二人を残して僕たちが守る船に乗り移っていたらしい。

 海賊たちも僕が海賊の船を奪ったことに気づいたようだ。こちらに火矢が向けられる。船の中を漁ると予備のものらしい弓が転がっている。弦を張る間にも、矢が飛んでくるのを、そうとわからないように、こっそりと理力で逸らす。

 周囲に火矢が落ちる中で、僕はこれも船の中に落ちていた矢筒から、矢を引き抜く。素早く引き絞り、放つ。風を切る音がはっきり聞こえた。

 海賊の船の一つで櫂を漕いでいた男ががくりと脱力する。

 これはまぐれだ。波が激しすぎて、狙いが定められない。

 二本、三本と射ってももう当たることはなかった。海賊たちも僕を放っておくことにしたようで、距離を取るようにしている。

 漕ぎ手のいない櫂を手に、僕は輸送船へ近づいていく。海賊の船が二艘、輸送船に沿うようにしている。

 その二隻とは別に、もう一隻、ふた回りほど大きな船が、いつの間にか輸送船の側面に突き刺さっていた。それには大勢の海賊がいるようで、甲板に人の影がある。

 と、輸送船の甲板から何かが投げられ、それが海賊船に落下する。何を奪ったんだ?

 全部で六本ほどあるらしい櫂が水を押し、海賊船が輸送船から離れた。輸送船からは海賊だろう人影が次々と海に飛び降り、泳いで味方の船に向かっていく。

 びっくりするほど鮮やかに、海賊は撤収していく。

 僕にできることは、輸送船のすぐそばに近づき、どうにかこうにか、船にあった鉤縄を投げることだけだ。

 鉤が引っかかり、這い上がる。僕が空中にいる間から、仲間の水夫は上がっていくのが僕だと気づいているようだった。

 甲板まで上がると、水夫たちが何かまくし立てた。

「なんだって?」嵐はまだひどい、風が唸っている。「聞こえない」

「あんたの相棒が海に落ちた」

「……なんだって?」

「火炎という男が海に落ちた。探しているところだ」

 慌てて、甲板の縁に駆け寄り、海を見下ろす。

 夜の闇そのもののような闇に、人の姿はない。海賊でさえ、すでに見えなくなりそうなほど遠い。

「本当に火炎が落ちたの?」

 水夫がカクカクと頷く。

「海賊の一人ともみ合いになって、諸共に落ちた。相手は死んでいたと思う。あれだけ組みつかれたら、そう簡単には離れない。きっと、死体と一緒に沈んだと思う」

 そんな、馬鹿な……。

 僕はぼんやりと海を見るしかなかった。



(続く)


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