6-5 初めての対峙
◆
手加減しなくちゃいけない段階ではない、と思いながら、俺はしつこく張り付いてくる敵を叩き潰していった。
可能な限り一撃で、意識が根元から折れるように、打撃を叩き込んでいく。
相手が真剣を抜いていることには少し緊張するが、動きは訓練されたそれではない。
逆に、訓練とは無縁の非合理的な動き、予測不可能な動きは怖かった。
ちょっとの失敗でも傷を負うかもしれない。
七人を叩き潰して、とりあえずは、追っ手はいなくなったようだ。それはそのまま、俺が本命じゃなかった、ということを意味する。
まさか紅樹が狙いでもないだろう。
となると、龍青が危ないってことだ。
龍青の元へ向かおうとすると、脇道や路地からまたも男女が湧き出してくる。五人、いや、六、七人に増えた。
やれやれ。
背中の大剣を抜きたい気持ちを抑え込んで、拳を構え、素早く地面を蹴る。
男、女、それぞれに武器を構えているところへ、俺はまっすぐに飛び込んでいった。
◆
僕は峰打ちで向かってくる人たちを、容赦なく昏倒させていった。
しかし倒しても倒しても新手が現れる。
全員があの茫洋とした、操り人形のような有様だ。服装はまちまちで、ただの住民だ。中にはどこかの老婆が包丁を持ってやってきたり、少年が小刀を手にやってきたりする。
まるで、僕がどれくらい追い詰められたら人を切るか、それが試されているようだった。
理力での打撃を使って相手を吹っ飛ばして道を作り、寄せてくるものは叩き潰す。
これではきりがないので、そんな襲撃者の中から一人を選び出し、引きずって現場を離脱。壁を蹴って舞い上がり、適当な家の屋根の上に出た。
まだ暴れる男に当身を食らわせ、動かなくなったところで、その男の額に手を当てる。
研ぎ澄まされた理力が、彼の意識に滑り込んで行く。
意識が瞬時に閲覧され、僕の頭の中で整理される。
男に流れ混んでいる呪術の流れを把握し、それがどこから来るのか、逆探知。
意識が南限新府を走り抜け、ついにそこにたどり着いた。
男を解放し、その場に残して僕は屋根を強く蹴った。屋根を渡り歩けば、追っ手は全く来ない。彼らには屋根に這い上がったりする器用さはないのだ。もっと早く気付けばよかった。
街を一直線に横断する大通りを、一呼吸の大跳躍で飛び渡れば、目的地はすぐそこだ。
地上に降りるけど、もう襲撃者の姿はない。だいぶ引き離せたんだろう。
場末の酒場を前にすると、やや異様な気配を感じる。その店が夜なのに営業しておらず、外観は明らかに廃業した後の空き店舗なのが、その異様さに一役買っているが、それだけでは説明できない何かがある。
鞘に収めていた剣の位置を確認してから、中に入った。
卓や椅子は元通りに、綺麗な法則性で部屋に並んでいる。
その男はそんな卓の一つの上に座り込んでいた。
「さすがに早いな、龍灯の倅」
はっきりとした声だった。
薄暗くて、男の顔は見えない。
「あんたが、翼王だな」
男は特に動揺したようでない。笑いもせず、肩を震わせもせず、じっとこちらを見ている。
静かな声が投げかけられた。
「お前の剣術、そして理力は、よく知っている。お前も不憫な子供だよ。戦うことを宿命づけられてしまった。おっと、それには俺も一役買っていたわけだが」
「僕は自分が不憫と思ったことはない。僕の父親はどこにいる?」
「俺が知るもんか。俺たちは誰よりもあの男を探している」
俺たち……? 他に仲間がいるのか?
翼王らしい男は、卓の上で身じろぎせずに、こちらを見ている。闇の中で、まだ顔は見えないまま。
「お前を助けに来るかと思ったが、そういうわけでもない」
「あんたの思い通りにさせるくらいなら、我が子の僕にも少しは危ない目にも会ってもらう。それくらいのことを考えそうなものだし、その程度には僕を信用しているんじゃないかな」
「素晴らしき親子愛だ」
男がわずかに笑い、何かを手に取った。
短剣だ。
跳ねるように床に降りると、その短剣が構えられる。
「さて、では俺自身で、お前の腕を確かめるとしようか」
まるで蛇が走るように、男の姿が霞んだ時には、卓の隙間をこちらへ向かってくる。
短剣の突きを、即座に抜剣し、受け流す。火花が激しく散る。
相手の姿が見えた。顔は平凡で、年齢は二十代だろう。この男も翼王に操られている? しかしまるで自分が翼王であるかのようなことを口にしたし、何より、この動きは今までの襲撃者とは違う。
まったく無駄がなく、明確な殺意を持っている。何より、駆け引きというものを仕掛けてくる。ただの人形が手に手に短剣を持って押し寄せるのとは違う。
男の体が加速。人間とは思えない勢いで、突き、薙ぎ、複雑な技術を披露し始める。
僕にできることは避け続けるだけだ。反撃する余地がない。それほど濃密で、息もつかせぬ連続攻撃だった。
ただ相手も人間だ、どこかで息が止まる。
そこにやり返す、ひっくり返す余地があると、僕は見ていた。
しかし終わらない。全く休むことなく、男は短剣を振るい続ける。
呪術なのか? しかし、これは人間の限界を超えている。いや、呪術とはそういうものか。
避ける動きを読まれ、胸の中心に短剣の切っ先が伸びてくる。
剣を立てて、切っ先を受ければ、強烈な手応えと同時に火花が散る。跳んで離れても、すぐに間合いを消される。
くそ!
無理やりに逆転するしかない。翼王がそれを狙って待ち構えていても、そこにしかこの状況を打破する手段がない。
決断と好機の到来はほとんど同時で、その瞬間の到来の速さは、さすがの翼王も意外だったらしい。
短剣と僕の剣が交錯し、短剣は僕の肩をかすかに掠めた。
一方の僕の剣は相手の左腕、その肘の上辺りを深く切り裂いていた。
呻く間も与えず、こちらからの連続攻撃に入る。理力が僕の動きを加速させる。
片腕が動かなくなった翼王は、体の制御に遅れが出始める。僕の斬撃や刺突が、彼の体の端々を切り裂いていく。それでも致命傷だけは回避するのは、さすがだった。
人間業ではない。
しかしそれもここまでだ。
深く強く踏み込み、渾身の刺突を繰り出す。
翼王の銀の短剣が防御しようとした。二本の刃物が触れ合う。
甲高い音。翼王の短剣が砕ける。
続く湿った音。僕の一撃は、翼王の胸を貫通していた。
動きを止めた相手を僕はやっとじっと見た。
笑っている? 可笑しそうに、嬉しそうに、笑っている。
口がパクパクと動き、そこから血が溢れ出す。
濁った声で何か言った。
まだこれからだぜ。
そういった気がした。
相手の体を蹴りつけて剣を引き抜け、間合いを取る。
勢いのままに翼王の体が卓や椅子を巻き込んで転倒する。そのままシンとした空気が室内に満ちた。
これから、何があるんだ?
光が瞬いた。最初は何かわからなかったが、倒れている男の体から、火花が散り、電光が散り始める。
ビクビクっと死んでいるはずの体が動き、それが、どういう力の作用か、一瞬で真っ黒い粒子に変化した。
その粒子が俺の前で広がり、哄笑したのがわかった。
(さあ、これからだぜ、理力使い)
影は確かに、そう言った。
(続く)