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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第四部 闇夜豹
29/118

4-8 南へ

     ◆


 戒円が回復するまで、三日ほどだった。さすがに老齢で、時間が必要だった。

 闇夜豹はその間、ずっと小屋の中にいて、僕と火炎は生活に必要なものを買いに出かけたりしたけど、その間も彼女は夜でさえ外出しなかったらしい。

「ご迷惑をおかけしました」

 戒円の言葉に、こちらこそ恐縮して、謝罪した。

 僕たちが出立を告げると、戒円が何かを促すように、闇夜豹の方を見た。彼女はいつになく恥ずかしそうに、俯いて、顔を伏せ、また顔を上げたけど、何も言えないようだった。

 僕と火炎が顔を見合わせていると、戒円が先に言った。

「この娘が、あなたたちについて行きたい、と言い出しましてね」

 これには僕も火炎も、もう一度、顔を見合わせていた。

「ただの旅ではなく、その、危険もあるかと思いますが」

 それは闇夜豹に言うべきだと思ったが、戒円に言っていた。老人は笑っている。

「この娘なら、ちょっとした危険など、楽々と乗り越えますよ」

 火炎が何か言おうとしたけど、やめたようだった。僕の肩を小突いてくる。僕が決めろ、ということらしい。

 そもそも戒円は僕たちが何を追っているか、おおよそで把握しているだろう。

 直接に翼王と名乗る呪術師の攻撃を受け、生死の狭間をさまよったのだから、危険は十分に承知し、実感もしている。

 それでも闇夜豹を連れて行くことを、求めている。

 闇夜豹がそれを望んでいるんだろう。

 彼女を見ると、上目遣いにこちらを伺っている。

「先生を放っておくのは、気にしなくていいの?」

「先生は、近くの村に移るって」

 やっと闇夜豹がそう言葉を口にしたけど、どこか控えめだった。

「それでいいわけ? きみは」

「問題ない。私が、言い出したことだから」

 決まりだな、と火炎が呟き、ニヤニヤと笑っている。

「俺は火炎という。こいつは龍青。お前は、お嬢ちゃん?」

 闇夜豹が気を取り直したように、顔に強気を滲ませた。

「私は、紅樹よ。よろしく、龍青」

 俺ともよろしくしてくれよ、と火炎が肩を落とす。

「でも紅樹、僕たちは昼間に移動するし、昼間に行動するけど、どうするの?」

「影からこっそり見守るわよ。助ける必要があると感じたら、助けるから」

「そうか。じゃあ、太陽の光に気をつけて。無理しないように」

「優しいね、龍青は」

 嬉しそうな口調は、紅樹の口からは初めて出たな。

 俺も優しいけどなぁ、などと火炎がぼやいたが、誰も何も言わなかった。不憫だ。

 その翌日の明け方、僕たちは一度、別れた。紅樹は戒円を送り届けて、すぐに後を追うと言っていた。

 今のところ、戒円の手助けで、南の大都市である南限新府に行くことが決まっている。街道を進んでも二ヶ月はかかる距離だ。それに、そこが終点とも思えなかった。

 一度、西深開府に戻り、借りていた部屋を返す手続きをして、旅支度をしてそこを出た。

 街道を進んでいくが、真夏になり、日差しが強く、汗ばかりかく。この日差しでは、紅樹でなくとも日差しを避けるのが利口というものだ。

 どちらからともなく夜に歩こうと言い出し、それを実行した。

 ある夜、誰かが前方に立ち塞がった。三人だ。

 夜盗がここにでも出たのか、と思ったが、違う。全員の体の動きが不自然で、月明かりの中でも、瞳の焦点が合っていないどころか、眼球に力が入っていない。

 言葉も何もなかった。

 三人が剣を抜いて突っ込んでくる。変によたよたとして、奇妙な動きだが、速い。

 一瞬で三人と僕たちがすれ違った。

「俺の勝ちだな」

「別に競ってないよ」

 僕たちの背後で、三人が転倒し、もう動かない。

 一人は僕が、二人は火炎が切っていた。

 と、街道の脇から、次々と人影が湧き出す。もちろん、気配がなかっただけで普通の人間で、潜んでいたのだ。

 全員が先の三人と同じだった。力のこもり方が不自然で、まるで操り人形だ。

 全部で、八人。一斉に、飛びかかってくる。

 理力が僕の体に満ちて、運動を加速させる。

 火炎もさすがに気を引き締めたようだった。

 僕たちを前にして、ただの八人の人間など、大した意味を持たなかった。

 最後の一人を、二人で同時に前後から切り捨て、やっと安全だと確認できた。

 街道に十人なりの死体が転がっているとなると、さすがに問題になりそうだ。早くこの場を離れよう。

 と、頭上を何かが飛んでいるのに気づいた。振り仰ぐと、黒い鳥、カラスのようだ。

 そのカラスが、不自然な人語を口にした。

「龍灯の倅。追いついてみろ。追いついてみろ。追いついてみろ」

 そう繰り返している。

「龍灯の倅。追いついてみろ。追いついてみろ。追いついてみろ」

 うるさいカラスだな、と呟いたかと思うと、足元の石を蹴り上げた火炎が、それを掴むと同時に投げていた。

 一直線に走り抜けた礫は、鮮やかにカラスに吸い込まれ、短い悲鳴が上がった。あっという間にカラスは墜落し、声も途切れた。

 シンと街道は静まり返った。その静かさは、逆に心を不安にさせる静けさだ。

 でもこれが当たり前で、怯える必要はない。

「何とも不気味だけど、進むしかないな」

 まるで自分に言い聞かせるように、僕は口にしていた。

「俺は別に構わないよ。楽しくなりそうだ」

 楽しいことなんてないけどなぁ。まぁ、火炎は剣を振る機会が多いほど、楽しいのかもしれない。

「こんなことが続くと問題になりそうだけど、仕方ないな。彼らがどういう素性か、知りたいけど、知っても仕方ないか」

「俺は呪術はよく知らん。だが見たところ、普通の人間だな。洗脳、催眠、そんなところだろう。不憫だが、俺たちに向かってきたのが悪い」

 僕はそこまで割り切れないけど、仕方ない。確かに、向かってきた彼らを切り捨てないわけには、いかなかった。いきなりとはいえ、間違いなく命の取り合いなのだ。双方が真剣で、致命傷を目指したのだから、手加減する余地がない。

 いつかのならず者を二十人なり、倒したのとはわけが違う。

「行こうぜ。俺だって面倒はごめんだ」

「うん」

 一度、街道に倒れている十一人の死者に瞑目し、短く心の中で祈った。火炎は少しも気にした様子もなく、先へ進んでいる。僕は身を翻し、小走りで火炎を追った。

 敵意に怯える自分がいないわけじゃない。でもその怯えとは、敵意とは、戦わないといけない。それが今、僕に必要なものだった。

 街道を進んでいるうちに、山の稜線が明るくなってきた。

 まだ南限新府ははるかに遠い。

 朝の空気からは、少しだけ血の匂いが消えていた。

 新しい一日だから、かもしれなかった。非情ながら、日々は続いていく。

 僕の過去の血生臭さは、消えないだろうけど、今はどうやら、忘れられたらしい。

 一歩ずつ、先へ進もう。




(第四部 了)

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