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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第四部 闇夜豹
26/118

4-5 交渉

     ◆


 窓を閉めて全く灯りのない部屋に、燭台を用意して、僕たち三人は向かい合っていた。

「で、日差しに焼かれちまうってのか?」

 闇夜豹はまだ拘束されたままだけど、部屋が暗いせいか、堂々としていた。

「呪術を身に受けた時の代償でね、太陽の下は歩けないってわけ。でも体術は抜群よ。それはわかっているでしょうけど」

「夜しか動けないから、闇夜豹、ってわけか」

 そう言って火炎が花で笑うと、いーっと闇夜豹が歯を剥いた。

「ちょうど良いじゃないか、雷士。そうでしょ?」

「まぁ、そうだがなぁ」

 そう言って、火炎が立ち上がって、窓へ行く。さすがに闇夜豹が慌てた。

「ちょ、ちょっと待って、窓を開けないで。わ、私が燃えちゃうじゃないの!」

「まぁ、ちょっとくらい日焼けしても良いだろ」

 いよいよ火炎の手が窓からの日差しを遮っている雨戸に触れる。

「ま、待って! 待って待って待って! 待ちなさい! やめて!」

 ほとんど恐慌状態の闇夜豹がまた芋虫のごとく逃げ出そうとする。それを僕はそっと止める。

「話をしよう、闇夜豹。僕たちはどうしても知りたいことがある」

「な、何? 何を知りたいの?」

 元から真っ白い肌をしているようだが、それでも血の気は引くらしい。こわばった青白い顔で彼女がこちらを見る。

「僕たちはこの辺りにいる呪術師を探している。呪術師に探して欲しいものがあるんだ」

「何を探しているわけ?」

「呪術が宿った短剣だよ」

 まだ落ち着かない様子の闇夜豹が僕と火炎を見比べる。

「わ、私はただ呪術を身に受けただけで、そんな器用なことはできないわ。これは本当、事実よ。だから私は何の力にもなれない。だから、夜になったら釈放して!」

「今、外へ放り出してもいいぜ、裸に剥いてな」

 素早く火炎が口を挟む。

「この変態! スケベ! 人殺し! 人間の心ってもんがないの! 少しはか弱い乙女のことを考えなさいよ! バカ! アホ!」

「好きなように言えばいいさ、闇夜豹。少なくとあと半日はお天道様がぎらぎらと輝いて、いつでもお前を調理できるんだからな。で、裸になりたいか? それとも大事なところだけは焼かれたくないかな?」

「もう死ね! お前が死ね!」

 ……なんか、闇夜豹の様子が悪い方向へ変わってきたような。

「落ち着こう、闇夜豹」そう前置きして、彼女の顔を覗き込む。「君に呪術を施した人がどこにいるか、わかるかい?」

「せ、先生を売ることはできないわ!」

 売るわけじゃない、と言い含める。

「ちょっと手助けしてほしいだけだよ。その人のことを告発しないし、何も言わない。殺しもしない、危害は少しも加えない。ただ話したいんだ」

「そんな……」

 早く決めた方がいいぜ、と、わずかに火炎が雨戸を動かす。光が差し込むけど、まだ闇夜豹からは遠い。遠いけど彼女は悲鳴を上げている。

「あ、あんたたちみたいな非道な人間に手を貸すもんですか! 例えここで光に焼かれようとも!」

 急に強がりを言いだしたので、仕方なく身振りで雨戸をもう少し開けてもらった。やっぱり悲鳴を上げ、身悶えるように闇夜豹が光から逃げる。

 雨戸をピタッと閉じてもらってから、もう一度、訊ねる。

「どう? 教えてくれる」

「こ、この人でなし」

 地味に傷つくけど、今はこの線しか辿れる道筋がない。

「教えてくれるなら、君を今夜にでも解放する。それで後腐れなく、お別れだ」

 じっと闇夜豹の大きな瞳が僕を見上げた。二人の視線がぶつかる。

 何かを探るような、疑うような視線に、僕はただ瞳を向け続けた。

 すっと彼女が視線を外し、何か呟いた。

「え? なんだって?」

「教えるし、案内する! だからまず縄を解いて!」

 どうだかな、と言ったのは僕ではなく火炎だ。

「俺は昨日の一件で、非常に頭に来ている。簡単に相手を信用できる心理じゃない。何か俺に確証を持てる情報を寄越せ」

「雷士……」

 火炎は僕を見ずに闇夜豹を見ていた。

 闇夜豹が低い声で答えた。

「だったら今、雨戸を開けなさい」

「なんだと?」

「命をかけてやる、っていうのよ。あんたが戸を開けなければ、あんたたちは目的の人に会える。でももし私を疑って、私を焼き殺したら、あんたたちは何も手に入れられずに、この街でしばらくさまようことになる。どういう目的か知らないけど、急いでいるんでしょ?」

 眉間にしわを寄せ、わずかに火炎の手が動いて、戸を開けた。

 光が差し込んでも、闇夜豹は体を動かなさなかった。

 日差しが彼女の足元まで進む。

 その日差しが、消える。

 火炎は雨戸をぴったりと閉じていた。

「いいだろう、信じてやるよ。だがもし不愉快なことがあったら、太陽の下に放り出すし、夜だったら俺の剣で切ってやる」

 火炎がどっかりと座り込み、布団をひっぱり寄せるとすぐ横になった。

 僕はほっとしながら闇夜豹の手足を拘束していた縄を切った。

「というわけで、よろしく頼むよ」

「はいはい、あのデカ物、ちゃんと制御した方がいいわよ。というか制御してほしい。私の身が危ない」

「大丈夫だよ。それほど非道な奴でもない」

「あんたはなよなよしていて、女を襲いそうにないけど、あのデカ物は性欲が強い方だわ。間違い無く。天に誓って」

 聞こえないふりをしている火炎は、だいぶ大人だな……。

 両手首をさすりつつ、闇夜豹が声を潜める。

「あんた、なんで、渡水鳥、なんて名前なの?」

「いや、それは、まあ……」どう答えればいいだろう。「そういう印象を持った人がいたらしいね」

「へぇ、そうなの。でも、綺麗でいい名前ね」

「あ、ありがとう」

 なんだか、この女の子とは仲良くなれそうだった。

 昼間になり、急に火炎が起き上がると「飯を買ってくる」と外へ出て行った。わずかに差し込む光からも、闇夜豹は器用に身を避けた。

 少しして帰ってきた火炎は饅頭を大量に買ってきていて、どうやら夕飯の分もあるらしい。

 闇夜豹も礼を言ってそれを食べた。火炎ともやりとりする気になったらしく、オススメの店を火炎に伝えていたが、火炎はだんまりだ。もしかして口汚く罵られたことが、嫌だったのかもしれない。

 日が暮れてから饅頭の残りを食べて、三人で外へ出た。闇夜豹はどこか伸び伸びとしている。

「で、どこにいるんだ? その先生って奴は」

 火炎の言葉に、かなり遠いわよ、と闇夜豹が答える。

「街道を進んで、脇道に逸れて二つ目の村。一晩歩けば、明け方には着くわ」

 僕と火炎の顔には、どうしても隠せない疑念が滲んだだろうけど、闇夜豹は飄々としている。

「本当よ。ほら、急ぎましょ。夜は短いわ」

 そうして僕たちは街道を早足に進み始めた。



(続く)


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