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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第四部 闇夜豹
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4-1 旅の始まり

     ◆


 僕と火炎は山を降りて、そのまま街道を進んで、西の都、西深開府を目指した。

 しばらく山に戻らない、というのがなんとも変な感じだったし、その違和感がずっと消えない。今までにも短い期間、山を降りていたことは何回もあるし、一度、一年ほどをなんでもない村などで過ごしたこともある。

 でもその時はいつも、やがては山に帰れる、と思っていた。

 今の旅は、そういう性質のものじゃない。帰れるのは、全てを丸く収めてからだ。

 路銀は山を降りる前に、師匠が渡してくれた。実際には隠してあったところから、銭の入った袋を引っ張り出した、だけど。

 その袋を見て、定輪と伏陸は恨めしそうにしていたけど、彼らに幾ばくかを分けようとする僕に、「金はあっても困るもんじゃない」と火炎で言い張り、師匠も火炎を支持したので、申し訳ないことに、二人には少しもお金を渡していない。

 二人の悪党がこれからどう生活するのかも、懸念があるけど、どうしようもない。

 ほとんど崩れた小屋で、生活するのだろうか? それとも小屋を建て直す?

 残念なことに、僕は彼らを助けることもできなかった。

 もう一つ、旅立つにあたって、師匠が教えてくれたことがある。

 母親の墓の場所だ。

 湖と小屋からだいぶ離れたところにあり、山の中だった。祠があるわけでも、石碑があるわけでもない。

 一本の桜の木の根元に、母は眠っているという。

 桜の花が咲く季節なら、また違った印象だろうけど、すでに花は散って、緑がいっぱいに広がっている。

 それでもその緑には癒された。

 山を離れる途中でそこに寄ったけど、立派な大木で、それには火炎も、すごいな、と呟いていた。

 どういう作法が適切なのかわからずに、頭を下げて、拝むようにした。

 すぐに顔を上げると、火炎が意外そうに、

「もう良いのか?」

 と、片方の眉をあげたけど、僕は頷き返して、その場を離れた。

 こうして後に残すことになるものはある程度、整理され、重荷の一部は下ろすことができた。

 ただ責任だけはどうしようもない。

 街道を進み、一番安い旅籠で休んだ。火炎は自分の生活に関わる銭は自分で出す、と言って譲らないので、それに従うことにした。

「どこでお金を手に入れているわけ?」

 ほとんど四六時中、僕は火炎は一緒にいるので、どこからお金が手に入るのか、不思議だった。そのことを訊ねる僕に、火炎はニヤッと笑うだけだ。

「僕に見えないところで、例の腕試しの大道芸をやっているとか?」

「まぁ、遠くもないが、近くもないな」

「賭け事ってことはあっているわけか」

 ご明察。そんな返事だった。あまり関わりたくもないので、僕は無視することに決めた。

 一ヶ月ほど、街道を進むと、どんどん道が立派になり、立ち寄る宿場も賑やかになった。目を引くのは装飾がふんだんに施された建物と、きらびやかな服装の女性たちだ。なんでもない茶屋でも女性は着飾って、客を呼び寄せている。中には大胆に着物を着崩しているものもいて、視線のやり場に困って、前だけを見るしかない。

 一番安い旅籠を探しているのに、何故か比較的、高い店に連れて行かれることも再三だった。宿場にはいくつかある、案内所のようなところを利用しているけど、何らかの力が働いているようだった。

「たまには金を使おうぜ」

 僕が悩んでいるのを見兼ねた火炎の助け舟に乗って、僕たちは初めて、そこそこの値段の旅籠に部屋を取った。

 いつでも風呂に入れますよ、と言われて、いつでもですか? と尋ねると、女中がにこにこ笑いながら、控えめな声で「いつでもです」と言って、部屋を出て行った。

 火炎が何をしているかといえば、旅装を解いて、部屋に置かれていた急須と茶筒、湯飲みを検め、「お湯が運ばれてくるのかな」などと言っている。部屋に囲炉裏がないからだ。たぶん、部屋に囲炉裏が切られている旅籠なんて、僕には泊まれないんじゃないか。

