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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第六部 衝突
41/118

6-5 初めての対峙

     ◆


 手加減しなくちゃいけない段階ではない、と思いながら、俺はしつこく張り付いてくる敵を叩き潰していった。

 可能な限り一撃で、意識が根元から折れるように、打撃を叩き込んでいく。

 相手が真剣を抜いていることには少し緊張するが、動きは訓練されたそれではない。

 逆に、訓練とは無縁の非合理的な動き、予測不可能な動きは怖かった。

 ちょっとの失敗でも傷を負うかもしれない。

 七人を叩き潰して、とりあえずは、追っ手はいなくなったようだ。それはそのまま、俺が本命じゃなかった、ということを意味する。

 まさか紅樹が狙いでもないだろう。

 となると、龍青が危ないってことだ。

 龍青の元へ向かおうとすると、脇道や路地からまたも男女が湧き出してくる。五人、いや、六、七人に増えた。

 やれやれ。

 背中の大剣を抜きたい気持ちを抑え込んで、拳を構え、素早く地面を蹴る。

 男、女、それぞれに武器を構えているところへ、俺はまっすぐに飛び込んでいった。


     ◆


 僕は峰打ちで向かってくる人たちを、容赦なく昏倒させていった。

 しかし倒しても倒しても新手が現れる。

 全員があの茫洋とした、操り人形のような有様だ。服装はまちまちで、ただの住民だ。中にはどこかの老婆が包丁を持ってやってきたり、少年が小刀を手にやってきたりする。

 まるで、僕がどれくらい追い詰められたら人を切るか、それが試されているようだった。

 理力での打撃を使って相手を吹っ飛ばして道を作り、寄せてくるものは叩き潰す。

 これではきりがないので、そんな襲撃者の中から一人を選び出し、引きずって現場を離脱。壁を蹴って舞い上がり、適当な家の屋根の上に出た。

 まだ暴れる男に当身を食らわせ、動かなくなったところで、その男の額に手を当てる。

 研ぎ澄まされた理力が、彼の意識に滑り込んで行く。

 意識が瞬時に閲覧され、僕の頭の中で整理される。

 男に流れ混んでいる呪術の流れを把握し、それがどこから来るのか、逆探知。

 意識が南限新府を走り抜け、ついにそこにたどり着いた。

 男を解放し、その場に残して僕は屋根を強く蹴った。屋根を渡り歩けば、追っ手は全く来ない。彼らには屋根に這い上がったりする器用さはないのだ。もっと早く気付けばよかった。

 街を一直線に横断する大通りを、一呼吸の大跳躍で飛び渡れば、目的地はすぐそこだ。

 地上に降りるけど、もう襲撃者の姿はない。だいぶ引き離せたんだろう。

 場末の酒場を前にすると、やや異様な気配を感じる。その店が夜なのに営業しておらず、外観は明らかに廃業した後の空き店舗なのが、その異様さに一役買っているが、それだけでは説明できない何かがある。

 鞘に収めていた剣の位置を確認してから、中に入った。

 卓や椅子は元通りに、綺麗な法則性で部屋に並んでいる。

 その男はそんな卓の一つの上に座り込んでいた。

「さすがに早いな、龍灯の倅」

 はっきりとした声だった。

 薄暗くて、男の顔は見えない。

「あんたが、翼王だな」

 男は特に動揺したようでない。笑いもせず、肩を震わせもせず、じっとこちらを見ている。

 静かな声が投げかけられた。

「お前の剣術、そして理力は、よく知っている。お前も不憫な子供だよ。戦うことを宿命づけられてしまった。おっと、それには俺も一役買っていたわけだが」

「僕は自分が不憫と思ったことはない。僕の父親はどこにいる?」

「俺が知るもんか。俺たちは誰よりもあの男を探している」

 俺たち……? 他に仲間がいるのか?

