表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第六部 衝突
39/118

6-3 活動開始

     ◆



 僕はまるで五日も眠っていたとは思えないほど、記憶が飛んでいた。

 夢を見た。湖に浮いていた。古龍峡の。

 落ち着いてみると時間の流れが曖昧で、あっという間に思えた。

 意識を取り戻して、丸二日、僕は部屋で過ごした。火炎は一人で出かけて行き、僕は常に一人だけど、もう体調は正常に戻っている。理力も普通に使えることは、簡単に確認できた。

 離れたところにある水差しを、手を触れずに手元に引き寄せ、水をその中から引っ張り出し、プカプカと浮く水滴を口の中に滑りこませることさえできた。

 もちろん、水差しは元の場所に戻した。

 殺人鬼については火炎が主に教えてくれる。被害者はまだ一晩に一人ずつ、出ている。守備隊と呼ばれる軍の部隊が動いていて、夜の間、そこここに立って警戒しているとも聞いた。

 火炎は昼間に働いていて、夜になると部屋に帰ってきて、報告の後は眠りこけていた。食事はもう宿では取らずに、外で食べてきているようだ。僕にもちょっとした差し入れを持ってきてくれる。何かの肉の串焼きは美味しかった。

 で、彼が眠り始めると、天井から紅樹が降りてくる。全く気配がないけど、僕には理力の感覚できっちり把握できていた。師匠ほどじゃないけど、その程度の感覚はある。

「もう大丈夫? どこもおかしくない?」

 夜だからだろう、いつも彼女は声を潜めている。火炎が寝ているせいもあるかもしれない。

「もう大丈夫だよ。明日には外へ出てみるつもり。少し体を動かさないと、鈍りそうだよ」

「いい傾向ね。本当に心配したんだから」

「ごめん。ありがとう」

 どういたしまして、と彼女は顔を背け、次にこちらを向いた時には、仕事の顔になっている。

「殺人鬼はまだ元気に活動しているわ。守備隊はこの街の全部に目を配るには、数が足りない。まだそれほど本腰でもない、とも言えるわね」

「元気に活動って、どういうこと?」

「まだ捕まってない、という程度の表現。ちょっと不適切だったかな?」

「いや、面白い冗談だと思う。どこにいるか、把握しているの?」

 ツンと紅樹があごを少し持ち上げる。

「私にできないことなんてないのよ。きっちり、どこのどなたが殺人鬼か、把握しているわ」

「じゃあ、守備隊に教えてあげればいい」

 あのねぇ、と紅樹がこちらに身を乗り出したので、思わず迫力に負けて、背をそらしてしまった。彼女は構わずに続ける。

「あなたのお父さんを狙っている悪党なのよ。泳がせれば尻尾を掴めるかもしれない」

「まさか僕たちで捕まえて、尋問する、とか?」

「どことどう通じているか、調べるだけよ。できることなら、いますぐ彼を見張りたいのよ。何か質問は? ある? ない?」

 ない、と答えると、すっくと紅樹は立ち上がり、「お大事にね。また明日」と言葉を残して、また天井へと戻っていった。

「行ったか?」

 急に火炎が声を出したので、驚いた。起きているのか。火炎がごろりとこちらに顔を向けるように体を転がした。

「行ったよ。何か企んでいるようだった」

 横になったまま、火炎の歯が光を受けて少し光り、笑ったとわかった。

「お前が直線的すぎるのさ。まぁ、あの娘はちょっと屈折しすぎている気もするが。俺はすぐに殺人鬼を押さえるべきだと思う。お前の考えは?」

「同意見だよ。時間も惜しいし、被害者も減らしたい」

 ではそう伝えておいてくれ、とごろりと火炎がこちらにもう一度、背中を向ける。

 僕も布団で横になり、翌朝、起きてすぐに風呂に入った。さっぱりしてから洗ってもらっていた服を着て、久しぶりに外へ出た。火炎も一緒だ。

 彼はすでに周囲をだいぶ把握しているようで、迷うことなく、朝からやっている店に連れて行ってくれた。小さな食堂だが、すでに客が何人も入っている。

 待っていると卓に鍋が運ばれてきた。粥が入っている。見たこともない、茶色い粥だ。

「うまいぞ、食ってみろ」

 そう言いながら、すでに火炎は自分の器に粥を盛っている。僕もそれに従って、よそってみる。少し不安だけど、匙で口に運んだ。

 なるほど、確かに美味い。何で味付けしているんだろう?

「豆を発酵させたものらしい。蛮族の調味料さ」

 まるで僕の心を読んだように、火炎が解説してくれた。

 先を争うように粥を食べて、お茶を飲み、火炎は楊枝で歯の間をせせりつつ、「ちょっとした観光に行くとするか」と僕を連れ出した。

 よく名前も知らない大通りを進んだり、路地へ入ったり、城壁のすぐそばまで行ったりした。一度、城壁の外に出て、二枚のうちの外側の方の城壁、その崩れている部分を眺めたりもした。

 もう何十年も前だが、蛮族の大侵攻を受けて、そこは崩されたという。

「僕に観光させるだけじゃないよね?」

 内側の城壁の中に戻り、思わず訊ねると、火炎は片方の眉を持ち上げ、こちらを見下ろした。

「何か感想は?」

「そこらじゅうに兵士が立っている。あれが守備隊だね?」

「正しく。お前が正しい視点の持ち主だとわかった。今、巡り歩いたところが、殺人鬼が死体を放置した場所のおおよそだ。そしてこれから行くところが、昨日の夜の犠牲者の落ちていた場所になるんだ」

 どこでその情報を? 視線で促すと、彼が懐から紙を出した。何かが刷られている。手渡されたそれは、守備隊発行のチラシだった。

「宿の一階に置かれている。知っていたか?」

「知らないよ」紙の文章を目で追う。「第三号って書かれている。えっと、犠牲者の数は……」

 火炎が指をさして教えてくれる。

「昨日の分で十八名だ。たいそうな数になっている。さっさと捕まえるべきだな。俺たちにはそれが出来る」

「急いだ方がいいね」

「その前に昼飯と、夕飯を用意しよう」

 いつの間にか太陽は真上を通り越していて、火炎は僕を朝とは別の食堂に連れて行ってくれた。今度は饅頭のようなものが出た。しかし油で揚げてあるようだった。もちもちしている。

 同じ饅頭を蒸したものも売られていて、それを夕飯のためにかなりの量を火炎は買っていた。二人分だろうけどそれでも多い。

 宿に戻り、布団を勝手に敷いて横になった火炎は「夜に起こしてくれ」と言ったかと思うと、すぐに眠り始めた。呼吸でわかる。 

 僕も横になったけど、昼間に眠るのは難しい。それに風邪をひいて、ずっと横になっていたせいで、体力は十分に余っているようだ。

 日が暮れて、火炎を起こして、少し硬くなった饅頭を食べていると、静かに紅樹がやってきた。「殺人鬼を捕まえよう」

 紅樹はまず僕を見て、火炎を見て、また僕を見た。

「捕まえるとして、どこに運べばいいの? まさか、ここに運ぶわけ?」

「案内してくれればいいよ」

 そう口を挟む火炎に、紅樹が強い視線をぶつける。

「あんたみたいなでかい奴が、忍びこめると?」

「どこにいるかしらないが、お前が内側から手引きすれば、普通に出入りできるだろ」

「他力本願の男って、本当に嫌い」

 肩をすくめる火炎に、紅樹が肩をすくめ返した。

 しかしそれで決まったようなものだ。

 僕たち三人は、こっそりと宿を抜け出した。




(続く)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