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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第一部 渡水鳥
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1-4 剣士

     ◆


 受け止めた瞬間、足が滑った。姿勢は乱さず、横滑りし、勢いを消す。

 容赦のない連続攻撃に、僕はあっという間に観客の群れに飛び込んだ。大勢が悲鳴をあげて、逃げる。

 横へ転がっても、軽快な歩法で追跡される。

 剣の一振りを受け流すが、手が痺れる。

 横薙ぎの一撃は、もう技術だけでは受け止めるどころか、逸らすこともできない。

 一瞬で呼吸が整い、理力が稼働する。

 地のひと蹴りで、男の頭上をトンボを切って飛び越え、着地。

 火炎はじっとこちらを見ている。観客はさっきよりも大きな輪を描いていた。

「変なことをする奴だな。もう負けだと思えば、剣を手放せ」

「そんなことはしない」

 思わずそう答えていた。

 負けるのが恥ずかしいとか、そういうんじゃない。

 この時、純粋に自分がどこまでできるか、気になっていたのだ。

 火炎は相当な使い手だ。力も技も、先ほどの相手の比ではない。

 姿勢を整え、理力が全身を満たし始める。

 もちろん、火炎はこちらを待ってはくれない。滑るように間合いが消される。

 大剣の一撃を、受け流す。瞬間的に僕の剣が翻り、男の首筋を狙う。

 切るつもりはないが、ギリギリ、加減を間違えれば悲劇が起こる速度で、振り下ろした。

 が、火炎は自分の振りの勢いで、地に転がり、しゃがんだまま、こちらの足を薙いでくる。

 跳躍し、回避。立ち上がりながら体を回転させた、火炎の横薙ぎ。

 こちらは剣を立て、受け止め、先ほどと同じ技、剣を絡ませに行く。

 しかし、それはできなかった。

 火炎の大剣が重すぎる。どこにそんな力があるのか、不自然なほど、全く動かない。

 仕方なくこちらの剣だけの動きで、手首を切り払いに行く。

 また驚くべき事態が起こった。

 一瞬、火炎が両手を剣から手放したのだ。そのせいで僕の剣は空を切るだけ。

 しかも自分の剣を沿わせていた火炎の剣から力が抜けたため、こちらの姿勢が想像以上に乱れている。

 一方の火炎はといえば、片手でこちらの服の襟首を掴みながら、足で大剣を蹴り飛ばし、それがまるで手品のように空いている手の中に収まった。

 引きつけられた巨大な刃物が、僕の胸に突き込まれる。

 この刹那、僕の中で理力が激しく爆ぜ、吹き荒れた。

 鈍い音を立てて、僕の貫くはずの切っ先が何もない空間で不自然に震え、方向を乱す。

 何が起こっているか、火炎が理解する前に、僕の襟首を掴んでいるのを逆用し、その手を切り払おうとするが、火炎はあっさりと手を離し、間合いを取った。

「今、何をした? 兄さん」

「身を守っただけです」

 僕は呼吸を整えつつ、火炎と向かい合った。

 観客はすでにしんと静まり返っている。それもそうだ。今、火炎は明らかに僕の命を取りに来たし、一方の僕は奇妙な現象で命を拾った。

「もうやめにしませんか? 僕は別に金が欲しいわけじゃないんです」

「俺は面白いと思っているよ」

「僕は面白くない」

「面白いが、次の一撃に耐えたら、やめてやるよ」

 すっと火炎が一度、構えを解き、体をほぐすような動きの後、大上段に剣を構えた。

 まったく、仕方ないな。

「いいでしょう。どうなっても知りませんよ」

 僕は剣を構え、横にした。頭上からの一撃を、ここに叩き込んでください、という姿勢だ。

 目を見開いた火炎の瞳に、何かが燃え上がる。

「行くぜ」

 踏み込みと同時に、剣が僕に叩きつけられた。

 この時、僕の中で理力が超高速で走り抜けていた。

 全ての筋肉、全ての神経、全ての血管、皮膚の全てさえ、全部が瞬間的に理力の回路となり、同時に周囲に満ちる力と接続される。

 巨大な力の一端が、僕と同化する。