 翼王らしい男は、卓の上で身じろぎせずに、こちらを見ている。闇の中で、まだ顔は見えないまま。

「お前を助けに来るかと思ったが、そういうわけでもない」

「あんたの思い通りにさせるくらいなら、我が子の僕にも少しは危ない目にも会ってもらう。それくらいのことを考えそうなものだし、その程度には僕を信用しているんじゃないかな」

「素晴らしき親子愛だ」

 男がわずかに笑い、何かを手に取った。

 短剣だ。

 跳ねるように床に降りると、その短剣が構えられる。

「さて、では俺自身で、お前の腕を確かめるとしようか」

 まるで蛇が走るように、男の姿が霞んだ時には、卓の隙間をこちらへ向かってくる。

 短剣の突きを、即座に抜剣し、受け流す。火花が激しく散る。

 相手の姿が見えた。顔は平凡で、年齢は二十代だろう。この男も翼王に操られている? しかしまるで自分が翼王であるかのようなことを口にしたし、何より、この動きは今までの襲撃者とは違う。

 まったく無駄がなく、明確な殺意を持っている。何より、駆け引きというものを仕掛けてくる。ただの人形が手に手に短剣を持って押し寄せるのとは違う。

 男の体が加速。人間とは思えない勢いで、突き、薙ぎ、複雑な技術を披露し始める。

 僕にできることは避け続けるだけだ。反撃する余地がない。それほど濃密で、息もつかせぬ連続攻撃だった。

 ただ相手も人間だ、どこかで息が止まる。

 そこにやり返す、ひっくり返す余地があると、僕は見ていた。

 しかし終わらない。全く休むことなく、男は短剣を振るい続ける。

 呪術なのか? しかし、これは人間の限界を超えている。いや、呪術とはそういうものか。

 避ける動きを読まれ、胸の中心に短剣の切っ先が伸びてくる。

 剣を立てて、切っ先を受ければ、強烈な手応えと同時に火花が散る。跳んで離れても、すぐに間合いを消される。

 くそ!

 無理やりに逆転するしかない。翼王がそれを狙って待ち構えていても、そこにしかこの状況を打破する手段がない。

 決断と好機の到来はほとんど同時で、その瞬間の到来の速さは、さすがの翼王も意外だったらしい。

 短剣と僕の剣が交錯し、短剣は僕の肩をかすかに掠めた。

 一方の僕の剣は相手の左腕、その肘の上辺りを深く切り裂いていた。

 呻く間も与えず、こちらからの連続攻撃に入る。理力が僕の動きを加速させる。

 片腕が動かなくなった翼王は、体の制御に遅れが出始める。僕の斬撃や刺突が、彼の体の端々を切り裂いていく。それでも致命傷だけは回避するのは、さすがだった。

 人間業ではない。

 しかしそれもここまでだ。

 深く強く踏み込み、渾身の刺突を繰り出す。

 翼王の銀の短剣が防御しようとした。二本の刃物が触れ合う。

 甲高い音。翼王の短剣が砕ける。

 続く湿った音。僕の一撃は、翼王の胸を貫通していた。

 動きを止めた相手を僕はやっとじっと見た。

 笑っている? 可笑しそうに、嬉しそうに、笑っている。

 口がパクパクと動き、そこから血が溢れ出す。

 濁った声で何か言った。

 まだこれからだぜ。

 そういった気がした。

 相手の体を蹴りつけて剣を引き抜け、間合いを取る。

 勢いのままに翼王の体が卓や椅子を巻き込んで転倒する。そのままシンとした空気が室内に満ちた。

 これから、何があるんだ?

 光が瞬いた。最初は何かわからなかったが、倒れている男の体から、火花が散り、電光が散り始める。

 ビクビクっと死んでいるはずの体が動き、それが、どういう力の作用か、一瞬で真っ黒い粒子に変化した。

 その粒子が俺の前で広がり、哄笑したのがわかった。

(さあ、これからだぜ、理力使い)

 影は確かに、そう言った。




(続く)


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