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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第四部 闇夜豹
24/118

4-3 情報

     ◆



 西深開府は永の西部における最大の拠点だけあって、物資は豊かだった。

 大通りは荷車がひっきりなしに行き交い、そのどれもが荷を満載している。

 僕は初めてこんな光景を見るわけで、知らないものばかりだった。人力車などもあり、初めて見たものの一つだ。引いている男はそれほど屈強そうでもないけど、重労働だろう。

 火炎に従う形で僕は三日ほど、街の中を歩き回った。火炎が何をしているかといえば、僕にはよくわからない。何かを見ながらブラブラと歩いているだけだ。

「何かわかった? それともわからないわけ?」

 三日目の夕方、思わず食事中に訊ねると、おおよそわかった、という返事だった。

「何を見てたわけ?」

「いや、何も見ていない、すごい街だなと思っていた」

 思わず手を止める僕の前で、火炎は食事を続けている。

「で、わかったというのは?」

 そこが重要だ。火炎はボリボリと生野菜を食べつつ、応じる。

「借りている部屋の辺りで見かけるチンピラが、よく出入りしている店がある。そこへ行ってみよう」

「ただの不良の巣窟じゃないのかな、そこは」

「そこから闇社会へ入場する、っていう寸法だ」

 翌日になって、これがびっくりするほどはまることになる。

 昼間にその場所、二階建ての食堂へ行くと、まさに一階のフロアで、十人ほどが食事をしていたが、全員が同時に手を止め、こちらを見た。

 一人二人と立ち上がり、何か言ったけど、聞き取れなかった。仲間にではなく、僕たちに言ったようだけど、音としては「んなぁら、とっとばきや」みたいな感じだった。

 異国の言葉じゃないようだけど、あまりに一つらなりになりすぎ、溶け合っていて、解読できない。

 男が五人ほど、僕たちの前に立って、手に手に短剣を抜いている。

 物騒というレベルではなく、このまま僕たちを殺してどこかに埋めれば万事解決、という意図しか見えない。

 どうするんだよ、と火炎を見ると、嬉しそうな笑みを見せて、男の一人に組みついた。

 一瞬で投げ飛ばし、床に叩きつける。

 もちろん、この程度の威嚇でどうこうなる人たちじゃない。

 フロアにいた全員が立ち上がり、押し寄せてきた。

 あとは乱闘だ。

 ただし、一方的な。

 火炎が次々と男を投げ捨て、床に墜落させる。僕は逃げ回りつつ、隙を見て当身で一人ずつ倒していった。

 こんなことする予定だったのか?

 二階から騒ぎを聞きつけた増援がやってきて、いよいよ一階のフロアは混乱し、しばらく経って見ると、フロアには二十人近くが昏倒して倒れており、その中心にいる僕たちを遠巻きに十人ほどが取り囲んでいる形で落ち着いた。

 男たちは剣を抜いている。しかしこうなっては、動けないだろう。

「代表者はいるか?」

 火炎がそう言って前に出ると、男たちが下がる。

「私だ」

 頭上を振り仰ぐと、吹き抜けになった場所で、手すりに寄りかかる男がいる。きれいな服装をしていて、見た感じでは穏やかな男だ。すっと背筋を伸ばし、吹き抜けの脇の階段を降りてくる。

「そういう君たちは、ここに何をしに来たのだ?」

「ちょっと訊ねたいことがあるだけだよ」

 堂々と応じる火炎の前に、男が立ち、わずかに眉をひそめた。

「その背中の大剣は、雷士と呼ばれる男の手配書のままだが?」

「雷士は俺より醜男だよ」

 男は笑って、「そうしておこう」と頷いた。火炎がまるで旧知の間柄のように訊ねる。

「情報屋を探している。もちろん、あんたたちが教えてくれてもいいが」

「情報屋か。良いだろう」

 それから男は、仲湯、という男について教えてくれた。長い間、西深開府の事情に通じている、有力な情報屋らしい。

「ここまでしなくとも、教えたものを」

 話し終わった男が嘆くように周囲を見る。僕と火炎で倒した男たちは、それぞれに喝を入れられ、意識を取り戻しているが、明らかに怯えていた。それもそうか。八面六臂の大活躍だったわけだ。

「何か手伝えることがあれば、手伝うが? 何が目的でここにいる?」

 男の問いかけに火炎は、必要ないさ、と応じて、自然な様子で握手をすると、外へ向かうようだった。僕も頭を下げ、火炎の背中を追う。

 外へ出て、しばらく歩いてから、やっと僕は訊ねることができた。

「あの人のこと、知っていたわけ?」

「あの人? さっきの男か? いや、知らないが」

 その言葉を聞いて、そういえば、お互いに名乗らなかったことに気づいた。

「名前を言わないのは、何かの礼儀か、作法ってことなの?」

「そういうことだ。連中も俺を狙うだろうしな」

「わざわざ敵を作るようなことをしなくても……」

「だが情報屋の居場所はわかった」

 そのまま火炎と僕は揃って情報屋の住処に向かったが、そこで待ち構えていた仲湯という男は、ものすごく耳の遠い老人だった。本人も自覚があるらしく、紙と筆が用意されていて、そこに書いた文字でやりとりするようだ。

 火炎が、この辺りで行動している呪術師について訊ねると、仲湯は数字を紙に書いた。情報の値段らしい。

 顔をしかめつつ、火炎が値切ろうとするが、老人はその値切りの文句を紙の上で見ても無言、そして動かない。わずかも負けるつもりはないらしい。

 呻きつつ、火炎が懐から金を出して、老人はそれを丁寧に勘定した。額がぴったりあるとわかると、やっと老人が筆を手に取った。

 住所のようなものが書かれている。その紙を破り、老人が手渡してくるのを受け取り、火炎は身振りで礼を言うと、さっさと家を出た。

「あれはボッタクリだな。偽情報だったらただじゃおかないぞ」

 ぶつぶつと言いつつ、僕たちは通りを進む。

 しかし実際に、それが偽情報だと僕たちはほどなく知ることになる。

 紙に書かれた住所はデタラメで、その住所は存在せず、道案内のための言葉の通りに進むと、そこは城壁に突き当たりだった。

「くそ!」

 紙を引き裂いて撒き散らしてから、ズンズンと火炎が来た道を戻り始める。

「落ち着きなよ、火炎。相手は老人だ、間違えたかもしれない。話をすればわかるよ」

「情報屋は信頼が命だ。それが当たり前、常識なんだよ。それを嘘を伝えるだと? どうなっている! くそったれ!」

 そんな具合で仲湯と会った家へ行ったわけだけど、もちろん、当の老人はいなかった。

 家は無人で、火炎が扉を吹っ飛ばして中に入ったけど、人気は全くない。

 火炎が今にも昏倒するんじゃないかという真っ赤な顔をして、すぐそばの戸棚を拳で粉砕した。と、背後から声がかけられる。警察のようだ。仲湯はこうなることを予測していたらしい。

「逃げるぜ」

 家の奥へ走り、裏へ抜けると、塀を乗り越えて他所の家の庭に入り込む。そこからどうにかこうにか通りに抜けて、一目散に借りている部屋に向かった。

 このまま例の悪党たちに仲湯の居場所を訊ねることもできそうなものだけど、まさか警察を引き連れて行くわけにもいかない。

 結局、何の収穫もないまま、日が暮れた頃に僕と火炎は部屋に辿り着いた。




(続く)


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