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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第四部 闇夜豹
25/118

4-4 盗賊

     ◆


 部屋に戻っても火炎はイライラしているように見えたけど、部屋に用意していた保存食を食べると、落ち着いたようだった。

 もう寝る、と早々に言い出し、自分の布団に大の字になると、そのまま眠り始めた。

 僕もやることがないので、自分の布団に横になり、明かりを消した。窓からのかすかな明かりと、どこか遠くからの喧騒。

 うとうとしていた時に、そのかすかな音がした。

 僕の意識は眠りに入る寸前で、どういうわけか、いつになく鋭敏だったらしい。

 音と言っても、まるで髪の毛が一本落ちた、という程度なのだ。

 意識が一瞬で覚醒したけど、もちろん、眠ったふりを続ける。呼吸を誤魔化すのに苦労する。

 相手は……一人か。

 全く足音も気配もなく、いきなり輪郭が闇から滲み出したようだった。真っ黒い装束を着ていて、闇が人の形をとっている、とでも言えるだろうか。

 それが猫のように、こちらへやってくるのを、理力をわずかに活性化させ、その流れの察知で把握した。

 あと二歩、一歩、今!

 僕は跳ね起きつつ相手に足払いをかけたが、身軽に上に飛び上がって避けられた。

 でもその隙に枕元の剣を手に取り、鞘走らせている。

 相手が着地したのと同時に、その喉元に僕の剣の切っ先が触れんばかりに伸びていた。

 お互いが黙る。

 目で見てわかったけど、男じゃない。女だった。しかもまだ若い。

 焦げ臭い匂いが急に鼻に届いた。侵入してきた女が何かを僕の足元に転がした。チラッと見たときには、煙がいきなり広がり、何も見えなくなった。

 僕が口元を押さえて壁際へ下がったのは、安全のためと、呼吸のためだ。

 ただ、そんなことを考えない奴もいるらしく、煙の中でドタバタと何かがぶつかり合い、僕は冷静に鞘に剣を戻し、急いで窓と玄関の戸を開けた。

 煙が消えていくと、果たして部屋には、火炎が女に抱きついて、倒れている光景があった。

「……何かいやらしいこと、考えている?」

 思わず訊ねる僕に、火炎は怒りの火の灯った瞳を向けてくる。失言だったらしい。

 女は一言も言葉を発さないが、雰囲気ではだいぶ苦しそうだ。火炎が大きな体でのしかかり、ほとんど押しつぶされている。

 ぐっと鈍い音ともに、女の体から力が抜けた。

 そうなってやっと火炎が姿勢を正し、女を解放したけど、相手は昏倒している。

「いつの間に入ってきやがった?」

「それよりも火炎はいつ起きたんだ?」

「何かが燃える匂いがした時だ、火事かと思った」

 つまりあの煙の中で、女に飛びついたわけだ。機転が利くとか、大胆とか、そういう言葉で表現できる感じでもない。言ってしまえば、野生の本能か。

 倒れたままの女を放っておくわけにもいかず、縛り上げて、転がしておく。

「どこの誰だ? 顔を知っているか?」

 女はもう覆面を剥ぎ取られていて、目が閉じているけど、結構な美少女ではある。

 身につけているものも確認したが、腰に細い短剣があるだけで、他には武器らしいものはない。例の煙が吹き上がる球体が、腰にもう一つ、残っている。腰には火縄もあった。

「全く知らないし、どうしてここにいるのかも、わからない」

「じゃ、本人に聞くとしよう」

 そう言うなり、火炎がめちゃくちゃ乱暴な動作で活を入れた。

 意識を取り戻した途端に女の子は激しく咳き込み、悶えていた。火炎の意趣返しは悲惨なものがある。

 ほとんど嘔吐寸前から回復し、大きな瞳がまず僕を、次に火炎を睨みつけた。

「何してくれんのよ! 死ぬじゃないの!」

