表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第七部 社会の構造
48/118

7-5 手合わせ

    ◆



 深夜、そっと起き出して、外に出た。

「待ってくれ」

 村を出ようとしたところで、声をかけられたけど、彼がそこにいるのを僕はちゃんと知っていた。驚きもせずにゆっくりと振り返る僕に、逆に相手が驚いているようだ。

「待ってくれ、龍青」

 そう言いながら、峰立が小屋の一つの陰から進み出てくる。月明かりの中で僕たちは向かい合った。

「僕がどこへ行くか、知っているんですよね、峰立」

「知っている。連中のところだろ?」

「そうです。あの盗賊から、取り返すものを取り返します」

 それをやめて欲しいんだ、と彼が小さな声で言った。

「何故ですか? あれは、この村のみんなが正当に手に入れたものだ。それを横から奪うことなんて、許されない」

「許されるとか、許されないんじゃないんだ。あれが彼らのやり口で、私たちの安全策なんだよ。今のままがずっと続けば、誰も損をしない。それでいいと私は思っている。平穏なんだ。今のままが」

 怒りが沸騰して、頭が破裂するかと思った。

「連中は何もやっていない! ただ甘い汁をすすっているだけだ!」

 僕の声が響き渡っても、峰立は無言でそこに佇んでいた。

 その頭がすっと下がり、深くこうべを垂れた。

「すまない、龍青。何もしないでくれ。頼む。頼む……どうか……」

 激しく巡る怒りが、僕の思考を塗り潰しかけていたけど、静かに頭を下げ続ける峰立を見て、ひやりと何かが心に差し込んだ。

 強く息を吸い、吐いた。空気と一緒に何かが体から出て行ったような気がした。

「彼らは何者なんだ?」

 ゆっくりと歩み寄りながら訊ねると、峰立が顔を上げ、しかし表情は夜闇で見えなかった。

「ならず者だよ。何年も前にこの近くに住み着いて、勝手に自警団を名乗って、私たちに見返りを求めてくる。確かに彼らが居座っていることで、他所から悪事を働きに来るものは減った。ただ、それはならず者同士が争って、金品を奪い合っているだけで、私たちにもいずれ、害になるかもしれない」

「追い払うべきだ」

「私たちにはそんな力はない」

 やってみればいい、と思ったけど、言葉にしなかったのは、荷車の前に立ちふさがった男たちが真剣を抜いていたからだ。

 あの剣で切られれば、傷を負う、場合によっては死ぬかもしれない。

 そんな場面に臨んで、実際に踏みこめるものは、少数だろう。それは僕でもわかる。

 二人ともが黙っているうちに、小さく峰立が息を吐いた。

「君と弟はウマが合うだろうね」

「弟?」

「峰河という名前で、年齢は十六歳になる。町で剣術の修行をしている。もう一年ほどになるかな。私より良くできた奴だ」

 初めて聞く話だった。峰立が天を仰いで、呻くように言う。

「この村は、あいつが継ぐべきなのに、あいつはここにいない。俺は文字も読めないダメな人間で、ただ体を動かせるだけ。ならず者に刃向かうこともできず、ただ言いなりになる。何が正しいのか、わからなくなるよ」

 それが峰立の本音だったらしい。

 しばらく夜の屋外に佇んでいて、どちらからともなく、小屋に戻った。

 それから数日後、また町へ野菜を売りに行った。荷車が空になる頃、「弟を紹介するよ」と峰立が僕を連れて行ったのは、小さな道場だった。

 道場だとわかったのは、そう看板が出ているだけで、玄関を抜けると、広い板敷きの間があった。そこで数人の男が棒で打ち合っている。倒れて動かないものを、立っている方が小突いて、立ち上がろうとすると、すぐに打ち倒し、また床に這わせた。

 あまり、というか全く、どういう意味のある稽古か、わからない。それが正直な感想だった。

 峰立と二人で黙って、眺めていた。と、倒れた男を打ち据えた男がこちらを見た。よく見ると僕や峰立とそれほど年の変わらない少年だった。

「兄上」滑るような足取りで、彼がこちらに来た。「そちらの方は?」

「龍青殿だ。今、村で助けてもらっている」

 いえ、こちらこそ、と僕が言うと、少年は穏やかに微笑んだ。

「峰村のために、ありがとうございます」

「足手まといになっていないか、不安です。迷惑をかけていなければいいのですが」

 ニコニコしながらこちらを見る少年に、頭を下げる。どうやらこの少年が峰河で、確かに峰立と顔立ちが似ていると思えた。

「剣術をやられますね、龍青殿」

「やめなさい、峰河」

 素早く峰立が止めようとしたが、素早く峰河は僕の腕を掴んでいる。そのまま道場の中に引っ張り込まれた。

「一度、どちらかの棒が当たったら、それで終わりです」

 棒を押し付けられ、僕たちは距離をとって向かい合った。

 完全に想定外で、どうするべきか、迷った。

 迷っているうちに峰河が打ち込んでくる。遅い。余裕を持って避ける。そこへ怒涛の勢いで峰河が棒を繰り出してくる。身を捻り、逸らし、避ける。

 気づくと、道場にいた門人だろう男たちが凝視しているのが肌に感じられた。こちらから彼らを見る余地はない。

 一度、峰河が距離をとった。微かに息が上がっている。

「なぜ打ってこないのですか、龍青殿。ふざけているのですか?」

「いえ」

 棒を避けることより、言葉を口にする方が難しい。

「本気です。打ち込む間がない」

 納得してくれるわけもない言い訳が、口から出た。峰河が眉間にしわを寄せる。

「俺がひたすら打ち込んでいる、という意見か?」

 どうやら峰河はイラついてきているようだった。僕の言葉は無意識に彼を煽り立てていたようだ。反省したいが、後で反省するしかない。今は、まずは終わらせることだ。

「どうぞ、打ち込んでください」

 フッと峰河が息を詰め、間合いを詰めた。

 素早い三連撃を僕は紙一重でかわし、一撃をそっと彼の肩に当てた。

 ぐらつきもしない、弱い打ち込みだったが、打ち込みは打ち込みだ。

 呆気にとられた様子で、峰河がよろめく。きっと僕の棒が消えたように見えたはずだ。

 ポカンとしてこちらを見ている峰河に頭を下げ、門人の一人に木刀を返し、玄関へ向かう。峰立も驚いていた。行きましょう、と外へ出て、しばらくしてから峰立がやっと言葉を思い出したように、呟いた。

「素晴らしい剣術でした。どこで修行されたのですか?」

 どうやら、口調が変わるほどの驚きらしい。

「いえ、その」

 どう答えるべきか、やはり言葉を選ぶのは僕には難しい。

「育ての親の知り合いに」

 はぁ、としか峰立は答えなかった。あまり想像できなかったのだろう。でもまさか、理力の幻と剣術の訓練を積んだ、などとは言えない。

 荷車に戻り、穀物を手に入れ、村へ戻る。

 ならず者は近づいてこなかった。夕方には村に着き、夕飯を食べ、風呂が用意された。

 風呂上がりに峰立がやってきて、二人でお茶を飲んで話をした。峰河のことを、色々と教えてくれたが、彼がここら一帯では剣術で抜きんでて、神童、と呼ばれていたと聞いて、少し驚いた。

「これで少しは本気になるでしょう」

 そう言って、峰立は笑っていた。




(続く)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