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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第七部 社会の構造
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7-4 取引

     ◆


 夏が過ぎていく中で、僕は自然とこの峰村という小さな集落の人々と次第に打ち解けていった。

 野菜を町へ売りに行くから荷車を押してくれ、と峰立に頼まれ、早朝に収穫した野菜を満載して、荷車を押していく。

 昼前には町に着いて、いくつかの店に野菜を売っていく。取引相手は個人ではなく食堂や宿屋などのようだった。

 大量の野菜がすっかりなくなり、全部が銭に変わった。峰立の腰に下げられた袋は重そうだ。

 なかなかの儲けだぞ、と僕が思っていると、峰立は何かの倉庫の方へ空いている荷台を引いていく。

 何があるのかと思うと、倉庫にいた男と話し始め、すぐに僕も呼ばれる。

「龍青、ここにある俵を荷車につけてくれ。一緒にやろう」

 俵の山は、全部で八個ほどで出来上がっている。二人で荷車に積み、縄で荷崩れを防ぐ。

 最後に峰立が腰の袋から大量の銭を出し、相手の男に手渡していた。二人は微笑みあって、峰立がやってくる。腰の袋はほとんど何も入っていないほど、萎んでいる。

 何か、損したような気分になる。

「この俵に入っている穀物を粉にして別のところへ売ると、金になるんだ」

 きっと僕が落ち込んだ雰囲気を醸し出していたからだろう、肩を叩きつつ、峰立が言った。

「粉は粉で高価で売れるし、製粉する過程で出た殻が、肥料になったりもする。さあ、村に帰るとしよう」

 帰りの荷車は行きとは比べ物にならないほど重かった。日差しが強いので、二人ともやっぱり汗まみれで、頻繁に休憩をして水を飲んだ。僕を脅すように、水を飲まないと死ぬ人もいる、と峰立が教えてくれた。

 そうこうしているうちに日も陰り、夕日の中で村に戻った。畑仕事終えていた男たちがすぐに荷車の上の俵を高い位置に床のある建物に運び込んだ。倉庫らしい。

 見せてあげるよ、と峰立が案内してくれて、村のはずれにある製粉所を示した。

 巨大な石臼があり、これは人が二人で回すようだ。人の胸あたりに来る棒が飛び出している。

「女たちの仕事の一つだよ。これは雨の日でもできるけど、粉の質は良くなくなる。冬になるとやり易いんだけどね。何故か冬の方が乾燥するから」

 へぇ、と思わず声に出しつつ、様子を仔細に眺めた。こんなに大きい石臼があるのか、それがまず驚きだ。

「本当は水車を使いたいけど、それには水を引かないといけない」

 そのやり方、水車というものの存在は僕も知っていた。水は意外に力があるので、石臼を軽々と回すという。

「私も勉強したいけど、ちょっと難しいのが悔しいところだ」

「難しい? どうして?」

「字が読めないんだ。頭に入ってこない。どこかおかしいのかもしれないな。さ、夕飯に行こうか。みんな待っているぞ」

 その話はそこで終わってしまった。

 その数日後、今度も僕と峰立でこの前の町へ荷車を押していった。今回は野菜ではなく、まさに粉にした穀物を運んでいる。細かく編み上げた袋に入れてあって、それが荷台に山になっている。さすがに重い。

 昼に街に着き、粉を売ると、前回と同様に峰立の腰の袋が膨らんでいる。

 また何かを買うのかな、と思ったら、やはり倉庫の方へ向かう。また粉にする穀物を買うのかと思ったら、どうやら違うらしい。見るからに古びた俵を荷車に積んだからだ。

「これは去年の穀物さ。安く買える」

 帰る途中で峰立が教えてくれた。

「この穀物で、村は冬を越すんだ。うちの村の田んぼは大した量が取れないから、こうして買い付けないと、みんな飢えてしまう」

「でもそれじゃあ、ほとんど儲けがないじゃないか」

「これだけあれば十分さ」

 そう言って、嬉しそうに腰の袋に触る峰立に、僕はやっぱり、どう言っていいかわからなかった。

 苦労が正当に報われているのだろうか。

 でも、苦労が正当に報われる、ということを、誰が判断して、誰が是正したりするのか。

 国、だろうか。永という国で一番偉いのは、耀帝と呼ばれる国王だけど、国にいる人間のほとんどの人は、名前しか知らない。

 なら、役人が均衡を取るのか。

 あまり詳しいことはわからなかった。わかっていることは、峰立が嬉しそうにしている、ということだけだった。

 二人で荷車を押して、村へそろそろたどり着く、というところで、彼らがいきなり現れた。

「止まれ、止まるんだ」

 道を塞ぐように三人の男が立っている。薄汚れた格好をしていて、髪も髭も伸び放題だ。

 それはどうでもいい。それよりも、三人ともが剣を抜いていることが問題だ。

 さらに僕は理力の感覚で、側面、そして背後へ数人が移動しているのも把握していた。

 峰立はうろたえるでもなく立ち止まり、しかし立ち尽くすだけだ。

「俵を二つ、置いていってもらおうか? それと腰の袋もだ」

「これは」峰立がどこか舌がもつれるような声で言った。「大事なものだ。渡せない」

「何を言うか、峰村の治安を守っているのは俺たちだぞ」

 さすがに事情が飲み込めず、僕は峰立の背中を見た。彼はこちらを見ない。

 治安を守っている? こんな薄汚れた、見るからに盗賊なのに?

 何を言っているんだ?

 僕は無意識に身構え、いつでも飛び出せるようにした。本気になれば、周囲にいる盗賊など、一人で相手ができる。峰立は驚くだろうし、僕に怯えるかもしれないけど、ここで俵や銭を置いていくのは、何か違う。

 周りにいるのは、全部で、十二人。大丈夫だ、相手をできる。

 一歩、僕が踏み出した時だった。

「やめなさい!」

 鋭い一言に、盗賊たちが動きを止めるが、僕も足を止めるしかなかった。

 声を発した峰立が腰の袋を手に取り、目の前に男の胸元に投げた。そして顔をそらす。

「俵を持っていけ」

 僕はやっぱり動こうとした。

 だって、間違っている。絶対に、間違っている。

 峰立が僕のそばに来て、強い力で肩を掴んだ。

「何もしないでくれ。これで良いんだ」

 男たちは荷車に群がり、二つの俵を担いでどこかへ消えた。彼らの気配が無くなってから、「行こう」と峰立が荷車を引き始め、僕も後ろから押した。悲しくなるほど、荷車は軽くなっていた。

「穀物なんてまた買えばいい。銭だって、全部を渡したわけじゃない」

 村に入って荷車を止めた時、そう言って峰立がこちらを振り返り、懐から銭が入っているらしい袋を取り出した。二つに分けていたのか。

 それでも、儲けが奪われたのは事実だ。

 僕が黙っていると、峰立がどこか弱々しい声で、区切りをつけるように言った。

「私たちの生活など、こんなものさ。不満を持っても、仕方ない」

 村の男たちがやってきて俵を運んでいく。峰立は盗賊については何も言わなかった。当たり前のことなのかもしれない。そうだ、銭の袋を二つに分けたのも、盗賊に奪われることが前提なんじゃないか。

 みんな、黙って耐えている。

 なぜ、そんなことをする? 奪い返せばいい、抵抗すればいい。

 なんで、そうしないのか、僕には答えが見出せなかった。



(続く)


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