「お前が部屋に来るからだろ」火炎が顔をしかめている。「立場ってもの、わかっているか?」

「あんたたちが金を持っているのが悪い!」

 その一言で、僕は思わず火炎と視線を合わせてしまった。

 あー、とかなんとか言いつつ、火炎が言葉を探している。

「お前はつまり、ただの盗人で、俺たちの金銭が目当てか?」

「金がない場所に盗み入る盗賊がいるか、バカ! しかもこんな場末の、崩れかけの、臭くて汚い建物に入るわけがあるか!」

 何も言い返せないが、少なくとも僕は借りているだけなので、そういう指摘は大家に言って欲しい……。

 しかしな、と火炎が座り込み、転がったままの少女の横にかがみ込む。

「こんな部屋で暮らしている俺たちがどうして金持ちだと思った? こんな場末の崩れかけの臭くて汚い部屋に住んでいるんだぞ?」

「良いカモがいるっていう情報があったのよ」

 情報?

 僕と火炎の中で同じ連想が成立する横で、少女はまだ喚いている。

「良いカモだったはずなのに、片方は私の気配に気づいて剣を抜くし、もう片方は煙の中で抱きついてきて押し倒されるし、もう最悪よ。何も盗ってないんだから無実でしょ、ちょっと部屋に入っただけだし。戸締りと防犯対策、考えた方がいいわよ」

 ぐっと火炎の手が女の子の襟首を掴み、引っ張り上げた。可愛い悲鳴を上げているが、火炎の怒りの気配の方が強すぎて、可愛い悲鳴など場違いだった。

「仲湯から情報を買ったんだな? そうだろ?」

「ご名答」

「あのジジイはどこにいる? 知っているか?」

 あんたって馬鹿なの? と女の子が苦笑いしている。

「情報屋なんて、憎まれもすれば恨まれもする存在よ。金さえあれば、誰彼構わずに売っちゃうんだから、平凡に暮らしていたら、命がいくつあっても足りないわよ。今頃、どこかで息を潜めているでしょうね。つまり、私も今の居場所は知らない」

「ぜひとも知りたいんだがな」

「ご愁傷様、そりゃ無理ね、あと半年はどこかに潜っているでしょう」

 罵り言葉を口にしつつ、火炎が女の子を放り出す。また悲鳴が上がるけど、やっぱり場違いだった。

「こいつはどうするべきかな、渡水鳥」

 いきなり火炎が僕をあだ名で呼んだので、そうか、名前を知らせるべきじゃないんだな、と気づいた。何か、警戒するものがある、ということだろう。

「まぁ、仲湯の居場所、その候補を喋らせるべきじゃないの?」

 僕の顔を、絶対に言わないわよ、と言わんばなりに女の子が見てくる。無視だ。かわいそうだけど。

「ちょっと痛ぶってみようか? 辱めるとか?」

 火炎がそう言うと、女の子が冷静な顔になり、また僕を見た。

 あんたにはまともな理性があるわよね、という顔だ。

 やれやれ。

 仕方なく僕は彼女の横に座った。

「僕は渡水鳥、彼は雷士だ。君は?」

 女の子は渋々と答えた。

「闇夜豹」

 やっぱり本名を名乗るつもりはないか。火炎を振り返ると、憮然とした顔でこちらを見ている。僕は頷いて見せるしかない。火炎は僕に任せると身振りで示してくれた。

 と、部屋が急に明るくなった。夜明けらしい。

「ちょ、ちょっと、窓を閉めてくれる?」

 慌てたように闇夜豹がそう言ったので、僕は思わず彼女の顔を見ていた。焦っているのは明らかだ。でも何がそんなに強いんだ?

「か、顔に光が……」

 座り込んでいた姿勢から、横倒しになり、芋虫が這うように彼女は移動していく。

 僕も火炎も、呆然としていた。急に変な行動を取り始めて、呆気にとられたのだ。

 しかし彼女の行動の理由はわかった。

「あちちち!」

 闇夜豹が悲鳴を上げる。

 窓から差し込む薄い光が、後ろ手に縛られた彼女のむき出しの腕に当たっていた。

 彼女の肌から、白い煙が上がっていた。




(続く)


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