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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第一部 渡水鳥
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1-3 腕試し



 買い物がおおよそ終わり、やはり問題ははちみつになった。

 店を四軒ほど回ったが、なかなか置いていないし、置いてあっても新鮮ではない。ちょっと味見させてもらったので、間違いない。

 どうしようかな、と思って、昼飯時なので、小さな茶屋で団子を注文した。米の餅ではなく、小麦の餅で、それほど美味くはないけど、とにかく安い。

 野菜汁も注文して、店の桟敷の一角で、料理が運ばれてくるのをゆっくりと待つ。

 窓の向こうに通りが見えて、ふと視線を送った瞬間、怪我人が一人、運ばれていった。事故か?

 そうこうしていると、野菜汁と団子が運ばれてくる。

 と、いきなり通りの方で大きな歓声が上がり、何やら盛り上がっている。それよりも団子と野菜汁だ。食べ始めながら、視線を窓の向こうにやると、もう一人、けが人が運ばれていった。

「何があるのです?」

 僕が店員に声をかけると、「腕試しって言うんですかねぇ」という返事だった。

「腕試し?」

「まだ若い方がこう、大きな剣を振り回していまして、もう一週間になりますか。その方を倒すと、お金がもらえるって言うんで、挑戦する人が大勢いまして。挑戦するのはほんのちょっとした額なんですが、勝てば貯まったお金を全部もらえるとか」

 小さな宿場だが、面白い人もいるものだ。

 団子と野菜汁を片付け、お茶を飲んでいる間にも、さらに二人、負傷者が運ばれていった。

 店を出て、通りを見ると、人だかりができている。

 まぁ、見るくらいなら良いか。

 ふらふらと人だかりに歩み寄り、奥を見てみる。

 身なりがどこか薄汚れている男が、巨大な剣を下げて立っている。まだ二十歳にも達していないだろうけど背丈は、背の低い僕の頭が彼の胸の辺りになる、その程度には背が高い。

 そして手にある剣は、僕の身の丈はある。

 片手でぶら下げているが、とんでもない膂力だろう。

 その若者の向かいには三十歳程度の男が立っている。

「さあさあ、お兄さん、一度でも剣が俺に触れたら、全額くれてやる!」

 巨大な剣を持っている男がそんな事を叫ぶ。

 向かい合っている男の手の剣はグラグラしている。力が足りないというより、気迫に圧倒され、震えているか、そうでなければ、迷っているかだ。

 どうなるのかな、と見ていると、あっさりと決着がついた。

 若い男の手が霞むほどの速度で動き、挑戦者の手から剣を弾き飛ばした。ぐるぐると回ってすっとぶ剣に、観客が悲鳴をあげる。剣は地面に転がった。

 剣をもぎ取られた男は、尻もちをつき、すごすごとみっともなく逃げていった。

「挑戦者はいないのか! さあ、誰でもいいぞ!」

 男が鋭い眼光を周囲に巡らせる。

 あまり関わっても、面倒になりそうだし、買い物に戻ろう。

「そこの子ども!」

 僕ははちみつのことで頭がいっぱいで、自分が声をかけられているとは気づかなかった。

「逃げるな!」

 そう言われて、やっと足を止めて振り返ると、観客の壁が解けるように空白を作り、僕と剣士の間に遮るものはなくなっていた。

「剣を下げているな、挑戦しろ! 金は半額でいい!」

「用事がありますから」

 逃げるための言い訳として、そう言う僕に、嘲笑が向けられる。

「逃げるんじゃないか。みっともないと思わないのか。みんなお前を笑っているぞ」

 いや、笑っているというか、観客の大半は不憫そうにこちらを見ているけど。

「先を急ぎます」

「逃げるな、臆病者!」

 やれやれ……。

 仕方なく、僕は方向転換して、観客の壁の空白を抜けて、男の前に立った。肩から下げていた荷物をそばに置いて、

「命だけは勘弁してくださいね」

 とだけ、念を押してみたが、男は鼻で笑っただけだった。

 しかも僕が剣を抜くのを待っているらしい。厄介なことこの上ない。

 でも何もしないわけにもいかないし、さっさと終わらせたかったので、剣を抜いた。

 観客が一度、ざわめく。

 僕はすっと正眼に剣を構えた。

 男がずんずんと間合いを狭めてくる。

 迂闊なことを。

 剣を突き出す、それだけで事足りた。

 動きを止めた剣士の首筋に、僕の剣の切っ先が触れんばかりになった。

 それも一瞬、男は跳んで離れている。

 もうその表情から余裕や慢心は消えていた。

「今ので決着、とはいかないんですか?」

「俺は死んじゃいない」

「命は勘弁してくれって言ったじゃないですか」

 男がやっと構えらしい構えをとった。両手で柄を握り、下段で、切っ先は地面に向いている。

 一方の僕は正眼のままだ。

 お互いが動きを止めて、観客のざわめきがただの雑音の集まりから、囃し立てる声、野次に変わっていく。

 でもそれさえも消えた。僕の中ではだ。

 全ての感覚が目の前の剣士に注がれ、集中が全てを果てしなく間延びさせる。

 無音の世界で、剣士の切っ先が動いた。

 複雑に二本の剣が絡み合い、鍔迫り合いになる。

「セァ!」

 男が声をあげて、僕を弾き飛ばす。剣が離れ、体に間合いができる。着地と同時に、剣士の突進。

 もう一度、剣が反射する光が幾重にも重なり、最後に甲高い音を立てる。

 僕は片膝をついた姿勢で、剣を前に伸ばしている。

 切っ先は男の額に触れんばかりの位置にあった。

 そして男の剣は、宙を舞い、今、すぐそばの地面に落ちて突き立った。

「これでどうですか?」

 男が一歩、二歩と下がる。顔は青ざめていた。

「お金、もらえるんですよね?」

 観客が急に喝采を送り始め、僕は困惑しつつ、しまった、余計なことを口走った、と恥ずかしさに飲まれながら、剣を下げた。

 お金なんて、山に帰ったら何の意味もないので、何かを買うべきだろうけど、とてもじゃないけど、運ぶのが面倒だ。かといって、食事やらに大金を使うのも、慣れていない。

 お金をどうしようかな、と思っていると、観客を割って一人の男が進み出てきた。

 たった今、ねじ伏せた男と似た体格だが、雰囲気はまるで違う。

 本物の殺気、というものがあれば、この乱入者こそ、それを発散させていた。

 僕の相手をしていた男が急にしゃがみ込み、出てきた男に土下座をした。と、その土下座してた男は蹴り飛ばされ、何度も踏みつけられてから、悲鳴を上げて逃げ出した。

「兄さん、いい腕をしているな」

 まだ正体のわからない男が、そう言ってこちらを見る。眼光はまるで射殺さんばかりだが、狂犬のそれではない。抑制された、静謐なる攻撃性が見える。

 それにしても若い。二十歳くらいだろう。あまり外見で年齢を当てられないけど、大人そのものの体格ながら、顔にはどこか子どもらしさが残っている。

 その男が地面に突き刺さったままの巨大な剣の柄を手に取った。

 その瞬間、背筋が冷えた。

 さっきの男とはまるで違う。剣がさっきまでは死んでいたように感じるほど、まるで違う。

 片手で剣を振り回し、構えを取る。

「兄さん、名は?」

 僕は剣を構えざるをえなかった。それほどの圧力が、襲い掛かってくる。

「龍青」

「俺は火炎だ。いくぜ」

 すっと、火炎と名乗った男が足を踏み出した。



(続く)

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