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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第六部 衝突
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6-4 奇襲

     ◆


 紅樹が案内してくれた場所は、南限新府の中でも南部に位置する集合住宅の一室で、三階建の建物の、最上階の三部屋の中の真ん中の部屋だった。

 真ん中っていうのは厄介なのよ、と言いながら、紅樹は建物の壁を這い上って行った。何か、出っ張りがあるようでもないところを、するすると上がっていくので、まるで理力を使っているようだった。

 壁を上っていき、屋根に彼女が消えた。

「行くか」

 集合住宅の通路は解放されているので、僕と火炎は階段を上がり、目的の部屋に出入りできる戸の前に立った。確かめる気もないが、施錠されているはずだった。

 少しすると、ほとんど音を立てずに目の前で戸が開いた。

 室内にいるのはもちろん、紅樹だ。無言で中に入り、紅樹はそのまま戸を閉めた。

「目的の相手は外出中よ。戻ってきたら、拘束しましょう」

「誰がやる?」

 三人が視線を交わし、私ね、と一番初めに紅樹が言った。任せても問題ないだろう。彼女の身のこなしは、僕たち三人の中では一番静かだし、こういうことにも慣れているはず。

 やることもなく、室内に留まっていたけど、手持ち無沙汰で、僕は部屋の様子をじっくりと観察してしまった。特に特徴のない部屋だ。住民は二十代だろう、と当たりをつけたりしたけど、あまり意味はないな。

 戸が急に音を立て、開いた。外から開けられたのだ。

 黒い風のように紅樹が走り抜けた。

 相手はかすかに呻いただけで、次の一瞬には室内に引きずり込まれた上、縛り上げられていた。どこから縄が出たのか、見えなかった。紅樹がそっと戸を閉め、錠をかけている。

 僕と火炎の前まで、住人らしい男が引きずられてきた。

 確かに四肢が拘束され、もう動けないのは明らかだ。僕たちを恐慌的な色のある瞳で見ている。口に猿轡がある。喚こうとしているようだが、その猿轡の奥に何か詰め込まれているようで、少しも声が出ていない。

 紅樹の早業は、目をみはるものがあるな。

「どうする?」

 紅樹が囁く。火炎も僕を見ている。

「理力には、便利だけど、難しい技がある。自白させる技だ」

「急いで」

 もう一度、紅樹が囁く。時間がないことは口調でわかる。

 僕は屈み込み、男の額に手を置いた。首が振られるけど、無理矢理に手で押さえつける。

 理力が彼の意識に浸透し、いくつかの像が頭の中に浮かぶ。様々な男女が斬り殺されている。僕、いや、この男の手には、短剣がある。

 銀の短剣。

 腰に隠している。腰の裏側。

 僕が手を離すと同時に、男が昏倒した。理力の発現の副作用だ。素早く腰を探り、背中側にあったその短剣を、僕は引き抜いた。

「そいつが、目的の短剣?」

 そっと紅樹がこちらを覗き込んでくるのに、僕は首を振った。

「違う、僕が見たのとは、少し形状が違うんだ」

 窓際により、月明かりに透かして短剣を検める。

 バチッと手が痺れたのは、予想外だった。手が短剣を取りこぼす。

 短剣が床に落ち、しかし、突き立つことはない。

 空中に浮いている。

 一瞬だった。

 僕の体から理力が膨れ上がり、即座に火炎、そして紅樹を守る。

 銀色の短剣が激しい火花を散らせ、それが膨れ上がったかと思うと、凝縮され、猛火が部屋を焼き払う。火炎、そして紅樹が僕のすぐそばへ来た。

 窓が壁ごと吹き飛び、僕ができることは自分たちを焼く炎を防ぐことだけだ。

「逃げるぞ!」

 火炎がいきなり僕を抱えた。紅樹は自分で走っている。

 ほとんど停止せずに紅樹が戸を吹き飛ばして、外へ飛び出した。火炎が僕諸共に後を追うけど、通路の向こうは地面まで遮るものがない。

 不安はすぐに消えた。

 大きく飛び出した火炎は、道を飛び越え、反対側の建物に突っ込んでいく。

 片手で背中から剣を抜き、向かいの建物の壁に突き立てつつ、両足で壁を踏みしめて、停止。すごい衝撃だったけど、火炎自身は器用に受け流したようだった。

 地面に降り立った三人で頭上を見上げると、炎の龍は、建物の最上階を全部、薙ぎ払い、そのまま空中へ消えていった。

 落ちてくる構造物を剣で弾き飛ばす火炎が、そっと僕を下ろした。

 すぐそばに紅樹が歩み寄ってくる。

「どうなっているわけ? あの男は何か関係があるの? ないの?」

「あの短剣には呪術が込められていた。でもあの男は操られていたわけじゃない」

 意識から抜き取った男の記憶を振り返る。殺した男、女以外の人物。食堂の女性……、雑貨屋の少女……、違う、そこじゃない……。

 短剣を受け取った場面。検索、探る、探っていく……。

 男だ。若くない、三十代? 知らない顔。当たり前だ。言葉は聞こえない。記憶の抽出が不完全。唇の動きを読み込む。

 ダメだ、読めない。

 しかしその男が、こちらに短剣を手渡す。それ以来、二度と会っていない。

「龍青!」

 声で、意識が身体を離れていたのに気づいた。

 周囲を見ると、ふらふらと二人、三人と男女がやってくる。

 正確には、集合住宅の最上階が轟音とともに吹き飛んだので、近くの住民が集まっていたが、その中から、ふらふらと近づいてくる人たちがいた。

 全員の動きが不自然で、瞳が焦点を失っている。

「逃げるぞ」

 火炎に引っ張られ、駈け出す。人ごみから、追いかけてくる人がいるが、全部で十人に近い。

「切っちゃっていいと思うか? 龍青」

「こんな街中で? 大混乱になる」

「私も同意見ね」並走する紅樹が応じる。「どこかの間抜けが剣を振り回したら、あっという間に守備隊のお世話になるわよ」

 しかしなぁ、と僕の前を走る火炎が呟く。

「おっと」

 その火炎が急に足を止めたので、危うく背中にぶつかりかけた。紅樹も立ち止まっている。

「結局、その最悪の可能性しか残されていないんじゃないか?」

 前方から八人、いや、十人か、それ以上がゆっくりと間合いを詰めてくる。後方からも十人ほどが来ていた。

「私たちがこうして一塊になっていると、厄介だと思わない?」

 紅樹の言葉にはまだ余裕がある。火炎の背中にもだ。もちろん、僕だってまだ度を失ってはいない。

「じゃあ、この辺りで、全員がバラバラに逃げるか」

 火炎の提案に、僕と紅樹が頷く。

「あまり派手にやりすぎないで、二人とも」

 思わず念を押すと、紅樹がかすかに顎を引いた。

「私はしないわよ。そっちのデカ物に言ってやりなよ」

「俺だってやろうと思えば、穏便に済ませられる。それを見せてやるよ」

 雑談もそこまでだった。

 火炎が飛び出すように走り出し、前方の敵を力任せに突破していく。数人がそれを追いかけていく。

 一方の紅樹はすぐそばの建物に飛びつき、そこを登っている。やはり数人がその足元に群がり、紅樹を追っていく。

 僕は反転して、駆け出して、跳んだ。

 通りを形成する建物の壁を走り、追跡者の背後へ抜けた。

 そのまま駆け抜ける。

 まだ夜は長そうだった。



(続く)


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