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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第四部 闇夜豹
27/118

4-6 夜を歩いた先

     ◆


 夜だったけど、空は晴れている。月明かりが周囲を照らして、実りの季節を前にした畑がよく見えた。

 時折、闇夜豹が「このまま進んで」などと言ってどこかへ離れていく。

 その身のこなしは、普通の人間のそれを超えている。身体の動きが機敏で、すばしっこい。

 僕が身体能力に理力の作用を加えた時と同程度は力がありそうだ。もちろん、僕たちの元から離れる闇夜豹の動きが全力なわけもなく、本気で力くらべをしたら、さて、とちらが勝つか。

 闇夜豹が離れていくと、しばらく火炎はそちらを見ている。僕も眺めるけど、何も見えない。見ようと思えば理力で見えるけど、それはどこか申し訳なくて、遠慮した。

 そんな僕とは裏腹に、火炎がつぶやくことには、どうも闇夜豹は近くにいる夜盗の類を退けているらしい。

 ほんの少しの時間で背後から駆け足で彼女が戻ってくる。少しだけ血の匂いがするけど、彼女自身も、火炎も気づいているだろう。でも何も言わない。

 僕もこの永という国のことを知っているつもりだったけど、山を降りてここまでやってくると、知らなかったこともいくつかある。

 都市の賑やかさも知らなかったし、こうして闇夜に紛れて人を襲うものがいることも知らなかった。

 夜という時間のせいか、そんなことをつらつらと考えてしまう。

 村を一つ通り抜け、さらに先へ進み、夜明けが近づいた頃に、やはり闇夜豹が離れていく。

「このまままっすぐ行ったところにある村だから。先に行くわよ」

 今度は夜盗を退治するのではなく、純粋に日差しを避けたいらしい。それもそうだ。彼女が本当に日光に骨まで焼かれるとなると、こんなところで時間を無駄にはできないだろう。

 返事も聞かずに彼女は駈け去ってしまった。

「意外にマメに働いていたな」火炎が歩きながら言う。「信用できる奴かもしれん」

「僕は始めから信用していたけどね」

「お前はそういう奴だよ。まあ、そういうところが俺を気持ちよくいさせてくれる」

 どういうところだろう?

 そのうちに日差しが上がって、周囲が照らし出される。畑には緑が溢れている。

 空腹を感じ出す頃に、村のようなところに辿りついた。そう、村かどうか怪しい場所だ。

 まず人気がない。次に廃屋がやけに多い。そもそも建物の数が少なかった。

 誰もいないので、もしかしたらここではないのかもしれない、この先にちゃんとした村があるのでは? などと考えた時、ぐっと火炎が僕の腕を掴んだ。

「あそこじゃないか?」

 そう言って彼が指差す先には、比較的、整っている家があり、ピタッと全ての戸が閉じている。雨戸さえも、しまっていた。

 なるほど、怪しいかもしれない。

 火炎が先にそちらへ行き、堂々と玄関の戸を開けた。

 すると、その向こうに幕が垂れている。火炎がこちらを振り向き、ニヤッと笑う。二人で中に入ると、かすかな明かりがあり、目が順応するのに時間が必要だった。

「そちらさんが例の二人かな?」

 薄暗い室内に、座っている人がいる。しわがれた声を発したのもその人物らしい。

 火炎が見下ろすようにしているので、僕は先に膝を折った。

「呪術師の方を探しているのです。闇夜豹に案内を頼みましたが、彼女は陽の光の下を歩けないという。彼女は夜のうちに先に行き、追ってきました。ここで間違いありませんか?」

 やっと闇に目が慣れた。

 老人は年齢は八十に近いだろう。極めて高齢と言える。

 でも雰囲気、迫力のようなものには鋭いものがある。耄碌しているようでもない。

 その老人が僕の方を見て、かすかに微笑んだ。口元が小さく動く程度だ。

「闇夜豹から聞いていますよ。名は知らないとか。渡水鳥、そして、雷士。どうやらあなたが渡水鳥、ですね?」

「ええ。立っている彼が雷士です。無礼をお許しください」

「闇夜豹はどこへ行った?」

 憮然とした様子で火炎が訊ねると、老人は彼を見上げて、穏やかな様子で答える。

「奥で休んでいます。あの娘は昼間に休むのです。もう何年もそれを続けています」

「あんたがあいつをそういう体にしたんじゃないのか?」

「まさに。その点では、私も責任を感じています」

 鼻を鳴らして、やっと火炎も腰を下ろした。

「失礼ですが、ご老人、お名前をお伺いしてよろしいですか?」

「私は、戒円と言います。あとは死ぬだけの老人ですよ」

「この村には他にどなたが?」

「誰もいません。みな、国中に散りました。私の面倒は、闇夜豹が見てくれています」

 意外に優しい娘じゃないか。

「村人に呪術を施したのか?」

 つっけんどんに火炎が急にそんなことを言い出したので、僕は反射的に火炎を見て、次に戒円を見た。戒円は穏やかな様子で、首を振った。

「村人は呪術とは関係ない」

「ではなぜ、闇夜豹に呪術を施したんだ? 自分の世話をさせるためか?」

 戒円が答えようとした。

 しかしそれより先に、奥の部屋から当の闇夜豹が入ってきた。

「先生を悪く言わないで」

「事実を確認したいだけだ」火炎は薄暗がりでもそうとわかる怒りを瞳に浮かべている。「俺からすれば、呪術師は人間の尊厳を損なう、非道な人間だからな」

「先生はそんなんじゃない!」

 すっと、戒円の横に闇夜豹が座った。

「私は望んで、呪術を受けたのよ。両親の仇を討つためにね」

 戒円がかすかに顔を俯かせる。でも闇夜豹は口を止めなかった。

「私が幼い時、両親は夜盗に殺された。私も殺される寸前だった。それを先生が助けてくれた。私は血まみれでズタズタの両親の姿を前にして、先生に頼んだの。奴らを倒す力をください、って。先生は反対したけど、私は、無理を言って、力を授けてもらった」

 それで、と火炎が先を促す。

「私は呪術の力で、夜盗を皆殺しにした。十人をまとめてね。村人は私に恐怖して、逃げて行った。誰もここには残らなかった。それがこの村の真実よ」

「なるほど」

 火炎の返事はそれだけだった。

「何よ、驚かないの? 怖くないの?」

「まぁ」顎を撫でつつ、火炎はうっすらと笑ったようだ。「俺も似たようなものさ」

 僕も火炎の過去のことはよく知らない。逃げているようだけど、焦っているようではない。自由で、苛烈なところもあるけど、変に穏やかなのだ。

 今も、さっきまでの峻烈な光が鳴りを潜めて、柔らかさが表に出ている。

 これには闇夜豹も困惑したようだが、もう何も言わない。

「戒円殿の呪術の力をお借りしたいのですが」

 僕がそういうと、老人は簡単に頷いた。

「良いでしょう、この老人にできることなら、やらせていただきます」

 あまりにもあっさりと返事があったので、僕は逆に不安になった。この老人に対して、僕は何も見返りを提示していない。それなのに、ここまで快く引き受ける理由は何だろう?

 いつの間にか闇夜豹の片手が老人の手に触れていたが、老人はそっとそれを外した。

 闇夜豹が少しだけ顔を曇らせた気がした。



(続く)


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