 剣が、落ちてくるのが緩慢に見えた。

 来い。

 二本の剣が接触する。

 力が僕の剣に伝わるが、その力が理力によって、実際の物理力から、仮想の存在に書き換えられる。

 その仮想の力の流れが、僕という肉体を走り抜け、理力の間を渡っていく。

 なんの衝撃もない。なんの負担もない。

 しかし火炎の一撃は静止している。

 その一撃に込められた力の全ては今、理力の流れとして、僕の両脚から地面に放出された。

 終わった。

 火炎の剣の刃で激しい火花が散って、何かがどこかへ飛んで行った。

 二人が静止して、火炎は驚きを隠せず、半ば呆然としていた。

 グッと僕が剣を押し返し、よろめいた火炎は、どうにか転ばずに済んだようだ。僕は全身がぴりぴりと痺れるのを感じつつ、剣の状態を確認した。刃こぼれはしていない。

 下手に刃こぼれしていると、師匠に何をしたか、詰問される。

 今までの僕の行動は、褒められるものじゃない。

 視線を火炎の剣に向けると、彼の剣には刃こぼれが見えた。僕の剣の表面で火花が上がった時、欠けたんだろう。

 火炎はじっと自分の剣を見て、それからこちらを見て、その時にはさっきまでとはまるで別人になっていた。

 殺気も、攻撃性も、暴力性も、消えている。

 嬉しそうに、人懐っこい笑みを浮かべている。

「あんた、すごいな。こんな使い手には初めて会った」

「そ、それは、どうも」

 他にどう言えばいいのかな。

「金は本当にいらないのか?」

「いらないです。あっても、困ります」

「じゃあ、ここにいる奴らに配っちまうか」

 火炎が来る前にいた男が手元に置いていたカゴに、火炎が手を突っ込んだ。そこには銭が山ほど入っていた。

 バッと火炎が手を打ち振るい、銭を投げ始めた。

 観客が悲鳴をあげ、銭を拾い始める。

 唖然とする僕の前で、火炎は繰り返し腕を振って、銭を投げまくった。

 全く常識的な行動じゃないので、僕は呆然と見ているしかない。

 そのうちに銭がなくなり、「これで終いだ!」とかごを投げたところで、この謎の狂騒は終わった。

「龍青、あんたは大した奴だ。さっきの変な技を教えてくれよ」

 なぜか一緒に通りを歩きながら、火炎が訊ねてくる。

「そ、そんな簡単なものじゃないですよ」

「もっと砕けた感じでしゃべってくれよ。お前が勝って、俺が負けたんだから」

「うーん……」

 煮え切らない僕を火炎は気にした様子もなく、

「何かまだ用事があるのか? お前とはちょっと話し込みたいんだが。どこに宿を取っているんだ?」

「僕には火炎に用はないよ。っていうか、火炎は何をしているわけ?」

「旅をしている。いろいろあってな。手っ取り早く金を稼ぐために、知り合った男に剣を貸して、あれをやらせていた。まぁ、お前のせいでご破算だがね」

 などと、飄々と応じている。

 奇妙な男で、ちょっとずつ興味が沸いてきた自分に呆れつつ、僕は彼にはちみつについて訊いてみた。

「はちみつ? はちみつなんて、どこにでもあるだろ。そもそも、どこに住んでいる?」

 また答えづらい質問を……。

 僕が誤魔化していると、「宿を教えろ」と火炎は迫ってくる。

「今日の夕方にはちゃんとしたはちみつを届けてやるよ。それで俺に話を聞かせてくれ」

「いいよ、そんなことしなくても。自分で探すから、お気遣いなく」

「気遣いじゃない。取引だ」

 まったく、この男にどう対処したらいいのか、僕には経験値が足りなさすぎて、わからない。

 僕はじりじりと回避を続けて宿を教えなかったけど、火炎は僕に張り付いていて、最後には、「あそこの店へ行け」と、小さな店を教えてくれた。そこに行ってみると、まさにはちみつが置いてあった。鮮度も悪くない。

「俺の目に狂いはないだろ?」

 そんなこと言われても、偶然じゃないのか?

 でも結局、その助言がものを言ったわけで、火炎は追い払えない僕を良いことに、そのまま宿までついてきた。

 夕暮れが街を真っ赤に染め始めていた。



(続く)

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