 少しするとさっきの女中がやかんを手に戻ってきて、お茶の用意をして、机の上に湯飲みを置いた。

 食事はどうなさいます? とか、女子を呼ぶこともできますが? とか、僕は今までで聞いたことのない質問をされて、混乱した。

 落ち着いている火炎が、食事は並みのものでいい、酒はいらない、女もいらない、と慣れた調子で答えた。

「酒も女子もいらないとは、稀有なお方だこと」

 女中のからかうような言葉に、火炎が肩をすくめる。

「これでも貧乏でね」

「剣術修行か何かですか?」

「どうとでも受け取ってくれ。うまいお茶だな、もう一杯、くれ」

 どうやら火炎はこういう場面に慣れているんだな、とやっと気づいた。僕もお茶を飲むことにした。確かに美味い。飲み干しておかわりをもらうべきか迷っていると、お注ぎしますね、と女中の方から言ってくれた。

 こういう接待はやっぱりどこか落ち着かない。

 恐縮しつつ、二杯目のお茶はゆっくりと飲んだ。

 女中が下がって、部屋に僕と火炎だけになり、今後についての予測を話し合った。

 西深開府に伝手がないので、情報をどう集めるかが難問だった。呪術について知っているものが必要で、都市だから呪術師の一人や二人は紛れ込んでいるはずだった。そこから押していくしかない、と二人ともが考えるけど、いざ実際にどうなるかは、皆目、見当がつかない。

「考えても仕方ないさ、龍青。とにかく今日の飯を楽しみにしよう」

「並みの食事なのに?」

 目を丸くして、それから火炎が笑う。

「この宿に入る時、自分が払った銭を忘れたのか?」

「え? 覚えているけど?」

「あれだけ払えば、いいものが食えるぜ」

 その言葉はそのまま現実となって僕の前に現れた。

 豚肉をとろとろになるまで煮込んだもの、皮が香ばしく焼けた鶏、炊き込み御飯と、魚介のダシが効いている汁物。他にも様々な野菜が、贅を凝らした調理法で、目の前で輝いている。

 こんなに食べきれない、と思う僕の前で、もう火炎は食べ始めている。

 さっきの女中がまたやってきて、食事の間、いろいろと世間話をしつつ、たまにこちらに濡れた布を渡したり、小皿を新しくしてくれたり、ご飯を盛ってくれたりする。

 大量の料理は、僕自身が不思議に思うほど、するすると体に入り、全部食べることができた。

「ちょっとお聞きしたいが」

 食後のお茶を飲みつつ、食器や禅を片付けようとする女中に、火炎がさりげなく声をかけた。

「なんでしょう?」

「呪術師を探している」

 あらあら、などと言いながら、女中が笑う。

「恐ろしいこと。どちらからいらしたか知りませんが、呪術師が、私は呪術師でございます、などと口にすることはありませんよ。お二人は西深開府に呪術師をお訪ねになるのですか?」

「そうする必要があるのだ」

「残念ながら、お力にはなれませんねぇ。呪術師なんて、恐ろしいこと」

 結局、それ以上は何も聞けずに、二人でお茶を飲み、女中は別の話を始めた。西深開府に盗賊が出没していて、これが義賊のようなものだ、という話だった。

 永という国も乱れてきましたからね、などと女中は言う。

 僕は笑って見せるしかなく、火炎は頷いているだけだ。

 翌朝、早朝から風呂に入って、それから朝食を食べ、宿を出た。ちなみに朝食は平凡なものだった。これはもしかしたら、夜に深酒をした人は朝食を食べられない、という発想かもしれない、と勘ぐったけど、もちろん訊ねるわけにもいかない。

 そうしてその二日後には、僕と火炎は、西深開府にたどり着いていた。



(続く)


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