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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第四部 闇夜豹
23/118

4-2 西深開府

     ◆


 大きいな、というのが第一の印象だった。

 やや高い台地の上に、さらに高い城壁がそびえ立ち、この城壁が街のすべてを隠している。

 巨大な壁は、ぐるりと街を取り囲んでいるらしい。

「都っていうのはどこもこんなもんだ」

 火炎がそう言って、門へと歩いていく。すでに夕日が射している。門というか、その城門には衛兵の姿があったけど、通行人を妨げるようではない。

 永という国が大陸の大半を支配した時、この国から戦争というものはなくなった。民衆は自由を謳歌して、平和に暮らしている。それが僕が師匠から教わった、この世界だった。

 もちろん、悪人がいないわけではない。そして永という国は、わずかに綻びつつあるのを、僕は知っている。役人が不正を働き、汚職にまみれ、権力を私的に乱用する。賄賂が横行し、また暴力も存在する。

 でも城壁を抜けた時、僕は思わずそんな賢しい発想を、忘れていた。

 見たこともない装飾華美な家々と、人々。賑やかで、活気に満ちている。

 これが、都か。

「行くぜ」

 知らずに立ち止まっていた僕を、火炎が促す。慌てて彼の背中を追った。

「これくらいの街になると、宿に部屋を取ると、とんでもない額を請求されるからな、空き家を借りよう」

「あ、空き家?」

「これだけ広い都市だ、安い物件が意外にあるものさ」

 やっぱり火炎は慣れているなぁ。

 不動産屋、というものがあるとは聞いていたけど、実際に行ってみると、小さな店舗で拍子抜けした。ただ、案内された部屋には西深開府の詳細な地図が壁一面に貼られ、そこにいくつも目印の付いた針が射してある。

「この青が空き物件です」

 応対してくれる業者がそう言って、地図を示す。針の目印は青と赤だ。

 ふーん、などと言いつつ、火炎が地図を眺めているけど、何を見ているかは僕にはわからない。しばらく地図を見てから、「安い場所を探しているんだが」と火炎が言うと、この辺りは比較的お安く提供できます、返事があった。

 手で示された辺りは青が多い。

 またじっくりと地図を見て、火炎が業者を見る。

「じゃあ、これはどうかな」

 針の一本を火炎が示すと、業者は携えていた帳面をパラパラとめくり、家賃について話し始めた。

「とりあえずは一週間ってもんでいいんだが」

 火炎の声に、明らかに業者が作り笑いになった。

「少し多めにいただきますが、それも可能です。しかし、先ほどの物件には家具がありません」

 火炎がこちらを見る。僕は視線で「家具はいらない」と伝えて、正確に火炎も受け取ったようだった。

「家具はなくていい。掃除はしてあるんだろう?」

「定期的に行っていますが、入居は明日ということで、今晩のうちにもう一度、綺麗にさせていただきます」

 それはまた、至れり尽くせりじゃないか。

 火炎が業者に金を払い、安い宿の場所も聞いている。

 外に出ると既に薄暗くなっていた。でも喧騒は全く消える気配がない。夜は夜で、人々は活動するんだろう。

 行こうぜ、と促されて、二人で不動産屋に教えられたばかりの宿へ向かう。

 西深開府の城壁にほど近い場所にあるその宿は、見るからに寂れていた。建物自体も古いし、壁が近すぎて、日当たりが悪いだろう。すぐそばを小川が流れていたけど、異臭がした。

 反射的に僕が眉をひそめる一方で、火炎は余裕でその宿に入り、手続きをしてしまった。

 案内された部屋も、どこかじめっとしているような。

 老婆がやってきて、お茶を出してくれたけど、これもこの前のお茶に比べると雲泥の差だ。これは間違い無く、別物みたいな味なのだった。

 食事も似たような感じだった。ご飯はぱさつき、煮物はクタクタ、肉は脂が濃すぎる。

 僕がどんどん気落ちしても、火炎は気にせずにガツガツと食べている。食べられればなんでもいい、という主張が見え隠れした。

 食事が終わって、膳が下げられたから、僕たちは今後について話した。

 僕には全く縁がないが、都市には情報を売り買いする商人がいるらしい。そっくりそのまま、情報屋、と火炎は呼んでいた。

 まずその情報屋を探り出し、そこから呪術師に接触することになる。

 短剣の行方も気になるが、普通だったら、短剣が宙を飛ぶわけがないので、見た人がいても、見間違いと思って忘れているはずだ。短剣の方から情報を探す、相手を追っていくのは、難しいかもしれない。

 ただ、あの短剣が父親を狙ったとすれば、短剣が向かう先には父親がいるはずだ。

「囮があるかもな」

 寝そべって楊枝で歯の間をせせっている火炎がいきなり言った。

「囮って?」

「お前の親父さんのことだよ。短剣が自分を狙っているのは知っているんだ、そして封印がいずれ破れることも知っている。なら、もしもの時のために防御策を講じるのが普通だ」

「防御策が、囮ってこと?」

「短剣が自分に突っ込んでこないように、狙いを反らすのが自然な発想だろ? 違うか? 短剣は東へ飛んだ。もしかしたら親父さんが実際にその先にいるかもしれないが、俺が親父さんの立場だったら、まずは偽物の標的を狙わせて、時間を稼ぐし、短剣が囮にぶつかれば、それだけで自分の危機をはっきり理解できる」

 それはまた、理論的だった。

 でもそうなると、短剣を追っても父親には会えないことになる。

「俺たちは後手後手だ。これからも、長い間、後手に回るしかない。覚悟しておけよ」

「うん」

「どこかで呪術師について調べて、その呪術師を利用して短剣の痕跡を追う。それしかないな」

 火炎の手元で楊枝が二つに折れ、彼はそれを屑篭に放り込んだ。

 翌日には宿を出て、不動産屋の立会いのもと、部屋に案内された。一軒の建物が三つに分けられ、それぞれに扉があった。長屋のようなものだが、不自然な構造なのは狭い土地に無理やり建てたかららしい。

 部屋を確認し、書類に署名していると、外から女性の悲鳴が聞こえた。続いて男性の怒鳴り声。思わず不動産屋を見る。

「この辺りは治安が悪いですから、お気をつけて」

 精々、気をつけるよ、と火炎が呟く。

 二人で最低限必要な買い物をして、夕飯は近くに店を探す目的も兼ねて、ぶらついてみた。

 本当に治安が悪いことに、子供に財布をすられそうになった。足払いをして転倒させ、財布を取り返したが、少年はさっさと逃げて行った。

 食堂もどこか荒んだ雰囲気で、客もいるにはいたが、悪人の面構え、という感じだった。

 さっさと食事を済ませ、部屋に戻ると、扉がわずかに開いていて、どうも誰かが侵入したらしい。これは僕も火炎も予測していたので、部屋には金目のものも貴重品も置いていない。

 部屋に入ってみると、やや荒らされていたけど、置いてあるものは布団が二人分とちょっとした食料なので、特別に荒しようもなかったようだ。

「こいつは本当に治安が悪いな。警察は何しているんだ?」

 火炎がぼやきつつ、布団を敷いて横になった。

 一方の僕は、都市には都市で、いろいろあるんだな、などと考えていた。

 何はともあれ、明日から活動開始だ。




(続く)


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